閑話 一足早い冬休み2
僕たちの想定が甘かったのか?
「まさかね」
ドラゴンより強い敵が数で押してくるのかと、青ざめたところで大きな門扉の前に辿り着いた。
鬱蒼とした森を抜けるとロータリーのある見慣れた建物が見えてきた。
「なんか建て増しされてる」
二階建ての増設部分を見てビアンカが言った。
「ナ、ナーナ」
「客間?」
「ナナーナ」
「変わった建物ね」
先輩たちは中央に垣間見えるガラス張りの森を見上げる。
ヘモジが玄関の扉を腰にぶら下げているハンマーを使って器用に開けると中にそそくさと消えた。
入れ替わりに僕たちとそう歳の変わらないエルフの女の子が現われた。
「エルフだ!」
アルベルトさんが驚いた。
「可愛い」
シモーナさんは素直な感想を述べた。
僕は直感的にハイエルフだと思った。
「新しい人?」
「エテルノ様だよ」
ピノが言った。
「様?」
「ハイエルフの長老」
「え?」
「は?」
「ハイエルフ!」
「連れてきたよー」
「おお、でかした」
ピノが僕たちを放置して部屋のなかに消えてしまった。
そんな馬鹿な。いくらなんでもハイエルフの長老だなんて? いくら長命でも若過ぎるだろ。アイシャさんの方がよっぽど長老みたいだよ……
「ほお、これがエルネストの弟妹弟子か…… なかなかどうして。長旅ご苦労じゃったの」
しゃべり方はうちの学院長みたいだ。
立ち話もなんなので僕たちは玄関を潜った。
猫がいた。
「いらっしゃい。おやつあるから」
先輩たちがびっくりして飛び退いた。
「猫がしゃべった!」
ナタリーナさんが目を丸くしている。先輩もこういう顔するんだなと、少し感動した。
「ああ、あやつは猫又での、アイシャの連れじゃ」
先輩たちにはちんぷんかんぷんだろう。まずアイシャさんの説明をしないと。たぶん先輩たちも弟妹弟子だと思ってるのかも。
「なんだこりゃ」
ファイアーマンが壁に飾られた武具を覗き込んだ。
前にはなかった無骨な一品がここが冒険者の家だと主張していた。
「ランタンシールドじゃ」
「迷宮で見付けた」
「こんな物が迷宮で?」
初級迷宮しか知らない先輩たちは一品物の重厚な盾に関心を示した。
「悪いわね。お待たせちゃって。いらっしゃい、みんな。よく来たわね。今、お部屋に案内するわね」
アンジェラさんがエプロンで手を拭きながら現われた。
「使用人ではないのか?」
ナタリーナさんがアンジェラさんの態度に疑問を感じてビアンカに呟いた。
「元冒険者なんですよ。レジーナさんとも昔組んでたんですって。今はこの家の責任者ってところかしら」
三人の先輩が目を見開いた。レジーナさんと組んでいた冒険者ということはまさに上級冒険者に違いないと認識したようだ。同じパーティーじゃなかったみたいだけど。
「こちらにどうぞ」
「増築したんですか?」
「あなたたちが帰ってからすぐにね。彼の部屋で雑魚寝させるわけにはいかないものね」
「あれは、あれで楽しかったけどな」
「言えてる」
僕たちは二階建てを貫通したちょっとしたラウンジに通された。ラウンジの奥に建物の扉があった。上下に四部屋ずつ扉が並んでいた。
「何人かは相部屋で悪いんだけど」
「構いません、全然」
部屋のなかには二段ベッドがあるので問題なかった。
「一部屋が大きいわね、ここだけでうちの母屋ぐらいあるわ」
シモーナさんが言った。
「普通だろ?」
アルベルトさんのカピターニオ家は元豪農の資産家だ。うちと違って金で貴族の席を買える程、潤っている。
「うちは庶民なの」
シモーナさんの国ではそもそも間取りがこんなに大きくないらしい。
ナタリーナさんは調度品を見て青ざめていた。
「そんな…… このスタンド、買ったら…… するわよね…… こっちの置物も…… こっちの花瓶も……」
