げっしょくめがね
――めがねが、きみのぜつぼうなのかい?
月食の夜に出会った二人の少年の、絶望と、希望と、めがねの物語 (どんなだ)。
ゆうまはぜつぼうしていた。
げっしょくのよるだった。
『げっしょく』というのは、つきをたべるとかいて『げっしょく』とよむ、そのげっしょくである。
かあさんに、きょうはつきがたべられちゃうひだから、いっしょにみにいこう、と、さそわれて、よるおそくふたりで、かわのそばのはしにむかった。
つきがあかくかがやいている。
つきがちきゅうにたべられて、みえなくなってしまうのだそうだ。
たべられてみえなくなったつきを、どうやってみるんだろうと、ゆうまはおもった。
おもったけどなにもいわなかった。
むじゃきにわらっているふりをした。
おとなは、こどもがなにもしらないふりをして、わらってるとよろこぶ。
だからわらってるふりをした。
でも、ゆうまはぜつぼうしていた。
ぜつぼうというのは、のぞみがないということだ。
こうなってほしいと、おもうのに、けっしてそうなることはない。
それがぜつぼうだ。
はしのところに、ひとかげがみえた。
――あらあんなところにひとが。
かあさんはいった。
――ふうん。
ゆうまはつまらなさそうにこたえる。
――どうもこんばんわです。
かあさんがこえをかけると、むこうのひともこんばんわとこたえた。
むらさきのふくに、くろいすかーとで、ながいかみのおんなのひとだった。
かあさんは、くろいずぼんをはいているし、かみのけもみじかい。
――きみのなまえは?
たかいこえがして、みると、ながいかみのおんなのひとのそばに、おとこのこがたっていた。
さんかくけいの、ほそいかおをした、やせたこどもだった。
あごがとがってて、さかさまのさんかくのかたちのかおだ。
としは、ゆうまとおなじくらいだろうか。
――そちらはなんさいですか?
かあさんが、いつものあいさつをはじめる。
――五さいです。そちらは?
――こちらも五さいです。おなじですか。おうちはちかいんですか?
――ええまあ。こんなちかくにおないどしのこがいるなんてきづきませんでした。
ゆうまがおとなたちのやりとりをながめていると、
――かあさん、そのこといっしょに、かわをみにいっていい?
と、めのまえのこがこえをかけてきた。
つきのなか、きらきらひかるめで、こちらをきょうみぶかそうに、じっとみている。
ゆうまも、なんとなくうなずくと、いいけどあしもとにきをつけなさいよといわれつつ、ふたりで、どてのしたにおりた。
――ぼくのなまえはまこと。きみのなまえは?
ぎゃくさんかくあたまのこは、まことというのか。
そういえば、まだじぶんのなまえをこたえてなかったことをおもいだして、ゆうまは、ぼくのなまえはゆうま、とこたえた。
それから、とくになにをしたいわけでもなかったので、きしべにしゃがんで、てでみずを、ぱしゃぱしゃやった。
つめたかった。
――きみは、ぜつぼうしてるんだね。
うしろから、さんかくあたまの、まことくんのこえがして、ゆうまは、はっとあたまをあげた。
どうして、ぼくがぜつぼうしてることがわかったのだろうと、ゆうまはかんがえた。
よるで、くらいから、きづかれないとおもって、にこにこわらうのをやめてたことに、きづかれたのだろうか。
――どうしてわかったの?
ゆうまが、はしのうえの、かあさんたちにきかれないよう、こごえでこたえると、まことくんは、さんかくあたまのとがったはなをふんとならして、ぼくもぜつぼうしてるからね、とこたえた。
そう、とつぶやいて、ゆうまは、だまった。
まことくんは、うん、とうなずいて、あかくなったつきをみあげる。
――きょうのつきは、きれいだね。ちょっときもちわるいけど。
ゆうまがそういうと、まことくんは、あははと、わらった。
――おとうとがびょうきでかえってこないんだ。いつかえってくるかわからない。かえってこないかもしれない。
まことくんは、つきをみあげたまま、ほそいこえでいう。
――そうなんだ。
――おとうとは、うまれたときからびょうきでめがねをしてるんだけど。
まことくんは、とつとつと、つぶやく。
ゆうまは、がん、と、あたまをたたかれたようなかんじがした。
おもわずまゆをよせて、
――めがね?
