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文化祭当日

そして迎えた、文化祭当日。


朝のミーティングで、愛実から激励をもらい、将生のやる気は最高点に到達していた。

と言っても、愛実は委員全員を激励したのであるが、将生にはそんなことは関係ない。


王子コンテストを行う中央ステージには、老若男女たくさんのコンテスト参加者で溢れかえっていた。

予想の倍以上の観客に、将生の興奮も最高潮に高まってきた。


ステージ上には、美しいお姫様が、豪奢なソファに座っている。

もちろん正体は元晴である。朝から、クラスの女子で結成された”ハル姫を飾り立て隊”により、ドレスと金髪かつらを着用後、化粧を施され、どこからどう見ても絵本から飛び出してきたお姫様にしか見えないように着飾られた。


(クラスの女子はいい仕事するなぁ)


ドレスもかつらもソファも、演劇部からの借りものである。これらがあるとないとでは大違いだ。将生は心の中で、演劇部部長に将生を紹介してくれた愛実に、もう一度感謝した。




いよいよコンテスト開始だ。

自ら望んだ司会業を、将生はノリノリで始める。


「レディースエンドジェントルメーン、ハル姫とデートがしたいかー!?」

「おぉぉぉぉぉぉ!」


ノリの良い観客に、将生はついつい口が滑る。


「ハル姫を自分の好きなようにしたいかー!?」

「ぅうおおおおおおぉぉぉぉ!!!」


がつっ!


(いてぇっ!)


元晴がこっそり将生に近づき、観客にばれないようにローキックをかましたのだった。


(いーじゃんかよぉこれくらい・・・)


将生はそっと蹴られた足を撫でる。すでに赤くなっており、後で痣になりそうだ。

将生は気を取り直して、ルール説明に入る。


「ようしその気持ち、このコンテストで叶えようじゃないか!さあルール説明だ。第一ラウンドは”ハル姫○×クイズ”!!」


ここからは、ガンガン参加者を振り落としていかなければいけない。


優勝者は一名。賞品は『ハル姫との文化祭デート権』。

賞品に目がくらんでいるのか、参加者の何人かは目つきが危ない。


(ま、元晴は男だし、デート中に何かあったら自分でどうにかするだろ)


元晴はなぜか、とても強い。普段はそれを隠しているが、実は空手黒帯の千花より強いことを、将生は知っている。


第1ラウンドで、20人ほどに絞る。優勝候補の千花が余裕で入ってくる。


(まあ、田中には少なくとも決勝までは残ってもらわないとね。姫公認ナイトの存在は、観客もよく知っていることだし)


ハル姫が有名なのは当然だが、その幼馴染兼ナイトである千花も、認知度が高い。昔から、元晴を悪の手から守ってきたからだ。また、誰にでも優しく、困っている人を放っておけない千花は、特に後輩女子からの人気が、実は高かったりする。


そんな二人と、将生は中学からの付き合いだから、つい応援してしまうのは仕方のないことだろう。




第2ラウンドは、借り物競争だった。

さすがに元晴ネタではもたないため、普通の借り物競争だが、そこは少し遊び心を加えた。例えば、カエルを素手でつかませてみたり。


(・・・って、田中、お前余裕だなー!)


そのお題に当たったのは千花だったらしい。千花はできるだけカエルに衝撃を与えないように、やさしく、かつ素早く持ってきたのだった。カエルに対してもジェントルマンだ。


決勝ラウンドは、第2ラウンド勝者8名による、腕相撲トーナメント戦だ。3回勝てば優勝である。

運がよかったのか、8名中女性が2名、小学生が1名、中学生が1名、ご高齢の男性が1名・・・そして高校生から社会人の男性3名だ。将生はちょこっとだけ、手心を加える。


(田中には、もう少し頑張ってもらわないと、盛り上がらないからな)


決勝戦まで、屈強そうな男性陣には当たらないようにトーナメントをこっそりいじる。これくらいは、実行委員かつ司会の特権だろう。


しかし決勝ばかりは、どうしようもない。

案の定、千花の最終決戦の相手は、体格がいい社会人の男性だった。


(あちゃー、瞬殺かも)


将生はさすがに、千花が気の毒になる。どれだけ元晴のために頑張っているか、よく知っているからだ。


(ちょっとだけ、ね・・・)


