愛のロマンス
父さんの仕事の都合で、ここ糸島に引っ越してきた初日、
僕は自転車で、街に出た。
この街には、大きな建物は、ほとんどない。
表通りから少し奥まったところにある、
僕たちが住むことになった8階建のマンションが一番大きな建物だ。
おかげで、8階の部屋から海まで見渡せる。
部屋に入って、すぐに僕はこの眺めが気に入った。
ほどよく田舎で、ほどよく都会。
必要なものを買いそろえるのに、苦労しないし、山や海が近い。
到着して、2時間も経たない内に、僕はこの街がすっかり気にいった。
街をぶらついてみると、表通りは2、3階立ての住居を兼ねているような、
個人商店が立ち並び、片側一車線の道路ながら、交通量は多い。
僕は、部屋から見えた小高い丘を目指して、30分程走った。
丘と見えたところには、神社があるらしい。
麓近くまでくると、立派な石の鳥居が佇んでいた。
鳥居の向こうは、石畳が数メートル続き、急な階段が見える。
上がどうなっているかわからないが、
おそらく街を一望できる展望台があるだろう。
僕は、自転車を鳥居のそばに止め、数を数えながら石段を上りだした。
声に出して上がると、50を超えた辺りから、呼吸があらくなってきた。
石段は、まだまだ先に続いている。
僕は持ってきた水筒で喉を潤しつつ、石段を上った。
数が400を超え、上りだしたことをだいぶ後悔してきたときに、
階段の終わりが見えてきた。
半ば、心が折れかけていた僕は、元気を取り戻し、力強く階段を数え、
一歩一歩、階段を上った。
「456! はー。疲れたー」
「嘘? 452段しかないはずよ?」
突然の僕の独り言への返答に、驚いて顔を上げると、
そこには髪の長い少女がいた。
白いワンピースに、白い幅広の帽子、白い肌。
僕に向かって、微笑む姿は、僕の目には天使のように映った。
「あなた、見かけない顔ね。どこから来たの?」
「え? ぼ、僕?」
驚いて、僕は自分の顔を指差す。
少女は、こくんと頷く。
「あなたしか、いないじゃないの。
おかしなことを言う人ね。うふふふ」
少女の声は、まるで風鈴が鳴っているかのように耳触りがいい。
この声を聴いただけでも、少女の外見を想像できそうなぐらい、
見た目とあっている。
「えっと、引っ越してきたんだ。それで、街を散策してたんだけど、
部屋からこの丘が見えたから、来てみようと思って」
「ふーん。あなた高校生?」
「う、うん。高2」
「そっか。同い年ね。この街には、高校は一つしかないし、
クラスも1学年に2クラスしかないから、
もしかしたら、同級生になるかもね」
少女は、微笑みながら細く白い手を僕の方に差し出す。
僕はドキドキしながら、そのことを少女にさとられまいと、
なるべく平静を装い、その手を握った。
「私は、波野響子。よろしくね」
「僕は、高野雄一。高校2年生」
「それは、さっき聞いたわ。よろしくね、雄一くん」
こうして、僕は波野響子と出会った。
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「では、高野君、挨拶して」
後のスペースが、がらんと空いている教室の教壇で、
担任の藤木先生に促され、僕は藤木先生と入れ替わりに教壇に立った。
男女、10名ずつぐらいのクラスメート達が、僕を一斉に見る。
その中の一人が、僕に手を軽く振ってきた。
波野響子だ。
僕は、ラッキーと内心ガッツポーズをしながら、自己紹介を開始した。
「高野雄一です。東京から父の仕事の都合で引っ越してきました。
よろしくお願いします」
僕がそう言って、教壇を降りようとすると、後の方にいる不良っぽい男子生徒が、
チャチャを入れてきた。
困ったな。転校生だから目をつけられたんだろうか?
「おいおいおいおい! それで終わりかよ?
なんか、面白いことでもやれや」
僕は、びくっとして、直立不動で固まってしまう。
他のクラスメート達は、くすくすと笑っている。
波野響子が、立ち上がって、不良を睨んだ。
「ちょっと、武雄! いじわるは、止めなさいよ!」
「うっせえなあ。俺は、転校生とコミュニケーションをとろうとしてるだけだろ?
