エルーダ迷宮ばく進中(火竜の巣)98
「旗発見!」
他の領地の宿営地にヴィオネッティーの旗があった。お誂え向きに父さんとアンドレア兄さんが一緒にいるようだ。ヴィオネッティーの船が他の領地の船と並んで二隻、宿営地に停泊している。
灰色の空に味方の船が二隻、敵を警戒している。
どうやら南部諸侯は聖騎士団と歩調を合わせて、西に展開する準備をしているようだった。南部諸侯の旗が掲げられた宿営地は現在、南部領内で最も北に位置している。そのすぐ隣が教会直轄地であった。
だが、ここから真西に向かっても火山帯を大きく迂回しないと越えることはできない。
教会直轄地を越えて、もっと北から回り込まなければ。
北部の役立たずがもっと北に行けばいいのに。この期に及んで獲物を追って南下してきている。第三軍が壁になっているが、おかげで聖騎士団との距離が狭まっていた。
いっそ兄さんがトンネルでもと思ったが、考えてみればこの辺りの火山は生きている。
『通信あり』
浮いている船から通信が来た。
「着陸許可出たよ」
「いや、ここで待機する。すぐ離れるからと言え。今挨拶に行く」
僕は母さんからのお土産が入ったでかい保管箱を降下させる準備だけさせて、デッキからボードで地上に下りた。
本営らしき建物から見慣れた顔がやって来た。
「何しに来たんだ。見ての通り、もてなす余裕はないぞ」
「歓待はもう母さんから受けた。母さんからお土産を預かってきたんだ」
「なんだい?」
「雑煮」
兄さんが笑った。
「兵の分もあるのか?」
「ヴィオネッティーの分しかないかな……」
「仕方ないか。母さんはこちらの事情を知らないからな。船に積み込んでおいてくれ。後で頂こう」
僕たちは互いの船に合図を送った。
下ろしたお土産の入った保管箱を、兄さんの船のクルーが自分の船に運んでいった。
「船、増やしたんだね」
「さすがに足りなくなってな」
「で、何しに来た?」
「演習と兵器テストかな」
「演習?」
「魔法学校の生徒を預かった。火竜と空中戦をしに来たんだ。ついでに武器の調整をね」
「使えるのか?」
「どっちが?」
「どっちもだ」
「生徒の方は大丈夫だよ。後は経験だけかな。兵器は分からないな。タロスの強さが資料通りならいけるはずだけど。それより、そっちこそ大丈夫なの? なんでこんなとこにいるの?」
「火山帯を抜けようと思ってな」
「え?」
「迂回するんじゃないの?」
「多少の迂回はするが、二ヶ月後、あの火山帯に雪が残っていると思うか?」
凄い、逆転の発想だ。
「でもどうやって、火竜の巣の脇を抜けられるの? まさか兄さんが山を吹き飛ばすとか?」
「馬鹿言うな。気候も生態系も変わってしまうかもしれないんだぞ。雪がさらに深くなるかも知れない。薮から蛇が出る可能性もある。あの尾根が無用だと誰が言える? 実際、火竜が陣取っていることで、別の魔物の繁殖数が抑えられていると言う学者もいるくらいだ。未開の地が微妙なバランスの上に成り立ってる以上、今、冒険するのは得策じゃないだろ?」
「じゃあ、どうやって?」
「学習させてるのさ。我らと戦っても無駄だと言うことを教え込んでるんだ。襲ってこなければ見逃すようにもしている。最近ようやく、飛空艇を見ると逃げるようになって来たからな。この調子なら山向こうに拠点を築くのも容易いかもな」
僕たちとワイバーンの巣の関係みたいなものがここでも構築されようとしているのか。
「僕たちはこれから山の向こうに行くんだけど、展開してる部隊とかないよね?」
「さらっと物騒なことを言うね」
「そう?」
「聖騎士団とその向こうの第三師団が巣の北西側まで張り出している。そこが西端だ。偵察隊や、獲物目的の冒険者たちが入り込んでるかも知れないから、事前に信号弾を打ち上げておけば大丈夫だろう。飛空艇の通信暗号がそのまま通じるはずだ」
「分かった」
「山の向こうの正確な地図がぜひ欲しいところだね」
「兄さんがやれば早いのに」
「人目があってね」
「じゃあ、父さんによろしく。帰りに転移ゲート借りに来るから。気が向いたら向こう側に拠点造っておいてやるよ」
「なんだって?」
僕はボードに乗って、自分の船の甲板に向かった。
リオナや子供たちが手摺りから身を乗り出して、こちらを覗き込んでいた。
「お待たせ。行くぞ。北側から迂回して裏側に回り込むぞ」
「襲ってこなかったらどうするですか?」
「そりゃ、仕方ないだろうな。作戦を台なしにするわけにはいかないんだから」
「襲ってきた敵だけ倒すんなら楽だよな」
「それ以外は見逃す方向で行くぞ」
がむしゃらに戦えると思ったのだが、本番まではお預けのようだ。
「ルール作りはペットを飼うときの基本なのです」
『発進します』
僕たちの船は高度を上げつつ、火竜の巣を右に見ながら進んだ。
「襲ってこないのです」
「散々やられてるみたいだな」
「びびってるですか?」
「兄さんの攻撃を一目見れば、どんな単細胞でも格の違いに気付くはずだからな」
「因みにお兄さんが造った大地の傷跡があれだよ」
ロメオ君が現在、南北にまっすぐ伸びる巨大防壁の足元を流れる濠代わりの運河を指差した。
「え?」
「さすがに一撃とはいかなかっただろうけど。それでも数発だね」
「『災害認定』されるってこういうこと?」
「そう言えばスプレコーンのまっすぐ伸びた街道はレジーナさんが造ったんですよね?」
「確かに切り開いたのは姉さんだけどね。整備したのは実直な工夫たちだよ」
「なんかヴィオネッティーって凄ーな」
アルベルトが言った。
『火竜、接近中!』
「接近してきたら警告を入れろ。それでも来るなら容赦なく落とせ。射程の長い『アローライフル』とバリスタは反撃時にのみ使用可能とする!」
「来た!」
稲妻が落ちた。火竜が落下していった。
「あ? ごめん、麻痺入ったみたい」
ナガレが言った。落下した森を見詰める。
「死んだか?」
「大丈夫みたい」
チコが言った。
「行こ、行こ。ここにいると思うように戦えない」
せっかく演習に来たのに、もうちょっと腰を入れてきてくれないかな。
「あ、来ちゃったかも」
「新参者だと侮るなかれ」
「大群だ!」
空を覆うほどの火竜が空に舞い上がった。
「まだあんなにいたんだ」
「もしかしてこっちが近づき過ぎたかな?」
「テト、少し離れようか」
『了解』
「襲ってこない」
「ここがボーダーラインか」
「どう思います?」
「脅しを入れておいた方がよいじゃろう」
「外すの下手なので、よろしく」
ナガレが僕に譲った。
僕がいつも外してるみたいじゃないか。
「しょうがないな。じゃ、全力で驚かせてやろう!」
僕は甲板に出て杖を掲げた。
広範囲に『雷壁』だ!
ピカッと光ってものすごい爆音が轟いた。空一面に広がった稲妻の一部が、地面に落ちて轟音を奏でた。