将生は素早く千花の背後に忍び寄り、小声でアドバイスをする。


「さすがに田中が不利だから、ハンデをあげよう。相手の親指を握るようにして、右足を前にして踏ん張ってごらん。期待してるよ、公認ナイト!」


それだけ言うと、将生は司会業に戻っていった。


「さぁお待ちかね!決勝戦の始まりだぁ!」


決勝戦は、姫の目の前で行われる。2人が戦闘態勢に入ったのを見て、将生はスタートの合図をした。


「それでは決勝戦!レディー・・・ゴー!」

「おおぉぉぉぉ!!!」


千花が叫びとともに、男の腕を一気に倒しにかかるが、さすがに勝ち上がってきただけあって、すんでのところで男は踏みとどまる。

男の腕に、じわじわ力が込められ、千花の腕が少しずつ押し返される。


(これは、田中の負けか?)


将生がそう考えたとき、


「きゃっ」


可愛らしい声と共に、ぺたんと言う音が聞こえた。


(あ?)


見ると、元晴がソファから転げ、倒れている。男にしては華奢で美しい生足が、ドレスの裾から出てしまっている。


(元晴、何やって・・・?)


「えいっ!」


千花の声が聞こえた。対戦相手の男の腕が、いつの間にか机についているではないか。

男はというと、元晴に見とれてぼうっとしている。


(あ!元晴め、やりやがったな!)


元晴の思惑がわかり、将生は内心歯噛みするが、すでにどうしようもない。

目の前では、心優しきナイトが、策略を巡らせた張本人である姫にかけよっている。


「え、ちょちょっと、ハルどうしたの!?」

「ちぃちゃぁん・・・ドレスにつまずいちゃったよぉ・・・」


目に涙をうるうる溜めて答える元晴に、将生は開いた口が塞がらない。


「ああもう、泣かないの!ケガない?」


(田中、だまされるな!その涙は偽物だ!)


「大丈夫ぅ・・・」


(元晴、語尾を伸ばすな気持ち悪い!)


「疲れちゃったのかな?ドレス重そうだもんね・・・」


千花はくるりと将生を振り返り、


「司会さん、私の優勝でいいんですよね?」

「えっ、あ、はい、そうです!」


突然の問いかけに、将生は慌てる。心の中でいちいち元晴に突っ込んでいる場合ではない。


「じゃあ、姫は私の好きにさせていただきますね」


千花はにっこり笑うと、元晴の手を取り、エスコートしながらステージ上を去った。


「リアルナイトだな、田中・・・」


(しかし、その姫は腹黒だぞ。気を付けろよ)


心の中で付け足しつつ、二人の健闘を祈る。


(・・・は、いいとして。どうしよう、これ・・・)


将生の目の前にはまだ盛り上がっている観客。


「ハル姫はどこだー!?」「ママー、お姫様、もう出てこないの?」等の声が聞こえる。

そして誰とはなく始まる、ハル姫コール。

収拾がつかない状況に、将生の背中には冷や汗ばかりが流れる。

と、そこで、ステージ裏から声が聞こえた。


「将生殿、少しいいか?」


(・・・委員長?)


愛実にちょいちょいと手招きされ、将生はさっとステージ裏に行く。


「将生殿、ハル姫殿をもう一度引っ張り出すことは可能か?」

「あー、まあ怪我した訳じゃないので、多分」

「それならば、握手会はどうだろう?」

「握手会?」

「その程度ならば、大丈夫だろう」

「でも・・・先生方に許可をもらわないと」

「安心しろ、校長はそこだ」


愛実が指差したのは、観客の山・・・の中で、ひときわ大きな声でハル姫コールをしている校長であった。この様子なら、握手会の許可はたやすく降りるだろう。


「じゃあ後は、本人の同意だけか!それなら何とかできると思う」

「では私は、校長に先に話を通しておこう。ハル姫殿のことは頼んだぞ」

「ありがとー委員長!」


せっかく盛り上がっている観客たちを、このまま帰らせるわけにはいかない。

文化祭実行委員として、できる限りのことはしなければと、将生はハル姫着替え室に走った。


何といっても、愛実が手を貸してくれているのだ。成果を出さなくては。


そのことに頭がいっぱいだった将生は、ハル姫着替え室の状況を思い浮かべることなどできなかったのである。




「はー着いたー」


一般客進入禁止の空き教室が、ハル姫着替え室である。さっそく入ろうとドアに手をかけたところ、カギがかかっていて入れない。


(あ、そうか。ハル姫の着替えなら覗かれちまうか)


あいつも大変だなーと、気楽に将生が考えていた時、本来は勉学の場である高校では決して聞こえてはいけない類の声が聞こえてきた。


「あっ・・・や・・・ぁ・・・」


(!!??)


