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閑話 一足早い冬休み

「そんなことしたらまずいですよ!」

 長身のアルベルト・カピターニオが学院長の言葉に異を唱えた。彼は最終学年二位の実力者で既に魔法の塔に就職することが決まっていた。

「では死ぬかね?」

 辛らつな言葉だ。

「そっちの七人は分かっているようだが」

「そんなことしたら検閲に掛かります! パスカルの将来が――」

「死んだら元も子もないじゃろ?」

「そうは言いますけど」

 最終学年の女帝ナタリーナ・ファーゴが言った。全学年一位、レジーナ・ヴィオネッティーの再来と言われる学院一のマドンナである。

「故郷に戻ってそれぞれ前線に出たところでどうなる? 敵のスペックを見たら分かるじゃろ?」

「ドラゴンタイプは確かに脅威ですけど、伝統的な狩り方は今も生きています」

 すっごい田舎からの留学生シモーナ・シュッティが言った。魔力が充足している証の緑色の瞳が誰より目立つボーイッシュな女生徒だ。褐色の肌をした場違いな二つ上の先輩である。女帝ナタリーナの後釜と目される女性だ。

「お主はどうじゃ」

「一体とは書いてませんよね。それにミノタイプもいるようだし。きれいな陣形など維持できないと思います。それに空中にいるドラゴン相手に前衛も後衛もありません」

 魔法学院の三年生にして僕たちの親友フランチェスカが答える。 

「ブレス吐かれて、装備の弱い者から燃え滓になるだろうな」

 ファイアーマンことミケランジェロ・マストロベラルディーノが聞かれてもいないのに口を出す。

「しかし、他にやり方が!」

「これが一番手っ取り早いんじゃよ。兵隊の頭数に入れられる前に先手を打たねばならん。候補者リストが最終決定されぬうちにな。故郷に知らせが行かぬ今のうちに、当てにされる前に行き先を変えんといかん」

 故郷はどうでもいいのかと言えば、決してそうではないのだが、学院長曰く、僕たちが単独で当たるには敵は強過ぎると言うことだった。チームで動くことが、生き残る秘訣だと。でも、このままでは慣例が許さない。

「大体なんでこんなことをしなきゃいけないんですか? 『ヴァンデルフの魔女』に連絡するにしても普通の手立てはないんですか?」

 ナタリーナさんが食い下がる。

「誰だって身内は可愛い。こういう時期に有力な伝手を頼りにするのは我らだけではあるまい。彼女だって迎撃のために今は最高に忙しいはずじゃ。その彼女を動かすには、これが一番手っ取り早いんじゃよ」

「よく分かんないんですけど」

 シモーナさんが愚痴った。

 普通の人には分からない。あの姉弟のことを知らない者には。

「早ければ早い方がよかろう」

「どうする?」

 ファイアーマンが僕の顔を覗き込む。

「多分、大丈夫だと思います」

「おい! 下手したら停学じゃすまないぞ!」

 アルベルトさんは心配してくれるが、それは多分ないだろう。

「エルネストさんにへそを曲げられたら、レジーナさんも困るから、大丈夫ですよ」

 ビアンカが核心を突きつつ、フォローしてくれた。

「へそを曲げるって?」

 先輩たちは首を傾げた。

 結果、僕はスパイ容疑までは掛けられない程度に、注意力散漫なおっちょこちょいとしてやんわりと内情をエルネストさん宛の手紙にしたためた。

『僕たち全員、タロス討伐戦に参加します』

 それだけで事足りる。



 案の定、翌日には僕たちの身の振り方が決まっていた。

 大戦なんて恒例ではないけど、慣例では故郷の騎士団の最後尾に付くことが習わしになっていた。貴族でない者は実家の軍とはいかないので、王家直属の手頃な場所に派遣されることになる。

 三人の先輩は一枚の命令書に驚きを隠せない。

「『スプレコーン領に赴き、エルネスト・ヴィオネッティーに合流せしこと』?」

「これって…… 個人と合流しろっていうこと?」

「エルネストさんは冒険者ですから」

「うわっ、魔法の塔筆頭のサイン入りだぜ、これ」

「学院長の言った通りになったわね……」

 上級生たちが驚いている。

「首が繋がったな」

 ファイアーマンはもう勝った気でいる。

「また美味しい料理が食べられるわね」

 オリエッタとヴェロニカのクラッソ姉妹が暢気なことを言う。

「僕は嫌な予感しかしないんだけど……」

 ダンテが呟いた。

 僕たち七人は凍りついた。

「そうだった……」

「思い出さないようにしてたのに!」

「どうした?」

「いや、ちょっと……」

「また遠征に連れて行かれたりするのかな?」

「そう言えばタロスの情報を持ち帰ってきたのはエルネストさんたちのパーティーだって他の先生が言ってわよ」

「ほんとに?」

「それってもしかして……」

 オリエッタがヴェロニカの顔を見た。

「もしかしないと思う」

 ダンテが確信する。

「俺たちの行くところって……」

 ファイアーマンがにやけた。

「まさかね……」

 ビアンカはそう言いつつ諦めた。

「面白くなりそうだ」

 ファイアーマンの台詞にみんなが反応する!

