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怪盗カササギの超常騒動  作者: 春花
ターゲット 守護のアンタレス
15/17

悪魔アイム

 怪盗カササギ登場。私的にはこっちが速人の主人格です。

 そして、怪盗カササギに予告された午後の八時近く。

 人知れず高い木の上にいるカササギと瞬とタマ。カササギはいつも通りの恰好で、瞬とタマは巫女姿。瞬の方はそれに白木の弓を持っている。

 目下には一望できないほど広大な敷地の屋敷がある。昼間に来たけど、やっぱり広い。日本風の瓦屋根で、整備されている庭園には石橋がかかった池まである。

「立派な家やな~」

 カササギは初来訪なので、そう言った呟きが漏れる。

「厳重な警備ですね」

 という呟きを漏らす瞬。彼女が見ているのは家の周りを警備している警官達だ。長い外壁の随所に配置されている。

「いや、そうでもないで。町で騒ぎが起きとるせいかいつもより少ないようやし……なにより、あんだけ外にぎょうさんおるのに、中からは人の気配をまるで感じひん」

 瞬には離れた中のことなどまるで分からないが、経験と勘に裏打ちされたカササギの言葉を疑う気はない。

「どういうことッス?」

「あれやな。人員不足で外も内も完璧に警備することが出来ない。そんならいっそ、騎士さんはあの挑発を真っ向から受けて邪魔者無しの一対一、正々堂々のガチンコ勝負をするつもりやろ」

 その証拠に屋敷の明かりは全て落とされているのに、唯一中心付近にだけ光源がある。つまり、人払いしてあるからここに来いという、桜からのメッセージだ。

「お招きには応えとかんとな。行くで、タマ」

「はいッス」

 カササギは瞬を背負って、風に木の葉が揺れるのに合わせて跳んだ。身軽な動きはほとんど木を揺らすことなく、外壁の瓦に一度だけ足をつけて再び跳び、庭園に音も無く着地した。