「今は全室鍵が開いてるから、決まったら鍵を取りに来て頂戴」
僕たちは部屋割りを始めた。
クラッソ姉妹がまず相部屋がいいと言い出したのでそうすることにした。
ビアンカとフランチェスカも相部屋がいいと言うのでそうしようとしたら、シモーナさんが異を唱えた。そもそもシモーナさんはフランチェスカの同級生でもあるので、相部屋なら自分とだと言い出した。
するとナタリーナさんもひとりじゃ寂しいわと言い出したので、アルベルトさんが名乗りを上げたら殴られた。
「勇気あるな」
ファイアーマンが変に感心した。
結局、ナタリーナさんとシモーナさんが相部屋になることになった。
女性陣は全員相部屋になったので、残り五部屋を僕たちで分けることになった。四部屋をそれぞれ独占して、余った一部屋を共用で使うことにした。
荷物を下ろしてほっとしたところで、お呼びが掛かった。
午前のお茶の時間である。
「うわっ」
食堂に獣人の子供たちが揃っていた。
「可愛い……」
シモーナさんの変なスイッチが入った。
肝心の家人たちの姿が見えない。
「あのエルネストさんたちは?」
「若様とリオナ姉ちゃんは材料集めでエルーダに潜ってるよ」
テトが言った。
「材料?」
「秘密の材料」
「ヘモジは置いてけ堀か?」
「ナーナ!」
ジュースのストックが切れたから、材料の買い付けをしないといけない?
なんの話だ?
召喚獣が狩りに付いていかなくていいのか?
僕たちは空いたテーブル二つに陣取った。
ロメオさんはゴーレムの研究、ロザリアさんは教会の手伝いで、アイシャさんはハイエルフの里にお使いで、席を空けていた。
忙しそう。
「おいしい!」
フランチェスカが声を上げた。御茶請けに半月型の奇妙な形のお菓子を頬張った。
「バウムクーヘンって言うんだぜ」
なぜかピノが自慢する。
うちのみんなも口に運んだ。
「ハー、ここのお菓子はいつもおいしいわね」
オリエッタが言った。
そこにもうひとり家人が戻ってきた。
「ただいまー」
誰? 聞き慣れない声だ。
「お帰りー」
ピノが真っ先に反応した。
「おば…… じゃなくてアイシャさん、今夜帰ってくるってさ」
現われたのはもうひとりのエルフだった。
「あ、お客さんもう来たの? エルネストさんの予想外れたね」
「それで、何か言っておったか」
「何も。すぐ帰るってだけ」
そう言ってエテルノ様にギルドの通信欄を手渡した。
「何も言ってこんということは、うまくいったということじゃな」
「長老、首かもね」
「なんじゃと!」
「あ、初めまして。レオです。アイシャさんの甥に当たります。普段はピノ君のパーティーで魔法使いしてます。弓の方が得意なんですけどね」
「へー」
ピノ君のパーティーか。て、アイシャさんの親戚! てことは彼もハイエルフ?
「この後みんなどうするの?」
「俺たちは船の改造の手伝い」
「ちゃんとブラックボックスの設置位置、棟梁に聞いてきたのか?」
「うん、ばっちり」
「これで新型バリスタ詰めるぜ。船尾の狙撃室に配備だかんな」
「何言ってんだよ、ピノ。まずは周囲を見渡せる展望室からだろ」
「ちゃんと重心考えてよ。操舵に影響するんだから!」
「乗るのみんな魔法使いなんだから、いらないと思うんだけど?」
「魔法が効かない奴が現われたらどうすんだよ!」
飛空艇を改造するのか。
「新型バリスタは?」
「昨日造ってた」
オクタヴィアがヘモジの隣の席に着いた。
「リオナ持ってった」
「試し撃ちか! 俺も行けばよかった!」
「お主が行っても邪魔になるだけじゃ」
「いいだろ、別に!」
「取り敢えず、船の整備をしっかりすることじゃ。午後からはこやつら連れて飛ぶんじゃろ?」
そうなの?
「ワイバーンで模擬戦でしょ? おいしくない!」