将生は混乱した。


(え?何?今の声って誰?)


「ずっと、そういう顔が見たかった」


(今の声は・・・元晴さーーーーーん!?)


よく知っている元晴の地声。しかも今は、何というか、ねっとりとした色気みたいなものが加わっている。


(ということは、さっきのは当然田中ですよねー!?)


将生は気づいた。今、二人は密室の中。しかも元晴は王子コンで壊れたのか、どこかタガが外れているらしい。何をしているのかぐらい、男の将生には嫌でも分かる。


「ん・・・ふっ・・・」


声は続いている。将生は今までの人生で一番の岐路に立たされているように感じた。


(ここは何も聞かなかったふりしてそっと立ち去るのが元晴の友人として正しい行いだろうか!?いやしかし、ここ学校だぞ文化祭中だぞ?他のやつに気付かれたら元晴はともかく田中が困るんじゃないのかどうなんだどうすればいいんだ俺!!?)


「・・・ふ・・・ぁ・・・ぁん・・・」


鼻にかかった声が漏れる。


(・・・あれ?カギまで閉まってるのにどうしてこんなに聞こえるんだ?)


見ると、教室の小窓が開いている。ということは、遅かれ早かれ誰かが気付く。そうすると文化祭は台無しだ。将生の頭の中に、愛実の顔が浮かぶ。


将生は覚悟を決め、こぶしを握り締めた。




どんどんどんどんどんっ!


「おい元晴ー!ハル姫人気がすごいから、握手会やることにしたぞー!もう一回、姫の格好で出てきてくれやー!」


きっと後で元晴に殺されるだろうなと思いながら、これでよかったんだと将生は思う。自分は文化祭実行委員だ。愛実の文化祭を守る義務があるのだ。

中から、元晴が出てくる気配はない。将生はもう一度、ドアをたたいた。


どんどんどんっ!


「おーい元晴ー!ハル姫ちゃーん!はーやーくー!!!」


少し待っていると、ハル姫モードの元晴が出てきた。

しかし、そのオーラは限りなく重い。


「お待ちしておりました、ハル姫!さ、民衆のもとに参りましょう!」


将生がふざけていっても、元晴は笑いもせず、廊下を歩きだす。

これは怖い・・・と将生がおののいていると、先ほどの着替え室から十分距離を取った廊下で、元晴が話しかけてきた。


「マサキ、わざと邪魔しやがったな」


元晴は横を歩く将生をにらんでいる。廊下にはちらほら人がいるためか、元晴の声だけはかろうじて可愛らしい姫ボイスだが、口調は少々荒い。


「んーだってあのままじゃヤバかったっしょ」


「あ?」


「声。漏れてた」


将生は同じことが起きないように、正直に話す。その言葉で、ピタリと元晴の足が止まる。


「だって小窓開いてたもん。換気用の。そりゃあ漏れるよねー」


「聞こえたの?」


「おう」


(あれ?親切に教えてるのに、なんかちょっと雲行きが・・・)


元晴の周りだけ、ブリザードが吹き荒れるのを感じる。


「・・・千花の声も?」


「ちょ・・・元晴、素の声に戻ってる・・・」


「聞こえたの?」


ゆらり、と元晴は、将生に近づく。

その表情はかつらの金髪がかかって見えないが、発している雰囲気は重圧を感じる。

こういう時の元晴には、うそをついたり誤魔化したりするより、真実を話した方がいい。


「あー・・・まぁ・・・」


だんっ!


「も、元晴、タンマタンマ!」


(いってぇー!)


