1月31日 はじめてのまほう
1月31日
何だったんだろう、あの出来事…。急にどこかに連れていかれたと思ったら弟と一緒に変な女性に妙なこと言われた。なんかの冗談であってほしい…。
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魔法少女は意外といる。真面目に統計を取ったところであまり意味がないが、世の中に100人はいるのではないかというのが魔法少女だった女性たちの所感だ。もちろんSNSで誰かとつながった時にそう感じる人がいるだけで、実際に活躍した人は少ないのかもしれない。だからヨウンとれとりの話がすごく狭いコミュニティの中ではあるが、盛り上がったのだろう。
しかしでも魔法の使用契約を結ぶ人は今でも年に1人はいるようだった。
たまプラーザに住む井田こやん、ねこた姉弟もその一組だ。
それなりのお金持ちの双子の子弟だが、父親のクレジットカードの使用額と、毎月の住宅ローンの支払で母親がため息をついていること、そしてそのうっ憤を晴らすために、母親は語学の勉強に精を出して、その教材費なども家計をそれなりに圧迫している、さらにそのことが母親を追いつめるのか、母親がキッチンドランカーになっている、そんな家庭である。
その影響からかこやんもねこたも語学の才能だけはピカイチだった。こやんは運動音痴もいいところで、泳いでみれば金槌、ボールを投げれば5メートル飛べばいいほうである。またねこたも体育が得意ではあるが、語学以外の勉強がからっきしだ。
それでも母親の影響か語学の才能だけはあった。英語はもちろん、ハングル、漢字の中国式の読みはきちんとでき、検定も英検などを二人ともねこたの韓国語検定準2級を除いて高得点で合格している。
そんな二人は語学特待で市内でもそれなりに名の通っている私立の中学に入学することができた。
田園都市線にたまプラーザで乗り、青葉台の駅で降りる。
田園都市線は渋谷と神奈川県大和市の中央林間を結ぶ鉄道路線だ。渋谷方面の電車が日本一ともいわれるほど混雑することで有名だ。一方ラッシュを避ければそれなりに座れる路線でもある。しかし渋谷方面へ向かう電車の混雑や、地下鉄を介して埼玉の奥地まで列車が直通する関係か、ラッシュ時やラッシュ明けは5分程度の遅れは日常茶飯事であったりもする。
こやんとねこたも電車を待っていた。案の定遅延している。
二人ともセーラー服を模した青い冬服に、二人とも学校指定の紺色のコートを羽織っている。
15歳の二人、顔にはあどけなさが残る。しかし二人ともそろそろ第2次性徴が始まっており、顔はだんだんとねこたは精悍に、こやんは華麗になるなど、体つきも変化し始めていた。そのため制服のサイズもしょっちゅう変わっており、今日も買い替えたばかりの新しい服を着ていた。
「寒いね…」
こやんはカイロを握り占め、体をちぢこませていた。
1年でもっとも寒いとされる1月。寒さ対策をしても体から体温が奪われる感じがした。
「な。」
ねこたはぶっきらぼうな言い方で答える。しかしそのぶっきらぼうな言い方の中にどこかこやんはやさしさを感じていた。
重たい寒さに震えているその時、電車が軽やかに入線してきた。
ドアが開けば暖かい空気が入ってくる。
「生き返るよ…」
席に座れこそしなかったが、2人にとって暖かい空気に触れられるだけでも十分だった。
駅から20分歩き、待合室のない駅のホームで約10分、約30分暖房から離れていたのだから、少し大げさではあるが、暖かい電車の車内はまるでこの世の楽園のように感じられた。
ねこたはおもむろに韓国語の参考書を開く。今週末の韓国語検定を受験するためだ。
韓国語はねこたにとっては第2外国語だ。そしてねこたが受験しようとしている次の韓国語検定。受験級は準2級、合格率29%の、それなりの試験である。母親の影響、といえば聞こえはいいが、小学4年のころに母親にやらされる形で勉強を始めてからはや6年、毎年受けて3級までは毎回高得点で合格してきた。しかし準2級は落ち続けている。前回は形容詞の勉強不足、前々回は助詞の使い方の間違いで合格の最低ラインを下回ってしまったのだ。しかし語学の勉強というのは不思議なもので、いやいや始めてもコンスタントに勉強をしているうちにその国を生きる人々の考え方が頭に入ってきたりして、癖になってやめられなくなるのだ。検定受験なんて始めたらなおさらだ。検定試験は自分のその国への知識自慢でもある。そんな知識比べに巻き込まれたねこたは、今回こそ高得点で合格してやる、そんな思いでいた。
一方でこやんも英語の多読用の教科書を開いた。こやんはねこたのようにつまみ食いするかのように言葉を学ぶのではなく、一つの言語をじっくりと学びたい、そう思っていた。
ねこたは英語なんて深く勉強しても欧米の考えしか頭に入ってこないよ、と言うが、こやんにとって政治とかよりもマザーグースの豊かな世界に浸ることのほうが重要だった。
二人とも考え方は違う。しかし全く気にならなかった。言葉は人をとらえ、イデオロギーを与える装置だ。しかし同時にいくつか言葉を学ぶことは、自らの心の中にイデオロギーの対立を生み出し、その結果考えを広げることができる。そしてその結果自らの世界を広げることをできるのではないか、こやんとねこたはお互いなんとなくそう思っていた。