 タマも同じように追って、カササギの後ろに着地する。

「ほな、俺はちょいと挨拶して来るわ」

「それでは私達は手筈通りに準備を整えてきます」

 瞬はカササギの背から下りて、タマと一緒に急ぎ足で行った。

 カササギは真っ暗の家を見上げ、上から見た建物の構造を思い出し、正面玄関に回って普通に引き戸を開けて中へ入った。

 すると、上から吊り天井が落ちてきた。

 かなりの重量があり、落ちた衝撃で地面が揺れた。だが、カササギはしっかりと避けていた。

「オモロイやん」

 絶対に何か仕掛けられているであろう、中心に繋がる一本の長い廊下を見ながら、カササギの口元は笑っていた。


 部屋の外の最後の仕掛け、巨大扇風機によるローリングスパイクボール地獄が止められた音を聞いた桜は、椅子から立ち上がった。

 彼女の目の前で、ドアが押し開かれた。

「おまっと~さん。強風やら電流やら落とし穴――」

 言葉の途中で、カササギは体をのけ反らせた。学帽のツバを掠めて、飛来してきたボーガンの矢が廊下に刺さった。

 カササギはブリッジの状態から勢いをつけずに体を戻し、

「やら、ゴールで気を抜いた所に矢とか、楽しいアトラクションやったで」

 言葉の続きを言った。

 桜は鞘から剣を抜き放ち、カササギに向けて構える。

「父がいつかあなたから予告状をもらった時のために準備をしていた、『怪盗カササギ捕獲の三十三間堂』だったのにね」

「なるほど。やけに用意が良いな、思うたんよ」

 桜は軽く微笑んで、黄色の長い髪を手で後ろにはらう。すると、左の耳についている赤い石が入ったイヤリングが姿を見せた。

「あなたが狙う『守護のアンタレス』はここにあるわ」

「さよか」

「盗れるものなら、盗ってみなさい!」

 斬りかかって来られたので、カササギは横へと逃げた。だが、桜は彼の素早い動きに遅れずついていき、袈裟切りに剣を振るう。

 カササギは大きく後ろに跳び、部屋の上隅に器用に留まる。

「せやから、斬ったはったは苦手なんやって」

「逃げ回るだけでどうやって私から『守護のアンタレス』を盗むつもりだったのか、プランを聞かせてほしいものね」

「そら、この前見せたような手際ですれ違いざまに外すとか」

 この前と言われて、それが部室棟の話だと気づいた桜は、自分の服を守るように左手で肩の辺りを掴む。

「変なことしたら叩き斬るわよ」

「もう斬られそうになっとるんやけど!?」

「存在自体が変だからよ!」

「ほなら息も出来へんやん!」

 カササギは桜がジャンプして突き出して来た剣をかわし、床に着地する。桜は壁を蹴って反転し、カササギの無防備な背中に向かって剣を振り下ろした。

 だが、カササギは床についている右手を支点にして、時計のように体を回転させて攻撃を避けた。

 着地した桜とカササギは間近で顔を見合わせる。そして、カササギはエビが跳ねるように後ろに飛び退く。

 すぐさま追いかけた桜が、何もない所で鋭く剣を振るった。空気の中にあった抵抗を、その剣は両断した。

「極細のワイヤーを見抜くって、どんな目ぇしとんねん」

 思わず、カササギは大きな汗を流して呟いた。

「あなたのやることなんてお見通しなのよ」

「そないに俺のこと知られとるなんて、照れるわ~」

 などとカササギが後ろ髪をかいている時に、桜は力強く踏み込んで、一足飛びに間合いを縮めてきた。

 だが、カササギは慌てず騒がず、右の袖から落とした小瓶を足で蹴って、聖水を床にぶちまけた。

 勢いがあり過ぎたため、桜は聖水で足を滑らせ、前に倒れそうになる。

「やることが汚い!」

「怪盗には怪盗のやり方があるんや!」

 カササギが空中にいる桜へと手を伸ばす。だが、そう簡単に思い通りにはさせない。

 桜は左手を床に手をつき、それを支えにして体を捻って、何とか右手で斬撃をくり出した。しかし、さすがに体勢が不十分でスピードが乗らず、カササギは一旦手を引っ込めてやり過ごしてから、再び手を伸ばした。

 まさにイヤリングを盗ろうとした瞬間、カササギの動きが止まった。

 それについて何か疑問に思う前に、体勢を整えた桜が上段に剣を振りかぶる。

 剣は振り下ろされ、カササギは後方宙返りで逃れた。が、

「あかんやん」

 白い仮面の眉間に、斜めの斬撃が薄く入った。

「……どうして今止まったの?」

「さあな、正直自分でも分からんわ。でも、なんややばいと感じたんや」

「勘? そんなあやふやなもので最大の好機を逃すなんてね」

 桜は室内履きの靴と靴下を脱ぎ、裸足で木の床を踏みしめる。

「同じ手は通じないわよ」

「そらそうやろ。そこまでアホやとは思ってへんよ、騎士のお嬢さん」

 桜の体がゆらりと動き、斜めにかしいだと思った瞬間、カササギの目の前に切っ先だけが見えた。体を外に開いてかわし、カササギは桜の耳に手を伸ばそうとした。が、その左腕を彼女に両手で掴まれた。

(アホな! その手は剣を握って――)

 驚愕のまま、カササギの体が宙を飛んだ。その投げ飛ばされている間に彼は体を捻り、床に足から着地した。

 カササギは掴まれている左を脱力させて筋肉をしぼめ、桜の握力を緩ませると一気に引き抜いて彼女から距離を取った。

「どないなっとんねん」

「異常な反射神経しているわよね」

 お互いの感想が同時に出た。

「……もしかしてアレか? 殺気を込めた攻撃は、時たま相手に本当の攻撃のように見せるっちゅうやつか?」

「教えるわけがないでしょ」

「そらまあそうか」

 カササギは慎重に間合いを取りながら、次のことを考えていた。


(長い)


 ハッキリ言って、さっきから二進も三進もいかない状況が続いている。このままではどれだけ桜に付き合い続けなければならないのか分からない。

 しかも、普段ならばやる気の原動力になるはずの物品に憑いているものも、今回は悪魔アイムだと分かっている。アイムは大蛇で動物霊の類でないので、どうしてもやる気と集中力が普段以上に出ない。

