閑話 一足早い冬休み(空中戦)4
「襲ってこないぞ。どうなってんだ?」
アルベルトの実家近くにもワイバーンの巣があって、たまに被害に遭うらしく、生態には詳しかった。
「そろそろ襲ってくるぞ」と自慢げに解説していたが、敵は一向に襲ってはこず、却って岩陰に隠れられる始末だった。
「どうなってるの?」
「警戒してるみたい」
「そうみたいだな」
「連戦連敗だからな。この船にはもう勝てないと学習したんだぜ、きっと」
ピノが言った。
「せっかく来たのに」
フランチェスカが残念がった。
「これから寒くなるから、体力温存しときたいんじゃないかしら?」
ビアンカはあからさまにほっとしていた。
突然、一斉にワイバーンが空を見上げ、羽をばたつかせて肩の雪を払った。
「なんだ?」
警戒してる……
空に何かいるのか?
「奴だ! テト、主だ、主が来るぞ! ロック鳥だ!」
エルネストさんが叫んだ。
主?
「主って?」
「ここを餌場にしてるロック鳥がいるんだよ!」
「飛び切りでかいのです!」
『見付けたッ!』
テトが叫んだ。
「転移してくるぞ!」
ええええ?
「ロック鳥ってそういう鳥?」
「来年の魔獣図鑑に載る新情報なのです!」
ワイバーンの巣のある崖の一角が崩れた!
「でかい!」
みんな目を見開いた。初めて見るサイズに絶句した。
狙われたワイバーンは回避に成功していた。
羽に風をはらませて森に向かって降下していく。
まるでワイバーンが小鳥のようだ。
「ロック鳥ってあんなに大きいの……」
ナタリーナさんが言葉をやっと吐いた。
「図鑑の情報はあくまで目撃情報だからな。希少なデーター程、誤差があるのさ」
ピノが平然としている。
「あの、倒さないんですか?」
ビアンカがエルネストさんに尋ねた。
「うん?」
エルネストさんは笑った。
「あそこにエルフの隠れ里があるんだ。主を倒すとワイバーンが増え過ぎるだろ? そうするとこの辺の生態系が壊れて、あそこも飲み込まれるかもしれない」
「昔からあいつはこの船を襲ってこないのです。だから見逃してやってるのです」
「まずいな」
エルネストさんが呟いた。
「え?」
「テト、来るぞ」
『了解』
「さあ、みんな戦闘準備だ」
巣からワイバーンが溢れた。
溢れたワイバーンがロック鳥に襲いかかるが、ロック鳥はものともせず、一気に高く舞い上がった。
そして空を軽く旋回すると群れから外れた場所にいた一体を爪に引っかけて飛び去ってしまった。
ワイバーンは興奮冷めやらぬ様子で羽を広げて叫びまくる。そして辺りを見渡したところに飛び込んできたのがこの船だった。
復讐か、憂さ晴らしか、興奮した一体が滑るように接近してきた。
漁夫の利を狙う三下だと思われたのか、首謀者だと勘違いされたのか、その一体の後ろからゾロゾロと別のワイバーンが付いてきた。
「飛ぶのが下手なワイバーンは高度を上げれば付いてこられないのです」
リオナちゃんはそう言うが、船は一向に高度を上げようとしない。
「パスカル君、君たちに迎撃は任せた」
「ええ?」
「では、射程に入り次第、戦闘開始!」
「やるぞ、パスカル、ダンテ! 俺たちは右だ!」
ファイアーマンが先陣切ってデッキに向かった。
「じゃあ、わたしたちは左よ」
フランチェスカたち女性陣も後に続いた。
先輩たちを残して僕たちは飛び出した。
僕はファイアーマンたちとデッキの右側に陣取った。安全帯を手摺りに掛け、杖の落下防止用の紐を自分の手首に巻いた。
船体の構造からしてデッキからでは前が見えづらかった。攻撃は僕たちの視界に入る一瞬だ。
衝撃が襲った。
船の結界に接触したのだ。
結界は最高クラスの複合多重障壁だ。城壁並みに頑丈らしい。おまけにエルネストさんの結界もある。
文字通りドラゴンスレイヤーの船だ。ワイバーンの攻撃などビクともしない。
ワイバーンが前を横切って後方に流れていく。
「くそ、当たらない!」
ダンテ君が雷撃を外した。ファイアーマンは撃つこともできなかった。
船が右に旋回する。
ワイバーンの姿がまだ見える、けど今度は射程が!