こやんが英米文学の世界に浸り、ねこたがシステマティックな言葉の集合に触れているうちに電車は青葉台につく。こやんは相変わらず到着放送の英文がブロークンである点が気になったが、だいたいの意味が伝わればいいのだろう、こやんはそう思った。
少し遅延したが、バスに乗ることはでき、学校に無事にたどり着くことができた。
今日行けば明日は終業式。そう思うと少し心が軽かった。
1時間目、数学。
証明ならまだ言葉をこねくり回せばいいので楽に行けるのだが、数学は証明という狭い範囲ばかりを習う科目ではない。今回は2次関数だった。y=2x。ここまではわかる。しかしこれ以上難しくなってしまうともうついていけない感じであった。あの記号の中から意味などを読み取るのがあまりにも理不尽で、そしてそもそも同じ言語でないように思えた。それでもこやんは隣の人のノートを見ながら何とか理解に努めていたが、ねこたはついていくつもりがないのか船をこいでいた。
授業が終わって着替えをして2時間目、体育。着替えの時、ねこたは中学生ならだれでもするであろう、「自分のわいせつな妄想自慢」を友人から聞かされ、少々うんざりしていた。こやんは友達と話していて、自分の発育がいかに早いかがわかり、ちょっとうれしかった。
しかし体育はこやんにとってはやはり苦痛でしかなかった。バレーボールをしているときに球をうまくとらえられず顔面を強打するわ、球を打ったかと思ったらこやんからみて後ろの壁に球が向かう…。一言で言って屈辱的だった。一方でねこたはバスケットボールを楽しんでいるようだった。素早く動き、敵陣をかわす。そして飛び上がってゴールにダンクシュートを決める。周りから歓声が上がっていた。
「いいなぁ…」
こやんの口からふと、そういった言葉が漏れ出た。
3時間目、古文。
古文の五段活用が非常に難しく、覚える気が実はこやんもねこたもしなかったが、しかしなぜか覚えられる。こやんもそうだが、特にねこたにとっては文法を覚えずともかなりはっきり読めるのだった。
そのためか古文の授業が眠くて仕方がなく、よくねこたは寝ていた。
月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど
古文の先生は黒板に万葉集の一句を書いた。
そしてディスカッションするように生徒に促した。
「井田ねこた、この文章の意味を答えなさい。」
「月を見ればいろんなことが思い浮かばれる。わたしにだけ訪れた秋ではないけれど、みたいな意味でしょうか。」
「井田ねこた、合ってはいるがこれを調べるのが今の課題だ。何寝ている?」
「すいません」
ねこたは罰として一番前の席の前、ラーフルクリーナーの横で授業を受ける羽目になった。
4時間目、英語。二人とも王手を取ったかのように目をキラキラさせて授業を受けた。
英語の英才教育を受け、さらにねこたは第2外国語もかなり熟達してきたほどの実力を持つ二人にとって学校の英語など朝飯前だった。
結局午前中の授業は2勝2敗であった。
授業は意外と戦争、もっとマイルドな言葉で言うならば競争にも似ているような感じがする。もっとも二人は戦争なんて知らないのだが。ただいくら性格がよくても、いくら付属の高校への進学率がよくても、内申点が悪ければすべてが否定されるのだ。緊張感を持てる反面、生徒にとってとてもプレッシャーでもあった。
そのプレッシャーから一瞬でも解放される放課の時間がこやん、ねこたにとっても幸せな時間であった。
学校の裏に小さな小山がある。小山と言ってもほとんどを芝生で覆われた丘のようなものであるのだが、今日のように寒い日にこの小山を上って食事をとるなどと考える人はいないようだった。
しかし二人にとってこの丘はお気に入りだった。暑いときは別だが、寒さの中でもやさしく自分たちを照らしてくれるこの丘の日差しと、そして少し高いところから学校を見下ろすこと、その二つがとても好きなのだ。
二人は今日も丘を上り、太陽を背に、学校を見下ろすポジションで食事をしていた。
「あと1時間…頑張ろうね!」
こやんは励ますつもりで弁当を食べているねこたを励ます。
「ん。まぁ適当に。」
ねこたは弁当を口に掻き込み、もぐもぐと食べながら言った。
「食べながら話さないの。」
「いいじゃねーか、別に。」
少し気に触れたらしい。そう思ってこやんは何かを言うのを慎んだ。
「ちょっとパン買ってくるね。」
こやんはちょっとした気まずさをリセットするかのように言って、その場を立った。
するとそのタイミングを見計らったかのように燕が降りてきた。
ねこたは地球温暖化が叫ばれているとはいえ、燕が冬にやってくるほど暖かくはない、そう思った。
「あんた、あたしの気持ちがわかるみたいね」
えらくさばさばした女性の声が聞こえた。
「は?」
燕を思わず見る。
「へぇ。男にもあたしの声、聞こえるんだなって。」
燕のほうも若干驚いているようだった。
「なんすか?」
怪訝そうにねこたは聞く。
「あ、あたし?ジェビだ。魔法世界の刑事をしている。」
相変わらず物言いが雑だが、魔法世界では敬語なんだろう…
って魔法世界?