将生は元晴に胸ぐらをつかまれ、壁際に追い詰められた。

背中を打ってしまい、少々痛むうえ、呼吸もだいぶ苦しい。


音を聞き、周りの人がこちらの様子に気付く。


「あんな可愛い千花の声を聞いたなんて・・・聞いたなんて・・・聞いたなんて・・・」

「自業自得だろ!きちんと確認しなかったお前が悪い!!」


必死に叫ぶ将生のその言葉に、ようやく元晴は手を緩めた。


「・・・二度と同じ愚行は犯さない・・・」

「そうしてくれ。こっちの身がもたん」


ごほごほっと咳をして、将生は答えた。

周りの人に「なんでもありませんよー」とへらへら顔で将生は手を振り、二人でステージに向かう。


「・・・で、ぶっちゃけどこまでいった?」

「は?なんでそんなこと言わなきゃいけねぇんだよ」

「俺、被害者よ?聞く権利あるっしょ。というか元晴君ったら、学校であんな卑猥なこと・・・きゃー!」

「卑猥って、キスしかしてねぇし!」


そっぽを向いてふてくされながら言う元晴を見て、自分の制止が何とか間に合ったことを将生は感じた。


(ちょっとかわいそうだけどな)


友人としては、二人を応援してあげたかっただけに、ほんの少し申し訳なさもあるが、場所が場所だ。また後日に改めてもらおう。


その後は、愛実がセッティングしておいてくれたステージ上で、無事ハル姫の握手会が執り行われ、校長以下ハル姫ファンが「もう一生手を洗わない!」と心に誓ってステージを後にしていったのだった。




文化祭のプログラムはほぼすべて終了し、残るは体育館で行う後夜祭だけになった。

一般客はすでに帰っており、残っているのは生徒と教師だけだ。有志バンドが、ステージ上でノリのいい音楽を演奏している。

いろいろとあった文化祭だったが、将生は全体の出来に大変満足していた。


それを分かち合いたいのだが、目的の人物が見当たらず、将生は生徒でごった返している体育館を右往左往していた。


(もしかして、あそこか?)


将生は見当をつけ、ステージ横の階段をのぼる。

そして、階段を登り切った体育館放送室に、目的の人物を見つけた。


「・・・将生殿か?」

「委員長。こんなところで、何やってるの?」


愛実は、放送室から明かりが漏れないように、電気もつけずに機材の明かりだけで過ごしていた。


「ここからだと、下の様子がよく見えるからな」


黒いカーテンを少しめくると、小窓からステージ下がよく見える。盛り上がり、いっしょに歌っている生徒たちが大半だ。


「それで、将生殿は放送室に何か用か?」

「いや、委員長の姿が見えないから・・・」

「ああ、それはすまなかったな。何か用だったのか?」


将生は愛実に向き合い、頭を下げた。


「握手会のこと、ありがとう。俺一人じゃどうしようもなかった」

「ああ。盛り上がっていたからな。もったいないと思い、急に思いついてやってしまった。ハル姫殿は大丈夫だったか?将生殿ともめたといううわさを聞いたのだが・・・」


ぎくっと心臓が跳ね上がった。もめた理由を愛実に知られるわけにはいかない。そんな将生には気付かず、愛実は、少ししゅんとしている。


「握手会などやりたくないのに、無理強いをさせてしまったのではないかと・・・」

「違う違う!確かにちょっともめたけど、握手会は全く関係ないことだから!」


将生は手をぶんぶん降り、慌てて弁解する。関係なくはないが、直接の原因ではない。


「そうか、それならよかった。ハル姫殿には、後日礼を言わないとな。我が校の文化祭を大変盛り上げてもらった。・・・将生殿も」

「え?」

「司会、見事だったぞ。功労賞ものだ」


そう言って、愛実は笑った。薄暗がりなことが大変悔しい。


明るい陽の下で、その笑顔を見たかった。


愛実はもう一度カーテンをめくり、下の様子を見る。


「・・・もう文化祭は終わりか」


小さな呟き。将生は愛実を見つめるが、愛実は小窓の外を見たままだ。


「準備は楽しいな。どうしようかこうしようかと、いろいろ考えられる。しかし、当日が始まってしまうと、あっという間だ。終わってしまうのが早すぎる」


寂しそうに言う愛実に、何か声をかけようとするが、いい言葉が浮かばず、将生は口をつぐむ。


「そろそろ行こうか、将生殿」

「あ、待って!」


階段に向かおうとする愛実の腕を取り、将生は止めた。

愛実は不思議そうにしている。しかし、ここで降りて行ってしまえば、それまでである。


文化祭は終わる。愛実との接点がなくなるのだ。


(ああ、俺、委員長のこと・・・)


