時を待つ日々(『雷光暴嵐』)3
祭りは餅つきに始まった。
今年は物騒なことがあるから気を引き締めようと定番の挨拶をした後、でか過ぎる杵と臼が標準サイズの物と一緒に登場した。
見るからに大型の獣人サイズだ。何人分一気に作る気だろう。
返し手の人も大変だな、ありゃ。
次々蒸された餅米が運ばれてくる。
子供たちは待ちきれずに「もう死にそうだ」を連発する。
領主様からは酒樽が寄付され、領主に代わってサリーさんが祝辞を述べた。
『神様の休日』も明けていないからフライング気味であるし、本当に祝うべき日は二ヶ月後とあってはグダグダである。
迫力のある餅つきに泣き出す子供も出たが、陽気な獣人たちのこと滞りなく祭りは行なわれた。
マルサラ村からもワカバたちが参加して、あんこは人気を博した。
この日を見越して、ガラスの棟では怪しい壺が大量に入荷していた。
餅米は元より、既にできあがっている切り餅や杵や臼も売られていた。
『ビアンコ商会』の工房から空に飛空艇が次々と舞い上がった。
王家の紋章がでかでかと気嚢の腹に刻まれていた。旗艦に随行する護衛船団の第一陣である。
五隻の船が編隊を組み、町の障壁を抜けるべく待機している。
僕が寄付した分かな? 他の貴族たちも随分寄進したようだが。
壮観な景色である。
子供たちは餅を頬張りながら空を見上げる。無邪気に「凄ーッ、凄ーッ」と飛び跳ねる。
大人たちは深い溜め息をつき、酒を煽る回数が増え始める。
万が一に備えて、この町のシェルターも準備を始めているらしい。大量の食料が備蓄され始め、市場の価格も緩やかに上がり始めていた。
王家の価格据え置きの勅令も効果はないだろう。
「完全に軍艦じゃな」
船の横っ腹には回転式の狙撃窓がずらりと並んでいる。
あんなに『アローライフル』を並べる必要はないのに。
それでも空に浮かぶ様は壮観だ。
商会も特需で様々だ。
いい余興になった。
僕は中座して、日課のゴーレム狩りに行く。みんなは祭りを堪能しているので、ひとりで行くことにする。
今日は、個人的に迷宮でいろいろやる予定である。
パスカル君たちの修行ばかりでこっちは何も成長していないでは面目が立たない。
僕も成長しなくてはいけない。取り敢えず、風魔法を使ってある程度の空中戦を可能にすることが一つと、雷系の魔法を一つ覚えることだ。
魔法の名は『雷光暴嵐』通称『テンペスト』だ。
雷と風の属性にさらに土属性を加えた合成魔法。最強の一角。砂嵐のなかを無数の稲妻が暴れ回り、無限に増え続ける電荷がやがてすべてを消滅させる光に変わる。
地上を焼き尽くすのが『地獄の業火』なら空を焼き尽くすのが『雷光暴嵐』
合成魔法故、本来ひとりで使える魔法ではない。が、僕の杖があればできないことはない。
情報はいつもの如く『魔法大全』から引っ張り出した。
たった一度だけ文献に出てきたそれは遙か昔の魔法術式で現存していない。つい昨日までは。
初級迷宮で合成魔法を使って事件を起こした馬鹿もいたが、さすがに中上級者向けの迷宮は崩壊することはないだろう。
だからといって全力を出す馬鹿もいないだろうが。
ノルマの鏡像物質を回収すると僕はさらに深い場所に潜った。
相変わらず魔力量が半端ないタイタン様だ。
「練習台になって貰うぞ」
正直ヘモジを連れてくればよかったと後悔する。
三属性を同時展開しつつ、結界を張るなんて面倒極まりない。
頭がパンクしそうだ。
慣れてしまえば何ともなくなるのだろうが、イメージ記憶ができるまでは発動までの時間を稼ぎたい。が、ひとりでは無理だ。やるとすれば先手必勝。扉を開く前に詠唱をすべて完了させておくのがよい。放つだけにしておけば、やれないことはないが、敵に先手を打たれたらすべてが無駄になる。
魔法の盾を使うか…… 魔石の力を借りるとしよう。ただし、タイタンの攻撃を防げるのは予備の魔石を含めて二発までだ。
僕はタイタン部屋の前で僕なりに再構築した術式を展開させた。
相変わらず部屋の外まで魔力が溢れている。
杖の先端の輪っかが三枚光り始める。
深呼吸する。
「まず急所を探る。展開位置に注意して発動する。発動したら相乗効果が出るまで魔力を増しつつ継続する。一点を突破したところで解放する」
後は勝手にやってくれる。
うまくいけば僕だけの、必殺技が完成する。
エテルノ式の発動術がなかったら、恐らく安全に扱えなかったはずだ。
合成魔法の欠点は術者を守ってくれないことだ。複数人で行なう術であるから、個人を考慮していたら術式は複雑を極め、面倒なことになるからだ。
だが、これからやる僕の術式は三属性とも同じポイントからの発動になるから難しいことはない。並列処理中の呪文の共通項に一文加えるだけで済む。
後は合成魔法の長所、複数の術者が用いるが故の、魔力供給量に比例する効率の高さに期待する。
単発魔法は魔力を増す程にその効果率は放物線を描いて落ちていく。その点、合成魔法の限界値は高く、下降線は緩やかだ。
一言で言うなら、強力な威力の代償が安く済むということだ。
ただ、全属性分の負担をひとりでするのだから、負担はやはり多くなる。
ざっと二倍の消費で三倍の効果といった感じだ。
単発魔法でも全力を出したことはない。二倍程度どうと言うことはない。たぶん。
後はひたすら反復あるのみだが、使える相手は限られる。イメージが焼き付いたら、杖を使わずに使えるように更なる鍛錬を。
タイタンを見付けた。
杖の先端は三重の円盤が光っている。