みんなだって、聞きてえよなあ?」
クラスメート達は、同意とも否定とも取れるくすくすと笑い声をだすだけで、
僕はどうしていいかわからず、立ち尽くす。
藤木先生が、助け船を出してくれた。
「あー、武雄が言うのも、まあ、わかるわな。
雄一、得意のギター弾いてやったら?」
え? もう下の名前? という疑問が浮かんだが、
僕は教室の入口にカバンと共においていたギターケースから、
アコースティックギターを取り出した。
「あの、へたくそですけど、よかったら聴いてください」
僕がギターを弾きだすと、クラスメート達の顔が一変した。
先程は、僕を馬鹿にしていたような顔をしていたのに、
皆、興味深々という顔で聴いてくれている。
僕は、父さんがギターを趣味にしていたこともあり、
幼稚園からギターを見よう見まねで弾き始め、
小学校の時から先生について、本格的に習った。
少しは腕前に自信がある。
演奏を終えると、教室は拍手の渦で包まれた。
こうして、僕はクラスメート達に温かく迎え入れられた。
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港の突堤に、響子と二人で座り、僕はギターを弾く。
響子は目を閉じて、うっとりと聞き惚れてくれている。
転校してきて1年余り。今では、僕の一番大事な時間だ。
「すごいね。雄一君、ますます上手くなったんじゃないの?」
響子は、ぱちぱちと拍手してくれる。
他の誰に言われるより、響子に褒めてもらうのが一番嬉しい。
僕たちは、何をするにも一緒だけど、名前に『くん、さん』を付けるのが癖になっていて、
そのまま呼び合っていた。
本当は、あと一歩近付きたいんだけども。
「僕さ、卒業したら音楽留学しようと思うんだ」
「え? 嘘? すごいじゃない! どこにどこに?」
「フランスかな。東京の時の先生が紹介状書いてくれるって。
響子さんは、卒業したらどうするの?」
響子は寂しそうに、水面に視線を落とした。
「私は、実家の店を手伝うわ。お父さんがね、あんまり調子よくないんだ。
従業員雇うお金もないから、私が無賃で労力を提供するってわけ」
「そっか。響子さんは勉強できるのに、なんかもったいないね」
「仕方ないよ。貧乏な家に育った身としては。
それに、高校まで育ててくれたんだから、今から恩返ししないとね」
響子はそう言って、はにかんだ笑顔を見せてくれた。
もう1月。あと少しで卒業だ。この笑顔が見れなくなると思うと、
僕は、悲しさと寂しさが入り混じった複雑な感情で、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「留学先の住所がわかったら、手紙頂戴ね」
「うん。忘れずに出すよ」
その時、響子の手に僕の手が触れた。
視線が合わさる。
僕の心は、響子を愛しい気持ちでいっぱいだ。
響子は目を潤ませて、僕の方へ少し顔を近付けた。
僕も顔を近付けて、僕たちはこの日、初めての口づけを交わした。
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留学から2年の月日が経った。
音楽漬けの毎日が待っているかと思っていたが、期待は裏切られた。
僕は生活費を稼ぐためのバイト、悪友たちとの交流などにばかり時間をかけ、
ギターの練習はサボっていた。
もっとも、音楽学校に行ってみると、僕なんかの腕は下から数えた方が早く、
ちっぽけながらも持っていたプライドをずたずたにされたってこともあるけど。
語学だけは上達し、帰国して語学力を活かせる仕事にでもつこうかと思っていたある日、
半年ぶりに、響子からエアメールが届いた。
『ボンジュール、雄一君! 元気にしてるかな?
こっちはみんな元気。地元に残ったみんなは、時々、お店に顔出してくれるよ。
お父さんの具合が悪くて、店をたたもうかとしてたんだけど、
同級生の間瀬君のお父さんが、出資してくれることになってね。
なんとか店は続けていけるみたい。
雄一君は、ギターがますます上手くなってるんだろうねー。
久しぶりに雄一君のギターが聴きたいなあ。
でも、きっと何年か後には、雄一君が凱旋リサイタルを開いてくれるよね。
その時は、最前列の席を用意しててね。
それじゃ、再会できるのを楽しみにしています。
響子より 』
僕は何をやってるんだ?!
ここに何しにきた?
堕落するためか?
ちょっとギターを齧ってただけで、変なプライドを持っていた僕は馬鹿だ。
大馬鹿者だ!
このままじゃ、響子に合わせる顔がない!
やるぞ! 死ぬ気になってやってやる!
