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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第15章 踊る世界
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時を待つ日々(新年会前夜)2

 帰宅すると食事の準備は整っていて、僕たちが席に着くのを待っていた。

 装備を下ろし、宝物庫に報酬を置いて戻ると、子供たちが疲れていた。

「どうした?」

「餅が食べたいって言ったら、餅つきさせられた」

 ピノがテーブルに抱きつくようにして伸びた。

 チコまで額に汗掻いてる。

「風邪引くなよ」

 タオルと温風でワサワサしてやった。

 子供たちの努力の甲斐あって、つき立てのお餅が餅取り粉をまぶしたまな板に載って出てきた。

 湯気がまだ立っている。

 パスカル君たちは興味津々、好奇の視線を送った。

 まずは全員の手を浄化する。そこからスタートだ。

 皆、手のひらに「熱い、熱い」と言いながら、載せられるだけ餅を掴むと、手頃な大きさにちぎり始めた。

 ちぎっては丸めて、粉を敷いた板の上に並べていく。

 その間、アンジェラさんは醤油や、きな粉の皿を並べていく。

 エミリーが磯辺焼きを作って、全員の皿に盛っていく。

 大根おろしに、茹でてすり潰した枝豆、あんこ、チーズ、明太チーズなる物もあった。

 厨房から雑煮の匂いがしてきた。

 たったこれだけの趣向で子供たちがはしゃいでいる姿を見て、餅を知らない先輩たちは首を傾げた。

 貴族が客をもてなす料理としてどうなのかしらと?

 ぷにゅぷにゅの物体をただアレンジしただけの料理なんてあるのかしら?

 椀に入った汁だけが料理と呼べる代物に見えたかもしれない。

 因みに本日の雑煮は醤油仕立てであるから、これまたあっさりした物だ。

「いただきまーす!」

 そこは戦場だった。火竜を狩るより白熱していた。

「冷めないうちに食わないと不味くなるぞ」

 不味くなるとは失敬な。堅くなったら焼餅という食べ方ができるだろうが!

 皆、喉越しよく餅をツルツルと口に運ぶ。

「うまーい!」

「やっぱお餅サイコーッ!」

「あちゅ、あちゅ」

 オクタヴィアも、自分サイズに小さく丸めた餅をニチャニチャさせた。

「ナーナーナ」

 ヘモジは甘い物には目もくれず大根おろし一択だ。

「あんこ最高」

 女性陣には甘い物が人気だった。

「やっぱり磯辺でしょ」

 ロメオ君と僕はエミリーが作ってくれた海苔に巻かれた餅を食べた。

「この醤油と海苔の風味が――」

「海苔最高です。ご主人」

 ナガレに連れられて参加したチョビとイチゴは、餅は食べずに海苔ばかり食べていた。

 パスカル君たちは言わずもがな、先輩たち三人も一口食べただけで、疑念が吹き飛んだようだ。

「なんですか、これ!」

「奇妙な料理…… でも美味しい」

「癖になりますね。いくらでも食べられそうです」

 それは罠です。

「ヴィオネッティーの郷土料理ですか?」

「異世界のですかね」

「はあ?」

「雑煮にお餅、幾つ入れるんだい?」

「二つ!」

「三つ!」

「二つ!」

「三つ!」

「お代わりあるー?」

「二つ…… やっぱり三つ!」

 競りのようなものが始まった。


「少ししか食べてないのに、もうお腹いっぱい」

 シモーナさんがお腹を抱える。

 ナタリーナさんとクラッソ姉妹は悩ましげな溜め息を漏らした。

「大丈夫、消化はいいのです」

「最高に美味しかったわ」

「俺ももう食えねー」

「雑煮三杯もお代わりしたです。お餅幾つ入れたですか」

 ファイアーマンとアルベルトがリオナに突っ込まれていた。

「七個かな」

「俺、八個」

「食べ過ぎだよ」と、子供たちに呆れられた。

「残ると思ったんだけどね」

 アンジェラさんも呆れている。

「焼餅用に少し欲しかったんだけどね」

 取り敢えず、明日の予行演習は終わりということで。


 台所ではまだ何かしていた。

「これで完成なのかしらね?」

 甘いあんこの匂いだ。

「おしるこですか?」

「レシピ通り作ったんだけどね。こりゃ、甘過ぎないかね?」

「僕は粒がある方が好きなんですけどね」

「漉さなくてよかったのかい?」

「粒あんだと、ぜんざいって言うんだ」

 浮かべる餅もないので、おしるこだけを頂く。

「これはまた……」

 甘くて…… 雑煮と一緒に食うべきじゃないな……

「ずるい……」

 振り返るとリオナと子供たちがカウンターの隅から覗いていた。


「小豆は茹でるだけでも気が遠くなる行程が必要だからな。アンジェラたちに感謝しろよ」

 翌朝、焼餅を浮かべたおしるこを食べながら姉さんが言った。

 焼餅は食品庫に前からあるストックだ。

「それがお母様、茹でた物を送ってきて下さったんですよ。それも新年会に間に合う程、大量にね。なんでも『峠の茶屋で団子を出す』とかなんとか」

 母さんの小金儲けの方向性が変な方に向かってやしないか?

 実際のところ、小豆を煮るなら一気にやった方が手間はないみたいだけどな。

「それにしても茹でた小豆を商品化するとはな」

 姉さんも呆れているが、母さんは壺に茹で小豆を入れて、保存術式の封をして販売するスタイルを取ろうと考えているらしい。

 お餅と組み合わせて、受け入れられるかは今日の新年会に掛かっているのかも知れない。

「おしるこだけじゃなくて、デザートにも使えそうですよ」

 エミリーがお茶を入れたが、甘さで舌が馬鹿になっているようで姉さんは一瞬、躊躇した。

「パンの具にも合うぞ。バター多めでな」

「試してみるのです!」

「昨日、散々食べただろ?」

「甘い物は別腹だろ?」

 別腹でないことは既に証明済みかと思っていたのだが……

「ヘモジ、こっそり万能薬飲まない」

「ナ……」

「がっくし」

 オクタヴィアも通訳しなくても、見てれば分かるから。

 なぜか猫から甘い香りが…… よく見ると……

「お前、顔があんだらけだぞ」

「舐めると甘い」


 結局、朝食はトーストにたっぷりバターを塗った上にあんが塗られた物が出された。

「ここは天国ですか!」

 ナタリーナとシモーナが感涙していた。

「オクタヴィアかよ」

「お茶は濃い目で砂糖抜きで」

「いいのか? 祭りの前にそんなに甘い物ばかり食べて」

「値段高めに設定しないとこいつら間違いなく太るな」

 姉さんとアイシャさん、ふたり並んで子供たちを見下ろす。

 パスカル君たちは思わず言葉を失う。

 とんでも美人がふたり並ぶと迫力が増すからな。

「おー、レオ、お主の分もよこせ! 長老に寄進せよ!」

「いやですよ。欲しけりゃ、お代わり貰えばいいじゃないですか!」

 こっちのハイエルフはダメダメだな。

「兎に角あれだな。母さんは小豆の本格的な生産に成功したということだ」

「これからはいつでもあんこが食べられる!」

 子供たちが沸き立った。

「この調子じゃ、新年会は――」

「あんこ祭りなのです!」


「駄目だこりゃ」

 


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