閑話 一足早い冬休み(空中戦)5
「船出すよ」
甲板にピノが顔を出して言った。
「え? でも回収は?」
「もう帰って来たよ」
ラウンジに戻るとエルネストさんとアイシャさんがいた。
三人の先輩は息を飲んだ。
「またハイエルフ…… 」
それも今度は場違いな程妖艶なとびきりの美人だ。
ファイアーマンは早速、鉄拳制裁を浴びて喜んでいた。
「師匠ーっ」
「うるさい! 黙れ! 馬鹿弟子」
今回の一件で里でもいろいろ話し合いが持たれたらしい。エテルノ様とアイシャさんは僕たちと入れ替わりに、ふたりデッキに上がって密談を始めた。
「帰るぞ。実戦はまた今度な」
「ここのワイバーンはへたれなのです」
「迷宮の単細胞とは違うって」
ピノが言った。
それよりエルネストさんはどこから帰ってきたんだ? ゲートを使うって言ってたけど……
格納庫のクローゼットに見えた場所にゲートがあることを教えられた。
「ここが駄目なら火竜狩りに予定変更だな。来週にするか」
何気に難易度が上がってるし……
「ちょうどいいのです。少しでも本番前に風通しをよくしておくのです」
僕たちは目に焼き付いた光景を反芻していた。
僕たちは以前、レジーナさんに連れられてドラゴンと戦ったことがある。でもそれは地上で罠に掛かっている奴で、既に断頭台の上に首を晒しているような奴だった。エルネストさんもレジーナさんも空に舞ったドラゴンは別物だと考えていた。その意味がほんの少し分かった気がした。
今日の相手がワイバーンではなくドラゴンだったとしたら……
僕たちは格納庫に用意された居住ユニットで話し合いを始めた。雑魚寝用の部屋で狭いけれど取り敢えず全員座ることができた。
第一声は女帝の「あの人なんなのよ!」だった。憚らず涙を浮かべていた。
最後の一撃はエルネストさんだったらしい。自分たちが苦労していた相手をまとめて叩き落としたらしい。
「四匹を一瞬で……」
「こっちのエテルノ様もだぜ。一瞬で三発ぶち込んでた」
「あの発動の速さはなんなの! しかも威力が桁違い! あんたたちの魔法の威力も大概だけどレベルが違い過ぎるわ」
レジーナさんの再来、女帝と言われる自分が、実は足元にも及んでいなかったのだと思い知ったのだ。正直僕たちも差が縮まっていなかったことに驚いた。少しは勉強して追い付けたと思っていたのに。
「わたしたちだってそうよ。以前のエルネストさんはあそこまでじゃなかった。破壊力は前から桁違いだったけど、あんなに正確じゃなかった。まるでロメオさんが乗り移ったみたい」
ビアンカも僕と同じ意見のようだった。
「あの長老だって、全然本気じゃなかった」
「ハイエルフは別格でしょ?」
「レジーナさんとアイシャさんはライバルだけどな」
「師匠ーっ!」
「うるさい! 馬鹿ッ!」
「ドラゴンって多重結界があるのよね?」
シモーナさんが呟いた。
「五重障壁ですね」
ビアンカが答えた。
「回復力も尋常じゃないって」
アルベルトさんも神妙だ。
「明日ドラゴンと戦うって、リオナちゃんが言ってたけど」
「エルーダにいるってほんとなの?」
オリエッタとヴェロニカがフランチェスカに尋ねた。
「ギルドの守秘義務に抵触するんですって」
「そうなの?」
「だってみんなで狩りに行っちゃうでしょ?」
「ドラゴンは言い換えれば宝の山だからな」
「冒険者、たくましー」
「でも単独のチームで狩りをするのはエルネストさんたちだけよね、きっと」
「チーム単独というか、ソロでやりそうだから怖いよ」
「実際、エルネストさんは単独撃破してるからな」
「嘘だろ?」
「明日、分かるよ」
「俺たち、間に合うのかな」
「信じて付いて行くしかないよ」
みんな頷いた。
「それで夕飯にドラゴンの焼き肉が出るってほんとか? 獣人の子たちが言ってたけど」
アルベルトさんが別の話題に振った。
「エルネストさん家ではドラゴンの肉が標準なのよ。ハンバーグのミンチまでドラゴンの肉なんだから」
「ほんとなの?」
「問題は、どのドラゴンの肉が出るかだってさ」
「因みに本日は最高クラスの三種類の肉が出るそうですよ」
引き籠もるより、空からの景色を堪能する方がいいと気付いたときには、船はもうドックの手前まで来ていた。
とんだ初陣で喉も通らないと思われた夕飯も、あまりのおいしさに鬱も吹き飛んでしまった。みんな生涯で一番、たらふく食べた日となった。
あこがれのレジーナさんもやって来て、僕たちは楽しい一夜を過ごした。
「この先の扉すべてにドラゴンか竜のどちらかがいる。竜はこちらでやるので、君たちはドラゴンとだけ戦うように。迷宮補正で現実のものより二、三割レベルが低いが、それでも特性は現実のものだ。因みに報酬は全員で等分配する。本番に向けて稼いだ金でアクセサリーや装備を整えるように。昨日、僕たちとの力の差に落胆していた者もいたようだが、力の差の半分は装備品の差に過ぎないと言っておく。ドラゴン相手に装備を怠る者に勝利はない! 今日のところはこちらで結界を張るので心置きなく戦うように。だが、いずれ自分たちだけで本番を戦って貰うので覚悟するように」
「新種はどうするですか?」
僕たちからではなく、リオナちゃんが質問した。凄い気迫がこもってた。
「そりゃ…… まず僕たちで相手するようかな」
リオナちゃんがほっと胸を撫で下ろした。
「それならいいのです」
「なんの話?」
僕はロメオさんに尋ねた。
「痛んだら商品にならないでしょ?」とロメオさんはあっけらかんと答えた。
「獲物を痛めつけないように狩るのが冒険者の嗜みじゃからな」
エテルノ様がなぜか胸を張った。
「カラード以上はさすがに慣れるまで全力じゃがな」
アイシャさんの口から全力なんて言葉が出るなんて…… やはりここは最下層なんだ。
アイシャさんがファイアーマンの頭をポンポンと叩く。
「燃やすなんて真似したら、ただではすまんぞ」
「は、はい……」
ファイアーマンが小さくなっている。
「他の属性使ってるの見たことないんだけど、彼、大丈夫なの?」
シモーナさんがさすがに聞いてくる。
「普通にいけますよ。杖の能力分は差し引かないといけませんけどね」
「火属性に極振りだろ?」
「ああ、そうだ。三人にも渡しておかないと……」
エルネストさんが捻れた木の杖を三本取り出した。
「トレントの杖だ!」
思わず僕たちは叫んだ。
「別に強制じゃないんだけどね。成長する杖だから持っていても損はないと思うんだ。長く付き合うほど自分好みの杖になっていくからね」
「いいんですか?」
「死なれると寝覚めが悪いからの」
「お師匠!」
「お前は一度死ね!」
そして最初の扉が開いていく。
「当りなのです!」
リオナちゃんが飛び跳ねた!
「ブルードラゴンなのです!」
「え?」
気が遠くなる自分がいた。