僕はその日から寝る間を惜しんでギターの練習に励んだ。
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日本を離れてから7年が経った。
僕は、努力のかいあって、様々なコンクールで入賞し、
名の知られたギタリストとなった。
そして、アメリカのロックバンドのメンバーが、僕のファンだと公言し、
自分達のツアーに、ゲストとして呼んでくれたことで、
マスコミに持て囃され、様々な国に呼ばれた。
多忙な日々を過ごしているある日、ニューヨークの自宅に、
響子からエアメールが届いた。
結婚式の招待状が入っていた。
僕は、ずーんと沈んだ気持ちになった。
僕の中では、響子はまだ僕のことを思ってくれていて、
僕が迎えに行くのを待っていることになっていた。
しかし、それは僕の勝手な思い込みだ。
普通に考えれば、妙齢の引く手あまたの女性が、
活動の拠点を海外において、いつ日本に戻るともわからない者のことなど、
待っていてくれるはずがない。
僕はマネージャーに無理を行って、スケジュールに空きを作り、
日本への2日間の帰国予定をねじ込んでもらった。
別にマスコミに帰国する情報を流したわけでもないのに、
空港に降り立つと、たくさんのマスコミとファンに囲まれた。
最近は、僕の周りを嗅ぎまわるパパラッチがいて、
そいつらが、情報を売ったんだろう。
人気商売なので、多少の露出は仕方ないにしても、
旧友の結婚式に出席することまで、ばらさなくてもいいだろうに。
忌々しいことだ。
空港には、日本での僕のアルバム販売元となっている会社が迎えの者を
寄越してくれていた。
用意されているリムジンに乗り込み、
僕は結婚式と結婚披露宴の会場となっている都内のホテルへと向かった。
ホテルのスイートルームに着くと、誰かがソファに座っていた。
僕が入ってきたのに気付くと、立ち上がりこちらを向いた。
その女性は、肩までのストレートヘアが外からの陽に輝き、
柔らかい笑顔を僕に向けてきた。
透き通るような白い肌に、スラリと伸びた手足。
25歳の大人の女性へと変貌した響子は、ゆっくりと僕に近付いて来た。
僕は抱きしめてしまいたい衝動を必死に押さえ、笑顔を作る。
「響子さん、久しぶり……」
「お帰り、雄一君。まさか世界的なギタリストのあなたが来てくれるとは思わなかったわ。ありがとう」
「間瀬と結婚するんだね。おめでとう」
「うん。高校卒業してから、ずっとアタックされててね。
ずいぶん、お金も借りてるから、ついに断れなくなっちゃった」
「そう。間瀬はやさしい?」
「どうかなー。よくわかんない。まともに話したことないから。
すごい花嫁でしょ? あははは」
「そうだね。響子さんらしいかな。あははは」
この日、ベッドに入った僕は、響子との思い出が次々と頭に浮かんできて、
なかなか眠ることができなかった。
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チャペルに行くと、見知った顔が数人いた。
僕を見て、手を振ってくる。
「すげえぜ。有名人がきやがった」
「雄一君、すごいよねえ。私、CD買ったよ」
「お前、ギター上手かったもんなあ」
「みんな、久しぶり。みんなに会うと、何だか高校の時に戻ったような気がするよ」
僕が席に着くと、横にいた武雄が肘で僕をついてきた。
「響子さ、だいぶ長い間、お前を待ってたんだぜ?
