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残さず食べれ

 佐藤太郎の人生は、平凡な名前の通り、極めて平凡なものだった。

 それなりの学校に入学し、それなりの会社に就職、それなりの嫁さんを得て、

それなりの息子を授った。それはそれなりに幸せな人生だった。


 その日、太郎は妻と息子とともに食卓を囲んでいた。

 メニューはカレー。妻の手により作られたそれはそれなりに美味しかった。

 太郎と妻は料理を完食したが、五歳になる息子は嫌いな人参を残していた。

 太郎と妻はそんな息子を叱った。


「こら、駄目じゃない。残さず食べなさい」

「ママの言うとおりだ。ちゃんと食べてあげないと人参もかわいそうだろ?」

「えー…でも」


 息子はしばらくぐずっていたが、父親と母親がいつまでも許してくれそうに

なかったので、渋々人参を口に運んだ。

 太郎と妻は顔をしかめながら咀嚼している息子を、偉いぞと誉めながら頭を

撫でてやった。

 極めて平凡な家族の団欒。こんな風に日々は続いていくのだろう。

 太郎はそう思っていた。

 だが残念ながら、そうはならなかったのである。


 宇宙人の襲来。

 映画のあらすじではない。現実だ。現実に宇宙人が地球を侵略しに来たのだ。

 人間を食料とする彼らは、自分たちの胃袋を満たすために地球人たちを狩った。

 地球側も黙って狩られてたまるかと、各国は一致団結し、軍隊を派遣するなど、

 必至の抵抗を見せたが、特殊なバリアを持つ宇宙人にはどんな兵器も通用せず、

全ては無駄に終わった。

 地球人たちが、もう自分たちには怯えて逃げ惑うことしか出来ないと悟るのに、

それほど時間はかからなかったのだ。


 さて、最初に出てきた佐藤太郎たち家族だが、彼らも当然宇宙人たちの脅威に

晒されていた。

 必死に奴らの魔の手から逃がれ続けた太郎たち。しかし残念ながらついに

『その時』が来てしまった。

 廃墟と化した街の中で、太郎たちは宇宙人数名に囲まれていた。逃げ場はない。

 太郎は妻と息子を守るように2人を抱きしめた。

 宇宙人がその手に持っていた妙な形の光線銃を太郎たちに向けた。

 あの光線銃から放たれる光を浴びると眠らされてしまう。

 太郎は以前その現場を見たことがあったのでそのことを知っていた。

 意外と思われるかもしれないが、宇宙人たちは狩りの時に地球人を殺さない。

眠らせるだけだ。

 もっとも、追い詰められた地球人が事故に遭って死んだり、眠らせて倒れた

時に地面に強く頭を打って死んだり、ということはあったが…

 宇宙人たちが地球人を生かしたまま捕らえるのは、その方がおいしく

食べられるからだ。

 食べ物は『鮮度』が大事。そう思っているのは宇宙人も同じだ。

 太郎の腕の中で息子が泣き喚いた。

 妻は顔面蒼白、太郎の顔も似たような物だった。

 終わりだ。彼は自身の運命を悟った。主人公待遇で奇跡が起きて助かる…

そんな映画みたいなことはありえない。あったらもちろん嬉しいが…

 だがまだだ。

 終わりを迎える前にまだやらなければいけないことがあった。

 父親として、妻と息子の命だけは何としても守らなくては…

 そんな思いに駆られた太郎。

 たとえ無駄だとわかっていても、言わずにはいられなかったのだ。


「お、俺はどうなってもいい! 頼む、妻と息子だけは助けてくれ!」


 だが、この懇願が聞き入れられることはなかった。

 そもそも宇宙人たちは地球の言語を理解していないのだ。

 しかし、この地球人は我々に何事かを訴えかけている。

 それはなんとなく察していた。

 光線銃のトリガーに指をかけたまま、宇宙人が言った。


「大丈夫、安心して。ちゃんと全部残さず食べるから」


 この言葉を宇宙人の言語を理解していない太郎が理解することは無かったが。

 宇宙人たちは太郎、そして妻と息子を光線銃で撃ち、眠りについた3人の体を

運んでいく。

 その後彼らがどうなったか。語る必要はあるまい。

 これまで捕らえられた、そしてこれから捕らえれる地球人たちと同じ末路を

辿るだけなのだから…

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