「なんじゃそりゃ!」
ねこたは思わず言った。
その拍子に飲もうとしていた牛乳を吹き出し、ジェビの顔にかかった。
「てめぇなにしやがる!エロゲーじゃねーんだぞ!」
えらくジェビは怒っているようだった。
ねこたはポケットからティッシュを取り出し、ジェビの小さな体をふく。
「普段あんたの息子を拭くために使ってるティッシュで拭かれんのも悪くねーな。」
ものすごくひどいことを言われたが、スルーすることにした。
そしてひとしきり拭き終わったあと、ジェビに聞いた。
「で、なんで俺に用があるんだ?」
するとため息をつき、そして…。
強い風が吹き始め、その燕は強い光を発した。そして急に空の色が反転し、白い空に青い雲が浮かぶ世界に切り替わった。
目の前には可憐な少女がいた。
こやんと同じくらいの背丈だろうか。猫耳帽子に赤いゴーグルを頭にはめている。そして背中からは燕の羽根のようなものが広がっている。そしてゆったりとした白と黒、ところどころに赤のアクセントを配した、燕を模した服を着ている。その姿は燕のようであり、またそのダークでしゃれた服を透き通るほど白く、そして幼く見える少女が着ているというキッチュな感じがとても魅力的だった。
ジェビの全身が人間の姿に変わったころ、風と光は止んだ。
目の前の少女に少年ねこたは思わず息をのんだ。
「あんたには捜査に協力してもらう。そしてそこの娘にもだ!」
ジェビがびしっとさした先にはこやんがパンを2つもって立っていた。
「捜査…ってなんだよ?」
よくわからない、といった具合でねこたは聞いた。
「これから話す。」
ジェビはこやんにこっちに来いというと、詳細を話し始めた。
「ああ、最近この第3レイヤー世界で悪さをする悪性のプログラムが発見されてな。」
「第3レイヤー?悪性プログラム??なんですかそれ。」
こやんは氾濫するかのように飛び出る知らない言葉に困惑する。
「あー!男はわかってるよな?」
「いや、わからん。」
ジェビは頭を抱える。
「簡単に言うとこの世界を破壊しようとしている輩がいる。そいつを倒すのを手伝ってほしい。ただあたしたちは後方支援しかできない。ってことで前線に出てもらいたい。」
「はぁ?ふつう逆だろ?」
ねこたは珍しく饒舌だ。
「あんたらが生きてこの事件を解決したら1人ひとつ、何か願いをかなえてやる。ただシステムを破壊するみたいなもんはなしだ。ただ失敗したらこうだ。」
そう言って映し出したのは母親が自殺する姿だった。
「あんたらの母親、最近語学検定でしくじっただろ?そのことですべてうまくいかなくなったって感じて、アル中気味なのも知っているはずだ。そしてそれに追い打ちをかける出来事をあんたらが断ったり、死んだりしたら起こしてやる。もちろんあたしたちだって鬼じゃない。警察官だ。そうならないように、特に死んだりしないようにあんたらを全力でサポートしてやる。」
ふたりは何も言えなかった。
自分たちが死んだり、さらに言えばこのことを断ったりすれば母親が追いつめられる。
こやんは一つだけ質問した。
「もしここで断ったら、どうなるんですか?」
それに対してのジェビの言葉はとてもあっさりとしていながらも、重たかった。
「自殺未遂で病院送りだ。」
ふたりの心には非常に重たいものが広がった。
「それって俺たちが何かしなくちゃいけない感じじゃねーかよ。選択の自由はないのかよ!」
ねこたは嘆くかのように言い捨てた。
「ま、今日の5時間目明けに答えを聞く。ゆっくり考えな。」
ジェビが消えるとともに青空が広がった。
二人とも放心状態だった。空の青さがなんだかむなしかった。
なんだか怪しげなことに無理やり加担させられそうになっている、そのことを考えると授業なんて受ける気持ちではなくなってしまっていた。
5時間目、道徳。
自己犠牲の話であった。「誰か一人が犠牲になればこの世界を救える」そんな状況で、あなたはどうするか。そんな話だ。