「ん?どうした?」


きょとんとした愛実に、伝えなくては。今、ここで。


「今から!俺が委員長を愛でます!」

「・・・は?」


事の展開についていけず、愛実が珍しく間抜けな声を出す。


「委員長はいっつも周りのみんなを愛でてくれてるから、今日は俺が委員長を愛でます!」

「ま、将生殿、いまいち趣旨が理解できないんだが・・・」

「その一!」


戸惑う愛実に向かって、指をぴっと立てる。ここは押し切った者勝ちだ。


「かっこいいところ!頭の回転が速い、みんなに公平になるようにしてくれる、希望をかなえようと努力してくれるところ!」

「あ、その、あ、ありがとう・・・」


突然始まった褒め言葉の羅列に照れているらしく、声が小さい。将生は続ける。


「その二!親切なところ!相談に乗ってくれる、最後まで面倒見てくれる、安易な反対はしない、一緒に代案を考えてくれるところ!」


愛実は薄暗がりでも分かるくらい、赤くなっている。将生は畳みかけた。


「その三!かわいいところ!考え事しているときの眉間のしわ!小さな手!時々見せてくれるようになった笑顔!それから・・・」

「も、もういいもういいっ!」


愛実は限界だったらしく、身長を目いっぱい伸ばして、将生の口を両手でふさぐ。将生はその小さな手のひらを、ぺろりとなめた。


「!!??」


愛実はゆでだこよりも赤くなり、ばっと将生の口から両手を離した。


「その顔」


将生はにこりと笑う。


「ま、ま、将生殿、な、何をするっ!?」

「あ、委員長、あまり大きな声を出すと、外に聞こえるよ」


将生の指摘に、愛実は慌てて自分の口を両手で押さえる。それを見て将生が「あ、間接キス」と言うと、べりっと音がしそうなほどの勢いで、自分の手を口からはがした。


(お、おもしろい・・・)


将生はそんな愛実の様子を見て、つい笑いがこみあげてきてしまった。口を押さえてクックッと笑う。やっと顔をあげると、まだ赤い顔がぎろっとこちらをにらんでいた。


「・・・将生殿・・・」

「委員長、怖い怖い。可愛い顔が台無しだって」

「元から可愛くないからいい!何故こんなこと・・・!」

「だって、委員長は特別だから」


それまでとは違う真剣さを帯びた将生の声音に、愛実の動きが止まる。


「・・・え?」

「俺の中で、委員長はとっくに特別になってたんだ」


将生はまっすぐ、愛実を向いて言う。


「・・・そうか、明日から委員長って呼べなくなるな」


将生は少し笑って、呼び名を改める。急に名前を呼んでも、許してもらえるだろうか。


「愛実さんは、俺の特別なの。だから、愛実さんにも俺を特別に思ってほしかった。それだけ」


突然の告白に、愛実は下を向いてしまった。表情が見えない。

将生はそっと、近づき、その手を握る。


「検討、していただけませんか?」


膝をつき、のぞきこむようにして愛実の顔を見ると、愛実は怒っているような、泣きそうな、困っているような顔で言った。


「こ、今後の検討課題とする!」

「前向きな検討、お願いしますね」


そう言って将生は愛実の手を離し、階段に向かう。数歩遅れて愛実もついてくるのを気配で感じる。


もう一歩だけ、近付いたら逃げられるだろうか。引き際も肝心なのは分かっているつもりなのだが。


(でもお祭りだから・・・少しくらいはめ外しても、いいかな)


「愛実さん、俺、功労賞だって言ったよね」


階段を下りながら、将生は愛実に問いかける。


「ん?ああ」

「じゃあ、ご褒美ちょうだい」

「ご褒美?」


階段を2段ほど先に進んでいる将生が振り返ると、愛実の顔が同じくらいの高さにあった。将生は素早く愛実の唇を奪う。


「ごちそうさま。ありがと、愛実さん」


愛実はしばらく固まった後、ふらっと背中から倒れていった。


「わわ、愛実さん!?」


この後、将生によって愛実は保健室に運ばれた。


文化祭による過労と診断されるのだが、本当の原因は当人たちしか知らないのだった。

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