時を待つ日々(ゴーレム製作進展す)5
祭りは取り敢えずお開きになっていて、臼が転がされて倉庫に移されるところだった。
昼時も過ぎて、会場は人が疎らになってきていたが、代わりにガラスの棟の売店に長い行列ができていた。
怪しい壺を抱えて皆、正面玄関から満面の笑みを浮かべて出てくる。
「ナーナ」
怪しい宗教のよう?
行列の整理をしているナガレとリオナがこちらに手を振った。
「帰ってきたですか? ヘモジがいなくなったから心配したのです」
「だから大丈夫だって言ったでしょ」とナガレがリオナを諭した。
「心配かけたな。ちょっと頑張り過ぎて、魔力を使い過ぎただけだから」
「強い敵いたですか?」
「いや、間違ってタイタン部屋崩壊させちゃって、生き埋めにされるところだった」
「いつかやると思ってたわ」
ナガレが言った。
「同情の余地ないのです」
「ナーナ」
三人が額に手を当て、同じポーズで呆れた。
「それにしても、盛況だな」
行列を横目に売店に向かった。
「お肉じゃなくてもみんな大喜びなのです! 奇跡なのです!」
並んでいるお客さんに笑われてるぞ、リオナ。
「毎度ありッ!」
また商品名『壺あんこ』が売れた。『一家族、一点限り』の限定販売だった。
臼と杵まで既に『売り切れ』の札が出ていた。
「母さんに連絡してやるか」
僕はリオナたちと別れて、ロメオ君のところに向かった。
ギルド通信を使わせて貰いましょう。
そう言えばロメオ君は? パスカル君たちと一緒のはずだけど。
冒険者ギルドで、母さんに盛況の旨を伝えた。『壺あんこ』も杵と臼も全然足らないと伝えておいた。
杵と臼は兎も角、あんこはすぐ来るだろう。
事務所を出るとちょうど家から出てくるロメオ君とかち合った。
「あ」
お互い顔を見合わせた。
「パスカル君たちがエテルノ様と迷宮に行くって言うから、僕はちょっとゴーレムの研究をしようかと思って、物を取りに来たんだ」
エルーダ迷宮をゼロから攻略するのだろう。
僕たちは宝物庫に戻るべく、我が家を目指した。
「そうだ。タイタンの拳を『楽園』に放り込んできたんだった。大丈夫かな? 消えちゃってないよね?」
すぐ側でロメオ君が専用のブースに書籍やオリジナルコアをテーブルに並べていた。
「起動してるはずなんだけど、相変わらず反応ないんだよね」
お、拳がそのままだ?
取り出した途端に消え始めた! やっぱり駄目か……
『タイプ、タイタン、確認。システムロード』
「しゃべった!」
ロメオ君がびっくりして椅子から転げ落ちた。
僕も机の角に脚をぶつけて悶絶する。
「何? なんで?」
ロメオ君が机の上の薄ぼんやり光り出したコアを掴もうとしたら、コアの周りに砂が纏わり付き始めた。
「何、この粒?」
「タイタンの欠片かも」
「欠片?」
「時間がなくて、アイテムに変化する前に――」
腹のなかに仕舞う仕草をした。
「そう言うことなの?」
僕に聞かれても……
「ゴーレムの身体を構成する物質の方にも気を使うべきだったのか?」
「でもこのままじゃコアが……」
「たぶんそれは大丈夫。初期タイプ選択ってこういうことだったのかな……」
大丈夫と言いつつ、首を傾げた。
『必要素材が足りません。機能一時停止』
「ああ、消えないで!」
コアの光が薄れて動かなくなってしまった。
「マニュアルの再検討しなくちゃ。お姉さん、まだ会場にいるかな?」
「見なかったけど」
「探してくるよ!」
ロメオ君が飛び出していった。
テーブルのコアは果肉を被った種のように、僕が持ち帰った砂を纏わり付かせて、何倍にも膨れあがっていた。
僕じゃ何もできないので、他の回収品を戻しにブースを離れた。
鏡像物質を出した途端、またコアがしゃべり出した。
『タイプ、X、確認。システム変更しますか?』
なんか出てきたッ! 宙に文字が浮かんだ。
これも魔法?
「ええと…… 『現行タイプ破棄』…… 『コア複製』……」
どうしよう。ロメオ君いないし……
『どうしますか?』
数字が出てきてカウントダウンを始めた。
ええーッ?
どうしよう! どうすれば?
「えーと、えーと……」
『現行タイプ破棄』? 『コア複製』?
やっぱり破棄はまずいよな。だったら複製…… 増える分にはまだいいよね。
十秒切ったよ! 九…… 八…… 七……
「ああああああッ! もう! ロメオ君ごめん! 『コア複製』で!」
反応がない。
ええっ?
カウントダウンはまだ続いている。
四…… 三……
「ど、どうすればいいんだ!」
そうか! 触ればいいんだ!
『コア複製』の浮かんだ文字に触れた。
『確認しました。原材料で複製は三つ製造可能です』
原材料って?
まさタイタンの?
一から三までの数字が出てきた。
僕は数が多い方がいいだろうと三を押した。
『システムダウン開始。完了するまで手を触れないでください。周囲に無用な物を置かないでください』
僕はテーブルの書籍やらを抱えて側の棚に載せ換えた。
『複製開始』
うっ…… 魔力が吸われる!
ち、ちょっと! これは! 吸われ過ぎ……
万能薬。胸ポケットを漁る。
その間にコアはウィスプの核のように分裂して、四つの球体に姿を変えた。
そうこうしているうちにロメオ君が戻って来た。
「お姉さん、いなかったよ」
「ロメオ君ッ!」
僕は泣きそうな声で叫んだ。
ロメオ君は棚に移したマニュアルを確認している。
「あった。これだよ」
エルフ語に翻訳された頁を見せられた。
「そうそう、これだよ! 選べって言われて、カウントダウンが始まって」
「カウントダウンは無視してもよかったみたい。機能が一旦停止するだけだから」
「そうなの?」
「でもよかったよ。生きてるコアが三つも増えたんだから」
「一個、がめちゃ駄目かな」
「見なかったことにしよう」
ロメオ君がきっぱり言った。新しく生まれた三個を加えてふたりで二個ずつ分けた。
僕は『楽園』に放り込んだ。
ロメオ君は一つだけ鞄に仕舞い込んだ。
残る最初の一個について確認する。
「タイプの種別はオリジナルのデーターか、複製体があればできるみたいだね。データーなんて貰ってなかったからなんのことかと思ったけど、ゴーレムその物のコピーを取ることだったんだね」
「それって、こんな方法でいいわけ?」
「正しい手段ではないんだろうけど…… 遺品に情報が残っているのか、近づければ自動で同じ物をコピーするみたいだね」
「Xタイプも? Xって何?」
「研究段階の仮の名称らしいよ」
「鏡像物質が反応したのかな? それとも金?」
「やってみる?」
「鏡像物質だと見えなくなるんじゃ?」
「タイプ別のマニュアルが自動作成されるって」
マニュアルをめくっていた手が止まった。
「『複製には大量の魔力が必要である。複製器に魔力をチャージしておくこと。作業中、作業員は決して近付かないこと』? 複製器?」
「ポータルみたいなもんかな?」
「そんな物預かってないけど…… 大丈夫だった?」
「殆ど空っぽになった」
飲み忘れていた万能薬を口に含んだ。ああ、染み渡る。
「僕だったら死んでたね」
「万能薬あるから大丈夫でしょ」
ふたりでコアを見下ろしながら溜め息をついた。
「複製器って?」
「さあ……」