こやんとねこたは先ほどの出来事が頭から離れなかった。自分たちがリスクを背負うことで世界はもちろん、母親も救える。しかしそんな姿を見つかったらそれこそいじめられそうな感じがしていた。また今までの平和な自分の生活が乱されてしまうことは確実だとも感じていた。
そしてこの3つの感情を「メリット、デメリット」の2つに整理し、天秤にかける。するとちょうど釣り合ってしまうのだ。さらにこんなことをして誰かに感謝されたりするのだろうか。そんなことを足すと完全に天秤はデメリットのほうに傾く。
母親がいなければこんな苦しみをしなくてもいい、そう思いそうになる。
どうして補助として選ばれたのか、理不尽で仕方がない。
しかし同時に母親を救ってもらえるかもしれない…。
むしろそちらに賭けよう…。
そう二人が思ったとき、授業終了のチャイムが鳴った。
帰りの会が終わったのち、二人はジェビを探した。
ジェビは先ほどの小山でいわゆる体育館座りをして座っていた。
「ジェビさん。」
こやんはありったけの勇気を込め、声をかける。
「お、あんたらか。気持ちは決めたか?」
「ええ。」
しかしそこで言葉が切れてしまった。
するとその先、こやんが聞きたかったことをねこたは訊いてくれた。
「なんで俺たちなんだ?」
「あんたら、言葉の力があんだろ?」
ジェビは背中に手を入れて背中を掻きながら言う。
あまりに意外なことに2人は目を合わせた。
ジェビの台詞をまとめるとこうなる。この世界の魔法使いはいわゆる絵師と言われるような、イラストを描けるものが非常に多い。しかしそれだけでは魔法を使うには不十分なのだ。これから覚えていくシステムにかかわる用語はイメージの世界を大幅に超える。すると完全に言葉のみが生き残る。ジェビ曰く、リンゴを沙果と書く、といったことに対応できる人間でないと、魔法使いは務まらないという。さらに魔法使いたちが「コード」という魔法の呪文を覚えるためにはやはり言葉のセンスが必要なのだという。
こやんとねこたには情報の洪水のような話ではあったが、頷かないわけにはいかない話だ。
「話は分かったことにしておく。で、どうすればいいんだ」
ねこたは訊く。
「このリングをあんたたちのシステムに埋め込んでおく。こちらから許可を出したり、あんたらがこの事件を捜査するうえで必要だと思えることが起きたとき、今からいう秘密の言葉を言えば力が使えるようになる。あ、魔法を使うと変身するから留意してな。」
「変身!?」
二人はいろんな意味で驚いた。
こやんはなんだかかっこよさそうな、変身願望を満たしてくれそうな感じがした。
ねこたは…。
一言でいえば女装だ。
魔法、変身と聞くと魔法少女だ。だがたまに友人から借りるライトノベルを読む限り変身する、となると完全に女性になるか、女装だ。
思春期で異性への関心がでてきたねこたにとって女装や性転換はかなり抵抗があった。
「一つ聞きたいんだが…」
胡坐をかき始めたジェビに「一応」といった様子で聞いてみる。
「あ、服装とか容姿はこちらで考える。無理に女装とかはさせない。」
いう前にばれていたようだ。それでなんとなく安心した。
「ほかに質問あるか?」
ジェビは二人に質問を促す。しかしあまりに空をもつかむ話だ。特段あるはずがない。
二人はいったん首を横に振った。
そして秘密のことばをそれぞれに耳打ちした。
「じゃ、これから頑張って。」
そういうとジェビはだんだん橙色に染まり始めた空に向かってジャンプし、そして消えた。
二人はその日、眠れなかった。眠れない日々が始まったのだった。
いつもご覧くださりありがとうございます。次の話でこの話の「起」の部分が終わり、魔法使いと超能力者によるシステムとの対決が始まります。
どうぞご期待ください。
<感謝>ジェビのデザインに九条カノンさん(@kuzyokanon)の協力をいただきました。またソラ以外のキャラに関してもみりん七味さんの協力をいただきました。
末筆ではございますが、感謝申し上げます。




