進化するに決まっているじゃない
殺すも自由、奪うも自由、犯すも自由。
縛るものがないこの世界で、生きようと抗う世界の姿を俺に見せてみろ。
この物語は俺が勇者に倒されるまで続くだろう。
あれ?
俺はこんな思考をする人間だったか……すり込まれた知識が俺の自己同一性を揺るがしている、そんな感覚だ。
でも、この世界で生きていくにはそれくらいの横暴さが必要か。
前世からは考えられないことだが、これは2度目の人生だ。
ならば生まれ変わったつもりで、その知識を受け入れよう。
不意に体が重力に引かれ、不愉快な重みを感じた。
正確には慣れ親しんだ感覚だ。
今までいた重力を感じない世界の方が心地よかったのだが……。
まぁ、誰1人いない世界では契約の履行が出来ないので仕方がない。
爽やかな風が頬を撫で、新緑の匂いが鼻をつく。
じっとしていると少し肌寒い感じだが、運動にはもってこいといったところか。
視覚以外の感覚が先に働き出し、様々な感覚が大量の情報をもって俺に語り掛けてくる。
そして異物的な何か……これが魔力か。
見えないのにありとあらゆる物を感じ取るこの感覚は、全ての生ある物が持つという魔力に反応しているのだろう。
今までにない感覚は、戸惑いよりも世界の広がりを見せてくれた。
眩しさに慣しつつゆっくりと目を開く。
そこに広がるのは魔力で感じた通り長閑な大草原で、俺はそれを見下ろす丘の上に立っていた。
体はどうやら元の世界のままのようで違和感はない。
空を仰げば、雲1つない青空が広がり、まさしく絶好のハイキング日和と言えよう。
気になるのは2つに割れた巨大な月の存在と、その月を背景にして優雅に空を泳ぐ、鯨のような巨大な生物がいることか。
非常に遠近感の狂う大きさだが、ざっと1000メートルは超える大きさに見えた。
そんな巨大生物の存在を前にすれば、ここが生まれ育った世界とは明らかに違うと納得出来た。
視界の範囲にはまったく文明の欠片もなく、長閑な陵丘が広がりを見せている。
異世界の存在なんか物語の中だけだと思っていたが、どうやら俺は間違いなくその物語の世界にいるようだ。
元の世界でも、大抵の時間は1人で過ごしていたはずだが、本当に1人というのは違うもので、急に人恋しくなる。
この広大な世界にただ1人だと認識したら、妙に感傷的になってしまった。
だったら、早速出会いを求めて町にでも繰り出すのがいいだろう。
人の悪意を集めろと言うくらいだし人はいるはずだ。
与えら得た知識の中にも多くの人々の記録があるのだから、今は見えないだけで何処かでは暮らしているはずだ。
「それでカズト、なにから始める?」
「おわっ!?」
世界にただ1人と思っていた矢先に、背後から声を掛けられた。
1人、ポエムを口ずさむようなことがなくて良かったと、心から思う。
俺は振り向き、息を飲む。
もし理想的な顔立ち、スタイル、雰囲気を持った少女がいるのならこの子だろう。
そう思えるほど完璧に理想で出来た少女がそこに佇んでいた。
北欧美人を思わせる顔立ちは目鼻立ちがクッキリしていて、それでいて濃くない。
切れ長の目には濁りのない黒い瞳があり、見つめられるだけで魂を吸い寄せられるような深い黒をし、白い肌に反する黒い髪は長く腰まで届き、艶やかなエンジェルリングが浮かび上がっていた。
黒を基調色とし差し色に金を使った豪奢なローブに短めのスカート、ロングブーツに膝上までのタイツが作り出す絶対領域は、ずっと見ていられるくらい安定したエロさがある。
神々しさすら感じさせる意匠を凝らした一品だったが、残念ながらこの長閑な風景にはマッチしていない。
どちらかと言えば、周りも豪華に飾り付けられた貴族の屋敷のほうが似合うだろう。
そんな場違いな美少女が目の前にいた。
絶世の美少女と言うかは人それぞれだが、間違いなく俺の好みだ。
「……誰だ?」
「暗黒神だけど?」
「はっ!?」
俺の魂を異世界に召喚した存在がそこにいた。
その姿の何処に暗黒神的な要素があるのか甚だ疑問だが。
「何でこんなところに……というか、その恰好は趣味か?」
そう言えば、さっき俺の名前を呼んでいたな。
この世界で俺の名前を知っている存在がいるとしたら、それはたった1人。
つまり暗黒神その者のはずだ……そんな雰囲気はないけれど。
「失礼ね。
あなたの頭を覗いた時に、最も理想としている姿を具現化しただけよ」
「どうりで今すぐ襲いたくなったわけだ。
それはつまり襲っても良いってことだよな?」
そうでなければ、俺の理想を顕現する理由がない。
「なに言っているのよ、良い訳ないでしょ!
少しは敬いなさいよね!」
「俺の頭を覗いたと言うわりに、何たる不完全。
おまえの悪意も集める為に、ここは1つ無理やりにでも――ぐはっ!」
なかなか良い角度で入ったボディブローに息が詰まり、涙目になる。
「いてぇ……魔闘気が全く役に立っていないんだけれど?」
「当たり前でしょ。
『魔力の理』を知る私にそんなもの無意味よ」
「それじゃ俺もおまえの魔闘気を無視出来るってことか。
なるほど良いことを聞いた」
「ちょっと……今度は魂を消し去るわよ。
それにおまえじゃなくて暗黒神と呼びなさい」
不安そうな声を聞くに、本当に無視出来るみたいだな。
それを試すのはリスクが大きすぎるか。
「だいたい、俺の理想がそこにいて手を出すなって、どんな虐待だよ」
「面倒くさい男ね。
わかったわよ、それじゃ――」
一瞬、その姿にノイズが走るような様子を見せた後、現れたのは縮んだ理想だった。
「これで良いでしょ。
『身体構築』は結構エネルギーを消費するんだからね」
「俺は幼女趣味じゃない!」
「趣味じゃなければ手を出そうと思わないでしょ!」
「理解は出来るが納得は出来ない。
育ったら抱くからな。
まったく、光源氏計画とか先が長すぎるわ」
「不穏な計画を立てないでよ!」
くそぉ、どう見たって15歳前後じゃないか。
随分と先に餌をぶら下げられてもうれしくない。
3歳も離れていたらアウトだろ。
さっき沸き起こった劣情が急速に萎れていく。
「はぁ、まぁ良いか。
ところで、悪意を集めてどうするんだ?」
魔王となり人の悪意を集めろ。
それが魂を再生する代わりに与えられた契約だった。
大体の知識は脳に直接記憶されているが、それは人間社会の知識だ。
こういう神様の裏事情については一切知識がない。
どうせなら全部くれれば良いのに、『禁忌』が多いからダメらしい。
しかも最新の情報ではない点にも注意しなくてはいけない。
情報が日々劣化していくのは元の世界でも同じだから、そこをポンコツとは言うまい。
「どうするって、進化するに決まっているじゃない」
は?