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エルーダ迷宮ばく進中(程々にします)90

 残されたのは不機嫌そうなヴァレンティーナ様だけだ。

 でもその不機嫌の半分は既にポーズでしかない。普段の顔に戻るのが癪だから、取り敢えず装っているように見える。

 残りの半分はやっぱり納得していないのだろうが。

 結果として僕はダンディー親父から免罪符を貰った。出費は嵩んだが、まあ、今使わずにいつ使うんだという感じである。国としても正念場だ。元々西方遠征で、人も金も費やし過ぎている。結果だけ見れば、地ならしの半分が済んでいるのだから、よかったとも言えるが。適材適所で行なわれていたらと思わずにはいられない。

「でも、なぜ頼んでまで前線に出たいのかしらね? 普段のエルネストなら頼まれても敬遠したでしょうに? 出るとしても自分だけ出るという選択肢もあったのに。道連れにする理由は何? 聞かせて貰えないかしら?」

 僕は一通の手紙を手渡した。それは魔法学院で勉学に励むパスカル君からの手紙であった。

 内容は学徒動員。魔法使い故に拒めない現実が記されていた。


 優秀な魔法学院の生徒が戦場に投入されるケースはよくあることだった。むしろ慣例行事と言っても過言ではない。勿論、魔法使いは貴重であるから、ひよっこがいきなり最前線に送られることはない。大抵は小競り合いの後方支援程度であり、大規模戦闘に徴用されることはまずありえない。

 成績上位者のパスカル君たちが今回の戦いに投入されるのは当然の帰結であるが、運が悪いとしか言いようがない。

 後方支援と言ってもそれは平面上の陣形でいうところの後方であって、空から降ってくる敵に対してではない。空から降ってくる敵にとってどこまでが前で、後ろなのか? ドラゴンタイプの敵にとってどこまでが安全圏なのか?

 本人は後方で気楽だとか言っているが、パスカル君はドラゴンがどういう生き物か知っている。みんな一緒なら、一体だけなら負けないだろう。でもそれが二体になったら、三体になったら……

「大切なものが他にもあるので」

 ヴァレンティーナ様は大きな溜め息をついた。

 今回は僕もロメオ君も操縦室に引き籠もっているわけにはいかない。戦闘に参加しなければいけない。テトたちには悪いが、頼れるクルーが僕たちには必要なんだ。

「これを持ってきたのはレジーナね?」

 なんで分かるかな。僕は頷いた。

 姉さんは本来、これを封殺する側の人間だ。


 パスカル君には守秘義務があったはずだった。普段なら兎も角、派遣が決まった現状では、身内でもない僕に内部情報を流すのは危険極まりない行為であった。敵はタロスであるから、そこまで厳重な締め付けがないのだろうが、検閲に引っ掛かる可能性は充分にあったはずだ。いや、引っ掛かって姉さんに知らせが入ったのかも知れない。

 これが対人戦だった場合、魔法使いの誰々が参加するという情報だけで、対策を立てられ、劣勢に陥るような事態にもなりかねないのである。

 正直、パスカル君がこんなミスをするとは思えない。誰かの入れ知恵があったと考えるのが妥当である。少なくとも事態は好転する。


 姉さんは誰より僕を知っている。もし戦場でパスカル君たちの身に何かあったら、僕とこの国との関係は大きく変わってしまうことに気付いている。当然、姉さんとの関係もだ。

 頭で分かっていても、わだかまりというものはそうして蓄積していくものだ。

 だから姉さんは先手を打ってきた。

 僕の責任の及ぶ範疇に置くことが、肝要だと判断したのだ。

 ヴァレンティーナ様もこれには何も言えなかった。そりゃそうだ。パスカル君たちだって子供なのだ。テトたちと何が違う。強ければいいのか? ということになる。

 姉さんのことだ。入れ知恵をした人物は分かってるはずだ。何も言ってこないところをみると問題ないのだろう。

 そうなると僕にも大体見当が付くのだが。

「責任は重大よ」

 ヴァレンティーナ様が僕を穴が開く程じっと見詰めた。

 僕は拳をきつく握った。

「自重は程々にします」



 残り二ヶ月、いろいろやることができた。エルーダ攻略が済んで退屈になると思いきや、忙しくなりそうだ。

 何をおいてもまず僕がやるべきことは向こう側に持っていく要塞を造るための材料集めだ。こればかりは僕たちにしかできない。否、秘匿した情報を公開する気はない。

 今回は時間がないから僕の分の要塞は後回しだ。でも船は改造する。飛行石を搭載して軽くなった分、武装を増やす。『アローライフル』じゃなくても粘着弾などの投下武器。ベヒモスを倒したときに使った巨大鏃。自重している場合じゃない。

「パスカル君たちを五十階層で特訓するのです!」

「四十九階層のミノタウロスとも戦わせておいた方がいいだろうね」

 リオナとロメオ君もやる気満々だ。

「お主たちの弟分か、楽しくなりそうじゃの!」

「お前はその前にその親書を里に届けねばならんだろうが!」

「任せた!」

「なっ!」

「我には要塞建設という重大任務があるでな」

 僕たちはじとーっと見詰めた。

「怒られるのが嫌なだけだろ」

 ナガレに突っ込まれた。

「なんじゃと!」

「確かに交渉するのがお前ではまとまるものもまとまらん」

 アイシャさんがやむなく伝令役を引き受けた。



 天前月末日、パスカル君からギルド通信が来た。


『明日、合流する。総勢十名』


「十人?」

「ナー?」

「冬休みには早いわよね」

「客室は充分なのです!」

 相部屋だけどな。

「一緒に正月を祝えるな。こりゃ楽しくなりそうだ」


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