早く帰ってきてやったら、よかったのによー。
あれか? やっぱパツ金の美女をはべらしてるわけ?」
「ははは。違うよ。最初は食べれる目処がついたらって思ってて、
そのうち、忙しくなって、このツアーが終わったら、このアルバムが
終わったらって思ってる内に、気付いたら7年経ってたよ。
好きな人を一番に考えないといけないのに、僕は愚か者だね。
後悔先に立たずっていう諺がこれほど、身に沁みたことはないよ」
「そっか。まあ、お前が来てくれて、俺はすごくうれしいよ。
仲間のこと、覚えててくれてさ」
「一日だって、みんなのこと忘れたことはなかったよ。
あの街での2年間が、外国でくじけそうになった僕を支えてくれたんだ」
「あーあ。好きあってる同士が結ばれないってのも何だかなあ。
間瀬の奴、金にものを言わせて、響子をがんじがらめに縛ってやがるからな。
響子の親父さん、何年か前に亡くなったんだけど、
いまはお袋さんが、癌になっちまってよう。
店は続けられなくなって、響子は働きに出てたんだけど、
治療費やらがどうにもならなくなってな。
間瀬の奴が、お袋さんを人質に、響子の首を縦に振らせたってわけさ」
「世の中には、どうしようもないことってあるからね。
世界の色んな国に行ったけど、そのことがよくわかったよ」
「ははは。お前は、まだ25っていうのに、爺くせえなあ」
やがて、式が始まり、ウエディングドレスを着た、響子が入場してきた。
神々しいまでの美しさだ。
なぜ、もっと早く迎えにこなかったんだろう。
返す返すもそのことが、悔やまれる。
でも、どうすることもできない。
誓いの口づけを交わす二人を、僕は寂しい気持ちで、見ることしかできなかった。
やがて、会場を移動して披露宴が開始された。
間瀬は終始、上機嫌で、親父さんの会社の連中とわいわいと賑やかに、している。
対して、響子は固い表情で、じっと席に座っている。
僕はそんな響子を見ていると、胸が締め付けられるようで、
辛くて仕方がなく、普段はアルコールを一滴も飲まないというのに、
この日は、薦められるままに、杯を重ねた。
だいぶ酔いが回ってきた頃、突然、僕にスポットライトが当てられた。
僕は、武雄に立つように言われて、事態が呑み込めないまま、
立ち上がった。
『本日は、間瀬専務、響子夫人のご学友で、世界的なギタリスト、
高野雄一さんにお越しいただいています。
では、高野さん、こちらへどうぞ』
僕は余興用にもってきていた愛用のアコースティックギターを片手に、
会場左前の司会者がいる方へと歩いて行った。
酔い過ぎたため、足元がおぼつかない。
僕が転びそうになって、頭を掻くと、
会場が笑いに包まれる。
僕は用意された椅子に腰かけ、司会者からマイクを受け取る。
『間瀬君。響子さん、ご結婚おめでとう。
正直言うと、間瀬君とは、ほとんど話したことがないけど、
招いてくれてありがとう』
また、、会場からどっと笑い声が起こる。
僕は、にこりと笑って、冗談というのを会場にアピールする。
いや、ホントのことなんだけどさ。
『僕が、糸島に来たのは、高2の始めでした。
よく漁港の突堤で、ギターを弾いていたのを懐かしく思います。
今は、日本に来る機会はなかなかないですが、今日招いていただいたおかげで、
こうして、旧友たちと再会する機会を与えてもらいました。
あんまりスピーチは得意じゃないし、旧友の武雄君が、早く演奏しろと
さっきから睨んでいるので、演奏に移らせていただきます。
僕は普段、演奏しかしないのですが、今日は高校時代に戻った気持ちで、
最後は少し弾き語りをしたいと思います』
会場は、世界的に名前が売れた僕がどんな演奏をするのかと、
興味深々といった目で僕を見ている。
僕はギターを構え、演奏を開始した。
僕の演奏に、皆、うっとりとした表情で、耳を傾けてくれている。
5分も演奏したころ、僕は同じメロディーを繰り返し、
語りだした。
『あれから、何年が経ったのでしょう?
初めてあったのは、街が一望できる神社でした。
あの時の君は、白いワンピースに白い帽子をかぶって、
陽の光を浴び、まるで天使のように美しかったのを、
今でも鮮明に覚えています。
漁港の突堤で、君相手に演奏している時は、至福の時間でした。
いつまでも、この時間が続けばいいと思っていました。
僕は、フランスにいたとき、くじけそうな時がありました。
音楽を止めてしまおうと本気で思った時がありました。
その時、僕を奮い立たせてくれたのは、君からの何気ない手紙です。
僕が今日まで頑張ってこれたのは、何時の日か立派な姿を君に見せたいという
思いからでした。立派になって、君を迎えにいきたいという思いからでした。
でも、ぐずぐずしている間に、君は他の人のものになってしまいました。
間瀬君。僕が幸せにできなかった分、彼女を幸せにしてあげてください。
響子さん、お幸せに。遠くニューヨークで、あなたの幸せを祈っています』
僕は最後に、弦をはじくテンポを上げ、かきならし、演奏を終えた。
拍手が会場に起こり、僕が立ち上がって頭を下げると、
いつの間にか、響子が近くにきていた。
僕は右手を差し出す。
「響子さん、幸せにね」
響子は僕の手を握らず、さらに近付いてくる。
僕が動揺していると、響子は僕の鼻先近くまでやってきて、
首に手を回した。
「私は、あなたがいないと幸せじゃないのよ。
今でもあなたが好き。一日だって、あなたのことを忘れた日はなかった」
響子が僕に抱きついてくる。
シャツが、響子の涙で濡れていく。
僕はどうしていいかわからず、その場に立ちつくす。
間瀬が、ひな壇から降りてきて、響子の手を取った。
「響子、こっちに来ないか! こんなところで俺に恥をかかせやがって!