と、かすれたこえでいった。
まことくんがふりかえった。
――めがねが、きみのぜつぼうなのかい?
とがったあごに、てをやりながら、まことくんは、きらきらひかる、くろいめでゆうまをみつめてくる。
うん、と、ゆうまはうなずいた。
ゆうまは、めがねがきらいだった。
ゆうまは、ほんがすきだった。
かあさんがよんでくれたほんや、ようちえんでもらったほんを、すみからすみまでじっくりよむのがだいすきだ。
そのかわりに、ともだちとそとにあそびにいったりするのはにがてだ。
かあさんが、そんなにほんばっかりよんでると、そのうちめがねになっちゃうよ、といったことがある。
ゆうまは、めがねがきらいだった。
てれびで、まるいかおのおとこのこが、まるいめがねをかけているのをみたことがある。
みらいから、ろぼっとがやってきて、たすけてくれるはなしだ。
めがねをしているおとこのこは、ちいさくて、よわくて、わがままで、ごりらみたいなおおきいおとこのこに、いつもいじめられている。
それに、まるいかおにまるいめがねって、だんごみたいで、ぜんぜん、いまいちだった。
あんなふうにはなりたくないと、ゆうまはおもった。
ゆうまは、からだがふとくて、かおがまるい。まるいかおに、めがねはにあわない。
べつの、めがねのはなしのえほんでは、じょん・れのんというひとが、まるいめがねをして、すごく、かっこよくみえた。
でも、じょん・れのんは、じぶんにあうめがねをさがして、かっこよくなったわけではない。
いぎりすでくばられた、ただのめがねをしたら、たまたま、あっただけである。
ゆうまは、じょん・れのんには、なれない。
あんなふうに、めがねのにあう、とがったかおになれたらよかったのに。
めがねは、ゆうまには、にあわない。
でも、だいすきなほんをよみつづけてると、いつかめがねになってしまう。
のがれえぬ、ひごうのうんめい。
だから、ゆうまはぜつぼうしていた。
ゆうまは、はじめてあったのに、まことくんにそんなはなしをした。
『げっしょく』のよるだったからかもしれない。
――ふうん。
ゆうまのはなしを、じっときいていたまことくんは、さいごにそれだけいった。
おもったほどのはんのうがなくて、ゆうまはがっかりした。
さいごまできいてくれたのはうれしかったけど。
ゆうまは、そのばでさけびごえをあげたくなった。
うわああああと、いいたいきぶんになった。
――そろそろかえりますよ。
うえから、かあさんのこえがして、ゆうまは、われにかえった。
みあげて、うん、わかった、とこたえる。
ゆうまは、さけぶのをやめた。
どてをのぼる。
まことくんも、うしろからついてくる。
――ゆうまくん。
うしろから、たかいこえがして、ゆうまはふりかえった。
まことくんが、たちどまってゆうまをじっとみつめている。
――しかくいめがねなら、にあうかもしれないよ。
そういわれて、ゆうまは、いままでずっと、めがねといえば、まるいものしかないと、おもってたことに、きがついた。
――じょん・れのんは、とがったかおに、まるいめがねだから、にあったんだ。
おとうとは、まるくて、さるみたいなかおだったけど、しかくいめがねをしたら、かわいかった。
きっときみも、しかくいめがねをしたらかわいいとおもうよ。
ゆうまは、おんなのこでもないのに、かわいいよ、といわれてどきどきした。
* * *
かあさんと、てをつないでいえにかえる。
まことくんもいっしょに、ながいかみのおんなのひとと、いえにかえる。
とちゅうまでいっしょで、わかれみちで、たちどまった。
――また、あしたおあいしましょう、かわらのところの、こうえんにいらっしゃいます? ええ、ぴくにっくでもしましょう。
かあさんたちがはなしをしている。
まことくんが、ゆうまにかけよってきて、そっとささやいた。
――きみがもし、めがわるくなって、めがねになることになったら、いっしょに、めがねをさがそうよ。
まことくんはそういって、にっこりとわらった。
ゆうまは、いつかめがねになるのが、ちょっとたのしみになった。
……それからふと、おもいたって、
――こんど、おみまいにいこうよ!
ってこえをかけててをふった。
まことくんと、かみのながいおんなのひとはかおをみあわせて、それからにっこりわらって、
――またこんどね! ありがとうね、ばいばい!
っていって、てをふりかえしてきた。
(◎x◎)