 それでも、使命感やら島のピンチやら瞬の決意などでここまで頑張った。だがしかし、怪盗カササギのやる気の九割を占めるものがない、一割のやる気ではここらが限界だった。

 精神のガス欠。それがもう、時間の問題になってきた。

「それじゃ、ここらで奥の手を出させてもらいましょうか」

「なんやなんや? まさか天井が落ちてくるとかやないやろな?」

「私も潰れちゃうでしょ!」

 桜はポケットから取り出したリモコンのボタンを、壁に向かって押した。すると、壁だと思っていた場所がせり上がり、犬猫がたくさん出てきた。

「なんや? 訓練された警察犬か……って、猫入っとるやん」

「人懐っこく、毛が飛び散りやすい種を集めたわ」

 その言葉通り、小型から中型の犬猫達はカササギと桜の足下にじゃれつく。

「えっと~……和むんやけど、何の意味があるん? アニマルセラピー的に、俺をリラックスから改心させようとでも思っとるん?」

「……………………」

 桜は足元にいる猫を抱きかかえて、カササギに近づいて手渡す。カササギも何となく受け取って、小首を傾げつつ桜と顔を合わせる。

 念のため犬を顔面に押し付けようとしたが、さすがにそれは仮面がズレるかもしれないので避けられた。

「くしゃみは!?」

「は? くしゃみ?」

「だってあなた、動物アレルギーなんでしょ!? この前、美術館で猫が顔に近づいてくしゃみしてたじゃない!?」

「……いや、たまたまやろ」

「あの状況で!?」

「出たもんはしゃ~ないやろ」

 その時――この部屋を中心にする光の五芒星が屋敷に引かれた。

 その気配を敏感に感じ取った桜が、周囲を警戒する。

「なに、今の感じ?」

「準備が終わったんか」

 カササギは瞬の仕掛けが完了したのにホッとした。彼女がやった仕掛けは、この部屋を中心にして獅子姫家に五芒星を張り、イヤリングの中に隠れ潜む悪魔を強制的に表に引っ張り出すというものだ。

 それが成功して、桜のイヤリングから紫色のモヤが噴き出し始める。

 これで瞬とタマが来る。そして悪魔を退治するターンになるから、自分はその間に少し休憩をとでもカササギは思った。

 だが……………………瞬とタマがこの部屋に駆けつける最中、屋敷に響くほどのカササギの絶叫を聞いた。


 カササギの悲鳴を聞き、瞬とタマはさらにスピードを上げて中央の部屋へ急いだ。その途中に犬猫とすれ違ったが、よっぽど怖いものから逃げ出してきたのか、必死な逃走だった。

 瞬の不安は積もり、中央の部屋に飛び込んだ。そして、壁に叩きつけられて床に倒れているカササギを見つけた。

「カササギさん!」

 すぐに駆け寄って助け起こそうとしたが、それよりも早くカササギが自ら床を手で押して上体を上げる。瞬とタマは近づいて、カササギの顔を覗き込む。

「大丈夫ッス?」

 タマの心配げな声が聞こえて、カササギはそこで初めて二人がいることに気づいた。

「……二人とも下がっておったらええ。俺に任せぇ」

 そう言って、まるで気力を振り絞るようにして震える膝に手を当てて立ち上がる。間違いなく最早体力的には立てるようには見えない。なのに、立つ。

 瞬はカササギの視線を追って、相手を見る。

 空中に漂う紫色のモヤ。それから感じられる未だかつて感じたことがない邪気。本体は見えないが、あの中に悪魔アイムがいると瞬は確信する。

「カササギさん、ここは私に任せてく――」

 引き受けようとした瞬を、カササギの手が押し止めた。

「全て思い出したんや」

 瞬を止めるのに、十分な言葉だった。誰も――当事者達ですら何があったか分からない七年前、それをカササギは思い出したと言うのだ。

 ならば、霊能力がほとんどないカササギが満身創痍の状態で悪魔に立ち向かう意味が、きっとあるはずだ。

 カササギは紫のモヤに向かって走り出した。だが、すぐにモヤから攻撃が飛んでくる。迫る紫の波動をカササギは避けていくが、外れたそのモヤは天井や床に破壊の跡を刻んでいく。もし直撃すればかなりのダメージになるはずだ。