 震源地じゃないかと。

 三人の先輩たちは唯々呆れて僕たちを見ていた。



「着いたーッ!」

 僕たちはスプレコーンにやって来た。

「この門潜るのもなんだか懐かしいわね」

 転移ポータルのある北ゲートの石橋の上、兵士詰め所前に僕たちは出た。

「これが噂の――」

「ユニコーンの――」

「精霊石の――」

「食い道楽の――」

「――町!」

 三人の先輩はバラバラだった。

「ユニコーンだろ?」

「精霊石でしょ! 魔法使い何年やってんのよ」

「食事よ! 決まってるじゃないの! 王国で一番お洒落な町って言われてんのよ!」

「僕たちにはやっぱり――」

「エルネストさんたちのいる『銀団』の本部だよね」

「なんか緊張してきた」

 北の大門に小さな影があった。

「あー、来た、来た」

 見慣れた少年だった。

「みんな、久しぶりー。迎えに来たよ!」

 一回り成長したピノだった。背が伸びてる。

「なんだ、ピノか。相変わらず、ちいせーな」

「なんだと! やんのか、炎馬鹿!」

 女性陣が笑った。ファイアーマンを形容するのにこれ以上最適な言葉はない。

「うるさいぞ、ピノ。他の人の邪魔をするな」

 獣人の門番が制止した。

「なんで俺だけ!」

「魔法学院の生徒さんは通すように言われてますから、こちらからどうぞ」

「はい、すいません」

 列から外れて、先頭を迂回した。

「しょうがねえな。ファイアーマン以外は案内してやるよ。それと新しい人はこの町の憲章読んでおいてくれよな。ユニコーンを馬と間違えたら酷い目に遭うぜ」

 そこニヒルに言うとこ?

「ぷくくく……」

「あーっ! なんで笑うんだよ!」

 みんな馬鹿笑いした。

 やって来て早々、これだから。まったくこの町は……

「ナーナ」

 あれ? 市場の店先にいるのは……

「ナーナンナー」

「なんだ、あれ?」

 アルベルトさんたちはヘモジの容姿を見て訝しんだ。

「小人?」

「どっちかって言うと巨人なんだけどね」

「どこが!」

「おーい、ヘモジー」

「ナー?」

 気付いたようだ。

「ナーナナンナー、ナーナンナー」

「何言ってるんだか、分かんねー」

「美味しい野菜を食べさせてくれるってさ」

 ピノが通訳する。

「言葉が分かるのか?」

「念話を普段から使う奴とか、話し掛けられた相手だけは分かるんだよ」

「ヘモジはエルネストさんの召喚獣なんだ」

 ダンテが美味しそうな匂いがする店先に目を泳がせつつ、言った。

「召喚獣!」

「あのチビが?」

「ヘモジはファイアードラゴンより強いぞ。頭ぶん殴って黙らせてたからな。それと町の人気者だからいじめんなよな」

「ドラゴンを殴る奴をどういじめろと……」

 突然、ピノが振り返った。

「パスカル兄ちゃんたちはあれからドラゴン、倒したか?」

 僕たちは荒唐無稽な問いに全員、絶句した。

 先輩たちも開いた口が塞がらない。

「今夜の歓迎会で多分出ると思うけどさ。新しい『ドラゴンの肉究極盛り合わせ』が食べられると思うよ」

「まじか!」

「イフリートとかクラーケンとかもあるよ」

 先輩たちの顔色が青ざめていく。

「エルネストさんたち、またドラゴンの肉獲ってきたの?」

「五種盛り合わせが、オプションで最高、十種盛り合わせまでにはなるぜ。お金すっげー掛かるけどな」

「えええっ?」

「それって…… 五種類、増えたってこと?」

「こないだ三体ずつ獲ってきたって言ってた。俺も早く、ドラゴン狩りに行きてーなー」

 三五、十五? 十五体だって?

「やばい!」

「絶対やばい!」

 僕とダンテはたじろいだ。

「嫌な汗出てきた」

 ビアンカが呟いた。

「どうしたんだ、みんな?」

 ファイアーマンはまだ気付いていない。

「おい、どうした? みんな顔色悪いぞ」

 アルベルトさんが言った。

「ちょっと、大丈夫?」

 ナタリーナさんとシモーナさんが心配してくれた。

 普段ならときめくシチュエーションのはずなのだが、脂汗しかでない……

「リオナ姉ちゃんが特訓するって言ってたぞ。兄ちゃんたちもうまそうな新種のドラゴン、見付けてきてくれよな」

 ピノ少年は瞳をクリリンと光らせた。

 ようやくファイアーマンも気付いたようだ。

「それってまさか……」

 先輩たちも目を丸くして驚きを露わにする。

「ナーナーナ」

「え?」

 いつの間にか隣にいたヘモジがすれ違い様に僕に言った。

「なんだって?」

 ファイアーマンが聞いてくる。

「タロスよりは弱いから大丈夫だって」

「……」

「え?」



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