船が突然、逆に旋回した。
僕たちの身体が浮き上がる!
別の一体が船体の向こう側を流れていく。
二度目の衝撃が襲いかかった。
頭上を錐揉みしながら一体が地上に落下していく。
「何をしている!」
アルベルトさんがやって来た。
「探知スキルを使え! 目で追うな! 範囲魔法を使え!」
女帝たちは反対側に行ったのか?
命中した!
左舷の誰かが通り過ぎるワイバーンに命中させた。
命中したワイバーンに船尾が近付いていく。
「テトの奴、凄ーな」
ファイアーマンが杖に魔力を込めた。そして接近してくるワイバーンにとどめを刺した。爆炎が舞い上がった。
船が大きく傾いた。
次のワイバーンが船腹に取り付こうとしている。引き剥がしに掛かっているが、正面からも別の一体が接近してくる。
左舷で誰かが放った雷壁に、取り付こうとしていた一体が引っ掛かって引き剥がされた。
集中砲火を浴びて落ちていった。
衝撃が来た。
正面から接近してきたワイバーンが取り付こうとして取り付けずに落ちていった。
さらに上空から別のワイバーンが急降下してくる。
駄目だ、捌ききれない……
船が急上昇を始めた。
急降下してきたワイバーンが目の前で障壁に弾かれた!
「うわぁああ!」
僕たちが投げ出されそうになるほど船尾が揺れた。
船はお構いなしに加速した。
対向する敵は速過ぎて捕らえきれない。
範囲攻撃は射程がないし、もどかしい思いをする。
「折角の威力が泣いてるぞ」
アルベルトさんが雷撃を放つ。射程も誘導性もあるので、早い敵にも当たりやすい。
でもファイアーマンは爆炎だ!
衝撃で吹き飛んだ。
でもどちらにしてもとどめが刺せていないから、すぐ持ち直される。追い切れないから威力を載せられない。どこか浮き足立っている。
迷宮での戦闘とはまるで違う。
敵の高度がどんどん落ちていく。
飛行限界に達したワイバーンが攻撃を諦め、どんどん森に降下していく。
「巣から離れ過ぎたの」
「長老様」
「エテルノじゃ」
「エテルノ様」
「あの雷撃はよかったぞ。じゃが威力がなさ過ぎじゃ。お前たちが相手にするのはなんなのか忘れたのか?」
そうだ、僕たちが相手にするのはドラゴンだ。
「見て覚えるのが早かろう」
雷が広範囲に落ちた。稲妻に串刺しにされたワイバーンが三体同時に落ちていった。
「ナガレのようにうまくいかんの」
左側でも雷が落ちたが、桁違いの轟音が鳴り響いた。
船が減速して、ゆっくりと旋回を始めた。戦果を確認しているのだろう。
「クソッ、半分以上討ち漏らした」
ファイアーマンが悔しがった。
「威力のない爆炎など問題外じゃ。取り敢えず終わりじゃ、なかに戻るぞ」
ダンテも先輩も沈黙した。
再会した女性陣も僕たち同様、通夜のようだった。
「まあ、最初はこんなもんじゃろ」
子供たちが船の損傷確認を始めた。
これがドラゴンだったら…… もし学院長の計画に乗らずに慣例にならって戦場に赴いていたら……
『狼煙が見えるよ!』
伝声管からテトの声が。
チッタが窓から外を覗き込む。
「なんだって?」
「あれ、飛空艇で使う光信号よ。『合流? ア…… イ…… シ』」
「アイシャさんか!」
ハイエルフの里に行っていたアイシャさんが隠れ里を経由して戻ってきたらしい。
船が狼煙の方に進路を変えた。
「確認でき次第、迎えに行く。周囲の警戒怠るなよ」
「りょうかーい」
「帰りはゲートを使う。作動させておいてくれ」
「分かった」
チコが格納庫に降りて行った。
エルネストさんはデッキに上がり、ボードの準備をした。
僕たちは後に付いて行き、様子を伺った。
船が狼煙の上がっていた上空で静止した。
「じゃ、迎えに行ってくる」
エルネストさんがデッキから飛び降りた!
ナタリーナさんとシモーナさんが小さく悲鳴を上げた。
エルネストさんはボードで宙を滑り降りていく。
「あれってお前たちが使ってたフライングボードだろ。この高さで行けるのか?」
「まさか、あれは単に風に乗って落ちてるだけです」
「お前、真似できるか?」
「いえ、さすがにこの高さからは」




