時を待つ日々(タイタンvs『雷光暴嵐』)4
タイタンが部屋の奥からのそりのそりとやってくる。
ヘモジやリオナなら迎えに行くところだが、今の僕には余裕がない。
盾を床に突き立て陣形を作り、杖を構える。
唾を飲み込んだ。
「やってみようか」
『テンペスト!』
暴風が周囲の一切を吹き飛ばした。
円盤が回転を増し、杖の先が明るく輝きを増す程に、周囲の景色は砂塵に覆われ暗くなっていった。
属性ごとに光の色が濃くなり、三色に輝き始める!
タイタンがこらえきれずに歩みを止めた。
電荷を帯びた砂嵐が牙をむき始めた。
タイタンは異変に気付いて巨大なミンチハンマーで砂塵を斬り割いた。
だか、それでどうにかなるわけもなく、砂塵は轟音を奏でながら、手を休めることなく流れを加速し、荒波のように部屋のなかを蹂躙して回った。
加速に連れ、部屋の温度もジリジリと上がっていった。
周囲の砂岩の壁が赤く染まり始め、円柱は痩せ細り始めた。
タイタンの表面は砂嵐に削られ、剥がれた小片は熱で火が付いた。
まずい!
予定より消耗が早い。
魔法の盾の魔力がもう減り始めていた!
この分じゃ、自分で結界を張らないと間に合わないか?
「持ちこたえてくれ!」
閃光が走った!
嵐のなかを稲妻が傍若無人に駆け巡った。
そしてタイタンが振り回すミンチハンマーに襲いかかった!
荒れ狂う無数の光跡がタイタンの身体を突き抜けた。
タイタンはハンマーを落とした。
稲妻が壁や柱を打ち付け砕いた。
角張っていたゴーレムの身体もいつの間にか丸みを帯び始めていた。
盾の魔力が…… 魔石が一個分、空になった。
やばい、ここに一撃食らったら……
徐々に魔力を上げていくところを、少しペースアップしようとしたそのときだった。
僕の手からそれは離れた。
火の球を打ち出した瞬間のフッと魔力が抜ける感覚。
光が爆発した!
ウオオオオオオオオッ!
タイタンが拳を振り回す。
嵐に揉まれる高波のようにうねる砂塵。
回転する渦のなかで流れを無視して暴れる無数の稲妻。
そこから生まれる膨大な熱量。
すべてを焼き尽くす!
一瞬の静寂。
拳が見えた!
自由になった僕は障壁でそれを受け止めた。
景色が戻ってきた。
拳が障壁に弾かれ、床に落ちた。
「え?」
えええええッ?
「タイタン、どこに行ったッ!」
僕は周囲を窺う。
どこに吹き飛ばされたんだ?
巨大な部屋を支えていた太い円柱が枯れ枝のように細って、溶けて千切れていた……
「あれ?」
石畳の上には瓦礫が散乱して……
「あれれ?」
周囲は溶けてガラス状にきらめいて……
「まさか……」
光源だけは魔力を吸って煌々と眩しく……
「残ったのあれだけ!」
僕は振り返り、床に転がっている拳の形をした大岩を見詰めた。
天井から石が落ちてきた。
「崩落するのか?」
今にも落ちてきそうだ。
でも回収しないと!
報酬に変化するまで待てなくて僕は暴挙に及んだ。
変化する前に『楽園』に放り込んだのだ。
そして逃げた。
来た通路をひたすら戻る。
長い階段を駆け登る。
猛烈な震動が部屋の天井が陥没したことを知らせてきた。
砂塵が足元から登ってくると共に側壁が歪み始めた。
「転移部屋が!」
行き過ぎた!
振り返るもそこにはもう階段はなかった。
この時、脱出用の転移結晶が頭に浮かばなかったことは一生の不覚である。
砂が大量に入り込んで、溢れた。
壁が膨らみ始めた。
生き埋めになる!
階段の上部に転移した!
一瞬の機転が幸いした。膨らんだ壁は破れて、大量の砂が階段に流れ込んだ。
まだ安心できない!
万能薬を取り出そうとして胸ポケットを漁ろうとしたら、落とした!
拾ってる時間はない!
僕はひたすら地上を目指す。
「糞長い階段だなッ!」
ふと思い立った。こんな時に風魔法のあれを使わずしていつ使うのだと。
余力を使い切って、僕は飛び跳ねた!
「万能薬、万能薬ッ!」
もう一度、胸ポケットを探る。
着地すると小瓶の栓を口で抜く。
振り返って確認しながら、一気に喉に流し込む。染み渡るこの感覚。
「行ける!」
と思った矢先、今度は側壁が壁の向こう側に引っ張られていく。
先程とは真逆の反応が起きた。
部屋の上部の土砂が落下したせいで、そこにできた空洞に今度は周囲から土砂が押し寄せたのだろう。
階段通路はその流れを受けて内側に引っ張られ始めた。
階段が激しく歪んでうねった。立っているのもままならない。
僕は飛んだ!
床を蹴り、僕の身体の上と下で気圧差を作り、なおかつ尻を風に押させた!
世界が加速する!
「見えない! 見えない!」
照明が灯る前に、その場を通り過ぎる!
「光を!」
杖をかざした。
大部屋に辿り着いた!
ああ、仕掛け扉がぁあああ!
「火事場の馬鹿力ァアアア!」を発揮する前に部屋が崩壊して、隙間が空いた。
大部屋に飛び込めば後は簡単だ。ここには何度来たか分からない。
地上まで一気に飛び越える!
が、足場が!
「アアアアアッ!」
落ちるーッ!
陥没していたことを忘れていた。
背中から落ちた…… 砂のなかに埋まった。
「空が青い……」
かすかに漂う雲を見詰めて、呆けていたが、見慣れた顔が覗き込んだ。
「ナーナ?」
ヘモジ、来たのか……
「イタタタ……」
ヘモジが串団子を僕に突き出した。
「ナーナ」
食べろと言う。
僕はヘモジの頭を撫でると起き上がった。
見事に陥没していた。
鉄球を上から落とされたかのように見渡す限りきれいに凹んでいた。
「はぁー、疲れた……」
お前が来たんじゃ、みんなが心配するな。
僕たちは脱出用の結晶を使って地上に出ると、急いで町に戻った。
 




