エルーダの迷宮再び(アガタ・コンティーニ)16
地上に戻るとそこには私服の門番さんが待っていた。
「お帰り、うまくいったかい?」
僕たちは頷いた。
僕たちは両手を叩き合って喜んだ。
次々に後続が僕たちを追い越していく。
「なんで泣いてるんだ?」
門番さんは不思議そうに言った。
「彼らの戦争がようやく終ったのよ」
マリアさんも戻ってきた。
「出る幕がなかったな」
姉さんも戻ってきた。
「そう思うなら自分で処理してよ。影に隠れてこそこそと。なんでこっちに振るんだよ」
「わたしにも立場があるんだ。王宮の魔法使いがこんな所で騒ぎ起こせるわけないだろ?」
そう言うとマリアさんと仲良くギルドの方に去って行った。
「ところで、これ、どうする?」
ロメオ君が『リーダーの証』を鞄のなかから覗かせた。
「忘れてた!」
僕たちは姉さんたちを急いで追い掛けた。
「次から次へと騒動を見つけてくるわね、あなたたちは」
対面のソファーにどっかと腰を下ろした姉さんが言った。
「僕たちのせいじゃないと思うんですけど」
アンティークなテーブルにはきらきら光る十枚の『リーダーの証』が並んでいた。
「そうなのです! 悪いのはあのゴブリンの収集癖なのです」
今僕たちはエルーダの冒険者ギルドの一室で重要案件に関して吟味を受けていた。
「なわけないでしょ。今、箱の回収に行かせてるけど、ゴブリンじゃないことは確かよ」
「お待たせ」
マリアさんがお茶菓子を用意してくれた。
リオナの集中力のすべてが脱線した。
「久しぶりだな、エルネスト君」
僕の教育担当もいっしょに入ってきた。
「リカルドだ。ここの責任者をしてる」
責任者? 所長?
僕たちは改めて握手を交わした。
以前のようににやけていないのは事態が深刻だからだろうか?
「何よ、自己紹介まだだったの?」
姉さんがリカルドさんに突っ込んだ。
「わたしたちみんな、あなたたちの先輩なのよ」
マリアさんの言葉に僕たちは顔を見合わせた。
「『銀花の紋章団』に在籍してたんだ」
リカルドさんが言った。
「えーッ?」
当然のことながら僕だけが驚いた。
「昔話は後にして、とりあえず発見までの経緯を教えてくれるかな」
リカルドさんがペンを片手に事情聴取を始めた。
僕たちは互いに言葉を補い合いながらすべてを話した。
そして呆れた状況にみんなも呆れた。
「僕は偽物の存在の方が問題だと思うんですけど」
僕は率直に意見を言った。
「同感だ。誰が、なんの目的で作ったのか。それが問題だ」
リカルドさんがペンを走らせながら言った。
「なんのためにあんな場所に置いたのかしらねぇ?」
マリアさんの疑問に皆、頭を抱えた。
確認作業が済むまでの間、僕たちは手持ち無沙汰で過ごした。
僕は部屋を出ると『認識計』を借りて、スキルチェックを行った。
さっきの一件が気になったからだが、案の定、『完全なる断絶』から『偽』の文字が消えていた。『完全なる断絶(一)』になっていた。
あとはめぼしいものはなく、『光の魔法(一)』が増えている程度だった。
ロメオ君は姉さんと気が合い、魔法談義に花を咲かせていた。
リオナはマリアさんと一緒に追加のお菓子を買いに出ていた。
一時間程して調査に赴いた職員らが大きな頭陀袋と一緒に帰ってきた。
重要参考人も連行してきたようだ。
「離せーッ! 離せよーッ 俺が何したって言うんだぁああ」
職員ふたりに腕を拘束された娘が暴れていた。
「こら、大人しくしないかッ!」
職員が数人がかりで押さえ付けている。
「怪力娘なのです」
「あれって……」
「ドワーフだよね」
この辺りのドワーフというと僕の実家の領地に住んでいる部族だけだ。
面倒なことにならなきゃいいけど……
「サッサと歩かんか!」
「黙れ、スケベ親父!」
娘といえどハンマーを片手でぶん回す種族の出だ、大の大人でも拘束するのは難しい。
「きゃぁ、何これ!」
娘の服に霜が付き始めた。
「冷凍にして村に送り返してやろうか? 小娘……」
姉さんが閉じられたドアの先から声で威嚇した。
ドワーフの娘は急に大人しくなった。本能的に危険を察知したようだ。
一室で尋問が始まった。
「名前は?」
娘はぶすっとふくれっ面でそっぽを向いた。
口をしめらせるために用意したコップにピキッとひびが入った。
「ひッ!」
娘は怯えた。
「名前は?」
リカルドがにやけた顔で迫った。
「弁明の機会はいらないそうだ。死刑も辞さずとはいい度胸だ。だが愚か者だ」
姉さんが口を挟んだ。
娘の顔色が変わった。ようやく自分が巻き込まれた事態が只事ではないことに気付いたようだ。
「アガタ・コンティーニ……」
リカルドが書き留めた。
職員が頭陀袋の中身、偽物の『リーダーの証』をテーブルにぶちまけた。
「これをどうしたのか教えてくれないかね?」
「作った」
「君が? なんのために?」
「練習に決まってるだろ。俺は鍛冶屋だが細工もやるんだ。修行だよ」
「こんなに?」
「練習した。自分の工房はないから、この町の鍛冶屋に場所を借りた。一生懸命がんばったけど、本物にはまだまだだ」
「本物は持ってるのかね?」
「ここにある」
そう言うと本物の『リーダーの証』を背負い袋のなかから取りだした。
「君はこれが何か知っているかね?」
「親父のコレクションだ。見合いしろとうるさいから、くすねて家出してやった。あっ、まさか親父が訴えたのか! そうなんだな! そうなんだなッ! なんて汚い野郎だ!」
「見合い? 歳いくつだ?」
「……十三」
「十三であの胸は犯罪なのです!」
リオナが突っ込んだ。
いや、そういう罪状で取り調べてるわけじゃないから……
でも確かに十三って嘘だろ?
身長はドワーフの例に漏れず小柄だけど、どう見ても子供じゃないよ…… 色々と。
「本当は?」
リカルドさんも信じちゃいない。
「……十七」
今度は信じたらしく、調書にすらすらとペンを走らせた。
「もう一度聞くが、これが何か知っているかね?」
「だから、親父のコレクションだって! 細工が一番緻密で精巧だったから手本にちょうどよかったんだよ。嘘じゃねーって。俺は外で修行して、いつか一人前になって親父を見返してやるんだ。そのときはもう女伊達らになんて言わせねぇ」
一同、沈黙する。
親父さんが『リーダーの証』を所持していたことも驚きだが、このチビ姉ちゃん、まるで悪意がない。
完全に無罪だ。保証する。でも…… 知らなかったとはいえ、やったことは最悪だ。
ロメオ君が苦虫を噛みしめたような渋い顔をしている。
僕も同じような表情をしていたに違いない。
理由を知らないリオナでさえ雰囲気に飲まれて神妙な顔をしている。
「このアイテムは複製禁止第一級特別指定アイテムだ。要するにこれをコピーすることは貨幣偽造と同罪に問われるということだ」
リカルドさんが端的に説明した。
「な、なんだよ。同罪って……」
さすがに旗色が悪いことに気付いたアガタは声を震わせた。
「死刑ということだ」