俺に受けた恩を忘れたか!」
響子は、鋭い目でキッと、間瀬を睨んだ。
「恩? 取引先に圧力をかけて、商売がうまくいかなくなるように仕組んだあなたに、
恩を感じるとでも思ってるの?
私を差し出せという要求を、はねのけていた父さんに、
やくざを使って、毎日嫌がらせをしていたあなたに、恨みこそすれ、
恩なんて、絶対に感じないわ!
私があなたと結婚するのは、お金のためよ!
母さんの治療費を得るためよ!
抱きたければ抱けばいいじゃない!
好きなようにすればいいじゃない!
でもね、私は絶対あなたを許さない!
あなたの家族を許しはしない!」
間瀬は真っ赤な顔になって、響子を殴った。
殴られた響子は、倒れ口から出た血を拭う。
「きさまー! 俺に、そんな口を聞いて、ただで済むと思ってるのか!」
「殴りたいなら、殴りなさいよ! でもね、私は絶対にあなたに屈服しない。
あなたを愛すことなんて、一生ないわ」
間瀬がさらに響子を殴ろうと振り上げた拳を、
いつの間にか駆け寄ってきていた武雄が後から掴んだ。
「おいおいおいおい。お前、何やってんのよ? 新婦を殴るなんて、
お前正気か?」
「うるさい! 手を放せ! 響子は俺の物だ! この女は俺が金で買ったんだ!」
武雄は呆れ顔で、間瀬の腕をねじ上げ、僕を見る。
「雄一、お前どうするよ? 俺は音楽聞かねえから、
あんまりお前のすごさがわかんねえけどよ、金いっぱい持ってんだろ?
響子のところの、借金肩代わりしてやるぐらい、なんてことねえんだろ?」
まだ、間に合うのか? もう手遅れだとばかり思ってたけど。
そうなのか? 僕は驚いて響子を見る。
響子は、僕を見て悲しそうな顔をする。
「雄一君。こんなことで、あなたを頼れないわ。
もし、頼ったら、友達とは言えないでしょ?
それに、あなたには、素晴らしい世界が待ってるわ。
結婚披露宴で、夫となる男に恥をかかせて、
溜飲を下げる私みたいなくだらない女のことは忘れて頂戴。
明日から、お仕事頑張ってね」
僕は響子に近付き、膝をついて、響子の手を握る。
「響子さん、まだ間に合うなら、僕に手助けさせてくれないか?
僕は君のことを一日足りとも忘れたことはない。
君が、間瀬と結婚すると聞いて、僕は辛くて眠れなかったんだ。
今日は、君への思いを断ち切ろうと、やってきた。
でも、君が間瀬との結婚を望んでいないなら、まだ僕にチャンスがあるなら、
あきらめるなんて、できっこない。
響子さん、君の面倒は全て僕が見る。
どうか、僕と結婚してほしい」
「はい……」
響子は、はらはらと涙を流し、僕の胸に飛び込んできた。
僕はしっかりと響子を抱きしめ、口づけを交わした。
旧友たちがいる席の方から、大きな拍手がわきあがる。
「もう、離さないよ。夜の便で、一緒にニューヨークに行こう。
後のことは、僕の弁護士に任せれば大丈夫だから」
「ありがとう。雄一君。私、嬉しいよ。すごく嬉しいよ」
僕は、んー? と言って首をかしげる。
「まずは、離婚裁判になるのかな? そういえば、僕の弁護士さん、
離婚調停とか詳しかったかなあ? いい人、紹介してもらわないと」
「うふふ。大丈夫よ。まだ、籍入れてないから」
「え? そうなの?」
「うん。何でも、跡取りを産むまでは、本家の人間になれないんだって。
変な家よね。まったく」
「あははは。言えてるね。じゃ、問題なしだね」
大波乱の披露宴は、こうしてお開きとなり、代わりに僕たちの即席結婚披露宴を、
旧友たちが二次会で押さえていた店で、開いてくれた。
ニューヨーク行きの飛行機の中で、響子は僕の手を握って、
にこりと微笑む。
「ほんとに待ちくたびれたんだから。待たせすぎだよ?」
「ごめんね。でも、もう二度と君のことを離さないよ。約束する」
僕たちは、永遠の愛を誓い合い、口づけを交わした。