結果は次の人に期待しているから
「悪意で進化出来るのかよ……」
「人の『思いの力』で進化するのよ。
それは別に悪意ではなくても良いんだけれど、悪意が手っ取り早く集められるの。 それに私は悪意の方が相性が良いみたいだし」
それは暗黒神ってくらいだしな。
でも、確かに善意よりは悪意の方が集めやすそうだ。
と言うか、好き勝手やっていれば勝手に集まってくる。
意外と契約の履行は簡単かもしれない。
欲望とか怨念とかでも良いのだろうか。
「悪意というのは負の感情と思えば良いのか?
「そうね、大ざっぱに言えばそれで間違っていないわ」
「大ざっぱにと言うことは、正確に言えば少し違うのか」
「一方から見れば悪意に見えたとしても、逆から見ればまったく異なる場合は打ち消し合うのよね」
俺が人の悪意に晒されたと思っていても、相手が悪意ではなく、例えば正義心から行動を起こしていたとすれば、暗黒神の言う『思いの力』としては微々たるものらしい。
簡単に言えば、悪い行いをする俺を正義の王子様が退治に来る場合は、悪意に入らないということか。
……簡単かと思ったけれど、途端にハードルが上がったな。
まぁ、正義の気持ちではなく、怒りや怨みとなる様に仕向ければ良いか。
「負の感情は混ざっていても良いのか?」
「駄目ってことはないけれど、効率よく集めるのなら1つに絞った方が良いと思う。
でも、カズトは実験体だから約束通り好きにして良いわ。
いろいろ試してくれると助かる。
結果は次の人に期待しているから」
「酷い扱いだな」
「自由に生きて良い、その為の力をあげた。
わたし、酷いかしら?」
「そう聞くと酷くない気がしてくる不思議。
なんか納得いかないけど。
でも自由に生きられるなら文句はないな」
1度は全てを失ったのだから、その点についてなにも文句はない。
「実験体はわかったが、いままでにわかっていることは?」
「今わかっているのは、直前までの思いが強烈に変わった瞬間の方が、効率良くエネルギーとして集められることくらいかな」
「それだけか?」
「この世界に直接干渉することは『禁忌』の1つだったのよね。
でも馬鹿がそれを侵して抜け駆けしたの。
1人だけ進化されて上位神になられては困るわ。
私がなる分には構わないんだけれどね」
ポロッと本音を言う。
暗黒神を見ていればわかるが、随分と感情を持っている。
感情があるなら、個性があり欲望を持つ者もいるだろう。
だったら、抜け駆けをしてでも得たい何かがあっても不思議はない。
「そう言えば聞いていなかったけれど、時間的な制約はあるのか?」
「特にないわ。
カズトの肉体は魂の器として不老だし、魂自体は自我が崩壊するまでもつから、1000年くらいは生きられるんじゃないかな。十分でしょ?」
「それはびっくりだ」
「ただし肉体は物理的なものだから破損もするし、消えることもあるから注意してね。
器がなくなったら色々と面倒だわ」
破損とかいわれると本当に魂以外は物みたいな扱いだな。
「前世でやり残したことがあるんだが、それを楽しむくらいは問題ないか?」
「ええ、かまわないわ。
あなたが遊ぶくらい、私から見れば欠伸をするくらいの時間だし。
ただし、最終目的だけは忘れないでね」
「ビバ! 学生生活!」
「なによ、そんなことがしたかったの?」
「あぁ、まともに学校には通えなかったからな」
1代で成り上がった親を持つ、世間から見れば恵まれた家。
まっとうな稼ぎなら尊敬されるのかも知れない。
でも、法もすれすれなグレーゾーンを最大限に利用して、弱者から金を巻き上げていた両親を忌み嫌う者はいても、尊敬する者はいなかった。
子供ながらにもそれはどうなのかと思い、苦言を申したこともあったが、死に掛けるほど殴られて以来、その事について触れたことはない。
ただ、俺が触れずとも周りは放っておいてはくれなかった。
クラスメイトやご近所にも被害者は多く、俺は八つ当たり先としてはおあつらえ向きで、イジメなんかは日常茶飯事だ。
それでも消えない怨みはいつしか殺意へと昇華し、本人よりも与しやすい俺に向けられた。
その男は、俺の両親に人生を賭けて積み上げたものを全て奪われた者たちの代表だと言う。
絶望には絶望を。
そんな考えのもと、子を失えばあんな両親でも絶望すると思ったらしいが、そんなことを思う訳がない。
結局、説得の言葉は伝わらず、俺はその男に殺されることになった。
もし輪廻転生があるなら、次は普通で良い、まっとうな学生生活を送りたい。
そう思っていたのは少し前の俺で、まさか本当に生まれ変わることになるとは思っていなかったが。
「でも、わたし人の使うお金は持っていないわよ。
確か学校ってお金がいっぱい必要だったわよね」
「そんなの稼げば良いだけさ。
それくらいの力がなければ、悪意を集めたところで直ぐに殺される。
この力に慣れる為にも古い知識を更新する為にも、丁度良い」
他人の顔色ばかり窺って生きていた前世では、生きることを楽しめた覚えがない。
自分の意思と力で生きられる、それだけなのに凄く嬉しい。
その為に働く必要があるというなら、喜んで働くさ。
「まぁ、良いわ。それじゃ行くわよ」
「ん? もしかして、ずっと付き纏いながら、やることなすことに口を出してくるパターンか?」
「どんなパターンよ……。
結果だけを得ることもできるけれど、体験してわかることもあるかもしれないから一緒するだけで、私が邪魔したらサンプルにならないわ」
「それじゃ基本的に空気だと思っていれば良いんだな?」
「他に言い方がないの?
まぁ、そう思ってもらって結構よ」
どうせ1人旅じゃ寂しくなる。
この戦いは理解者を得るのが難しいはずだ。
そう考えると、暗黒神であっても話し相手がいるのは悪くない。
◇
意思疎通の出来る空気なら、旅の間の暇つぶしにもなる――と思ったらこれだよ。
「なぁ、幼い暗黒神。やっぱり駄目じゃないか?
なんで俺より先に悪意を集めているんだよ」
「ロリィって……勝手に変な呼び方しないでよ。
それに、どこの馬鹿よいきなり人の胸に触るとか!
変態は死ねば良いのに!」
「すでに死んでいるみたいだけどな」
取り敢えず、見付けた街道を北に向かって歩いていた時だ。
突然現れた男たちが、下種な言葉を吐きながら近寄ってきた。
俺がこの世界で初めて出会う人間だから、丁寧に接しようとしたらこの有様だ。
目の前には、ロリィのボディブローで心臓を貫かれた死体が3体転がっている。
結構グロいはずだが、何故か気分が悪くなったりはしなかった。
これもこの世界の知識を詰め込まれた影響だろうか。
まぁ、これからすることを考えれば、いちいち気分が悪くなったり自己嫌悪や後悔をしないだけ助かるな。
「だいたい、縦に縮んだのになんで胸だけ主張したままなんだよ。
そのアンバランスさが変態を呼び込んでいると気付けよ」
「何言っているのよ、ここにはプライドが詰まっているの。
譲れるわけないでしょ!
プライドを汚されたらこうなっても当然よ」
「……まぁ良い。
大きいのは悪くない、将来が楽しみだしな。
ただ、空気でいられないなら手伝ってもらうぞ」
「うまく利用出来るならすれば良いわ。
面白いことなら付き合ってあげる」
結構、本人もこの状況を楽しんでいるんじゃないだろうか。