 モヤに近づくほど攻撃を避けにくくなるが、カササギは一切足を止めない。そして、モヤの上部の天井にワイヤーを打ち付け、巻き上がらせて飛ぶ。

 頭上をとったカササギはモヤへと大の字で飛び込む。若干沈み込んだように見えるが、カササギはモヤの中の本体を捉えた。

 本体はカササギを振りほどこうと激しく身震いする。だが、彼はしがみ付いて全く動かない。そして、身震いによってモヤの方が晴れていく。

 徐々に悪魔の姿が現れる……黒かった。それは黒い毛並だった。それと大きくって、猫耳と尻尾とふくよかな体だった。外見は体長二メートルほどある黒猫だ。

 カササギは懸命にしがみついていると思いきや、白い仮面の下はおそらく形相とは真反対の恍惚とした表情だろう。それが分かってしまう瞬は、何か悲しかった。

 どうりで体力がゼロでもあれほど動けるはずだ。体力に反比例して精神は充実しまくっているに決まっている。

「ありえへんわ~、この感触。現実ではありえへん猫布団。ここが極楽なんやろか」

「うにゃ~! は~な~れ~る~にゃ~!」

 悪魔は全身の毛を逆立たせる。硬質化した毛に刺される寸前にカササギは天井に取りつけたままのワイヤーを巻き上がらせて離れた。

「なんや、久々に会ったんやからもうちょいサービスせえ!」

「もう二度と会いたくなかったにゃ~! どうして生きているのにゃ! しぶと過ぎるにゃ~!」

 顔をつき合わせて言葉を交わすカササギと悪魔アイム。

 そんなカササギの肩がトントンと叩かれる。「なんや? 今いそ」と最後まで言えなかったのは、瞬の笑顔が怖かったからだ。

「求めます。説明を」

 倒置法で強調してきた。カササギは「お、おお」とどもってから、コホンと咳払いを一つする。

「社に封じられとった悪魔アイムや。俺はこいつと死闘を繰り広げたんや」

「そうにゃ。あの時はウチ、長い封印による飢餓状態で何でもいいから食べたかったのにゃ。そしたら目の前に子どもが三人もいたからラッキーと思って襲い掛かったら、絶不調で負けたのにゃ」

「そして俺がトドメを刺そうとした時や! こいつ、蛇から猫に変わりよった」

「蛇から猫?」

「ウチには三つの形態があるのにゃ。大蛇と猫と人。蛇の姿で力尽きたウチは滅せられるのを待つ身だったのにゃ。傷ついた蛇から自然と猫に変化して……そしたら――」

 アイムは前足で目を覆い隠して、涙を滝のように流しだした。

「その男は興奮から呼吸を荒くし、いやらしそうな手つきでウチに近づき、体をまさぐったあげく、お腹を撫でくり回したのにゃ~! 辱められたのにゃ~!」

「新発見やで。長い間封印されとったせいか、アイムの体にはアレルギーを発症するアレルゲンが全くなかったんや。そらこれ幸いと触るやろ。撫でまわすやろ。顔をお腹に埋めてモフモフしたいやろ」

「…………ちょっと待ってください。あの……カササギさんが動物霊の類ならアレルギーを発症しないことを、何だか最初から知っていた風だったのは、もしかして」

「ああ、そやろな。アイムと戦った時に気づいて、記憶があやふやになってもどっかに残ってたんやろ」

 瞬はもう唖然とした。悪魔アイムとの死闘のことは虚ろになっても、動物に触れたという速人にとってはビックバン的な事実は、たとえ記憶を失っても忘れなかったのだ。

 それがあったから、怪盗カササギが生まれたとなると…………皮肉と言うか何と言うか。

「……………………で、結局どうなったのですか?」

「火事場の馬鹿力でその男に反撃、近くにあった力のある宝石に逃げ込んだのにゃ」

「その衝撃で俺は意識を失って、記憶もあやふやになって……後は知っとるやろ」

 七年前の真実を知って、瞬は目頭を指で押さえた。

 そして、

「分かりました。とりあえず悪魔アイムに間違いないようですからすみやかに滅します」

 柔軟な結論を出した。

「ちょ待ってぇや。そらもったいないやろ」

「命を狙われた人が何を言っているのですか。それに今は一秒を争う事態なんですよ!」

「瞬の意見にタマも賛成ッス」

「ふふふふ、ウチを滅する?」

 不敵な笑い声に、三人の視線がアイムに注がれる。

 アイムは顔から手を放し、圧巻の気迫を全身から放出し、三人を金色の瞳で見下ろす。

「脆弱な人間にそんなことは不可能なのにゃ! 前は極限の飢餓状態で後れを取ったけど、今は見ての通り元気モリモリにゃ! こっちこそあの時の復讐をしてやるにゃ!」

 振り上げたアイムの前足が、三人に勢いよく振り下ろされた。三人にはどうにか避けたが、前足は、そのままの勢いで木の床に穴を穿った。

 それが戦闘開始の合図だった。

 ついに正体を現した悪魔アイム。で、その姿が猫だったので、カササギの目がハートになってしまったという。アホか。島がピンチだってことも頭から忘れているのかもしれないですね、あの男は。

 やっぱり除霊になると頼りになるのは瞬とタマですかね。

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