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エルーダ迷宮ばく進中(大肉祭り)88

 元々はうちの店子だけの祭りだったはずなんだけど、今となってはそうもいかない。お世話になっている人たちも大勢招待している。

 今回はマリアさんにもちゃんと招待状を出しているのだが、姿が見えないところを見ると有休取れなかったようだ。地団駄踏んでいる姿が目に浮かぶ。

「子供たち、多くないか?」

 獣人の大人たちが肉を噛みきりながら言った。

 最近人族の子供たちの参加も多くなっていたが、それは獣人の子供たちが仲よしを連れて来るようになったからだ。増える一方だったので、いっそのこと学校全体参加の社会活動枠に組み込んでもらった。当然、その家族も参加は自由である。

「先生! この肉おいしー」

「ほいしー」

「ドラゴンの肉ってほんと?」

「先生が獲ったの?」

「すげー」

「すげーな」

「さすが魔女の弟だよな」

「悪魔だ、悪魔」

「それ褒めてないから」

「お前ら、若様はこれでも貴族なんだぞ! 無礼なこと言ったら殺されんぞ!」

「お前こそ、殺されんぞ!」

 お前ら、加工前のダークドラゴンの肉食わしてやろうか?


「あっちにドラゴンの像があるんだって。行こうぜ」

 食事に飽きた子供たちが駆け回る。

「像?」

「食材のリアルサイズ」

「はあ?」

「なわけないだろ!」

 親父連中は酒を飲みづらそうにしている。アルコールが体内を一巡りするまでの間だけだけど。

 像は獣人の木工師たちがアスレチック会場に飾るために造った物を仮展示してあるらしい。今回の食材だけでなく、僕たちがこれまで戦ったドラゴンが勢揃いしていた。監修はリオナと実際にドラゴンを解体したお得意様の解体屋だ。どうせなら図鑑の絵ではなく、立体で残したいというのが、昨今の風潮なのだそうだ。

 どこぞの馬鹿が王国の闘技場でリアルサイズの氷像を作ったのが切っ掛けらしい。

 貴族のコレクターを中心に、大小入り乱れて結構な数が出回っているらしい。その波がこの町にも来たようだ。

「はぁ…… へー、こうなってたんだ」

 ロメオ君がディテールに凝った造りに感心しきりである。

 資料的な意味合いもあるから、手加減無用の出来だった。解体屋の経験が見事に反映された作品だった。

 ドラゴンを目にする機会がある者は限られている。だからこそ、これは貴重な体験になる。

「どうせならリアルサイズで、どこかに資料館でも」

「ははははっ、さすがご姉弟ですね。お姉さんも同じこと言ってましたよ」

 振り返ると姉さん御用達の、今では僕もだが、解体屋の御曹司が立っていた。

「ほんとに?」

「既に実物大のドラゴンの石像の製作が始まってますよ」

「先越されたね」

「別にいいけどさ」

「『魔物博物館』が来年、ドラゴン特設会場のみですがオープンする予定ですよ」

 僕の別荘地をさらに切り拓く気らしい。

 領地を切り取るための戦闘は『魔法の塔』の魔法使いたちの訓練にもなるし、一石二鳥か。

 そんなわけで、近い将来、より身近にドラゴンを感じることができるようになるわけだ。

 像の側には人形も置いてあるので、実際の大きさも一目で対比できるようになっている。なぜか人形の名前が『エルリン』になっているが、これは僕の身長に合わせたと言う意味だろうか?

「さすがリオナちゃんだね」

 ロメオ君に笑われた。

 像の周りは子供たちで一杯だった。いつまでも僕たちが占拠していては申し訳ないので場所を譲ってやった。

「『エルリン』だってさ」

「誰? エルリンって?」

「若様先生だよ。先生の名前」

「変な名前」

 爆笑が起こった。聞き耳を立てていた連中まで!

「リオナ姉ちゃんがそう呼んでるだけなの! 本当はエルネストって言うんだからね」

 チコの声だ。

「なんか、かっけー」

「そっちの方がかっけー!」

 人の名前で可愛いだの格好いいだの、やめろ。恥ずかしい……

 ロメオ君は笑いっぱなしだ。

「ピノたちが大人に見えるよ」

「兄ちゃん。この肉、無茶苦茶うめーな。今度一緒に連れてってくれよ」

 指定席に戻ったら、馬鹿面して肉を頬張っているピノたちご一行様がいた。

「同じか……」

 またロメオ君が笑った。

 テトたちとピノのパーティーが相席していた。レオはアイシャさんといるようだ。

「若様、うちも来たったでー」

 ワカバか!

 両手にナイフを持って、肉の塊を串刺しにしている。母ちゃん見てたら殺されるぞ。

「今日の肉、無茶苦茶うまいなー、今度うちもつれてってーな」

 お前らそれ以外の単語知らんのか?

 マルサラ村からも大勢来ている。強面ばかりだからすぐ分かる。

 親父さんも来てるみたいだな。

 長老たちのテーブルに相席していた。

「お待たせー、いよいよ本命のブルードラゴンだよー」

 タンポポとチッタ、ピオトが肉をどっさり持ってきた。

 子供たちの目の色が変わった!

「待ちに待った瞬間だね」

 ロメオ君が言った。

「今回は情報だけが先行したからな」

 普段なら狩ったその日に押しかけて来るのだが、今回はダンディー親父や、重大案件でそれどころじゃなかったからな。

「うめーッ!」

 ピノが吠えた。

 吠えたのはピノだけではない。会場中の老若男女が舌を巻いた。

「なんだ、この肉? 別の何かじゃないのか?」

 レッドドラゴンを食べた段階で、その上があったとしても大差はないはずだと思い込んでいたのだろう。でもブルードラゴンの肉は別格だった。期待を大きく裏切る一品だったようだ。

「溶けた!」

「消えた!」

 普段噛み応えを重視する獣人たちも、充分な噛み応えを残しながら、なおかつ忽然と消える不思議さに唖然としている。

「大お肉祭り成功なのです」

 リオナが人一倍大量に盛った皿の前でフフンと勝ち誇った顔をした。


 ブルードラゴンの肉が完食されると、レッドドラゴン、ダークドラゴンの順に平らげられた。

ホーンドラゴンを完食する一歩手前で会はお開きになった。初お披露目の他のドラゴンの肉もそれなりに出たが、これだけのラインナップが揃うと、やはりそれなりの評価に落ち着いたようだ。贅沢な話である。


 結局、姉さんたちは現われなかった。中央に行ったきり戻ってこない。

 どういう決定がなされるのやら、早く知りたいところである。

 日暮れ前に一応の閉会が宣言された。

 我が家の門扉が閉じるのはさらに二時間後。人族は段々捌けていくが、獣人たちは皆、まだまだ当分グダグダやるつもりである。酒樽もまだ残ってるし、すぐそこが自宅であるし。ついでに今夜の夕飯も込みでという家族も多い。

 ライトアップがされて、いよいよ獣人たちだけの時間という感じだ。炊事担当のおばちゃんたちもこのまま残り物で亭主たちの夕飯を作ってしまおうという魂胆だ。鉄板が厚底鍋に変わった。子供たちは腹ごなしに森のなかを駆けずり回る。

 さすがに日向の雪は溶けてしまったな。

「ナーナ」

 ヘモジが野菜ジュースを僕に持ってきた。

 どうやら最後の一樽らしい。

「食いも食ったり、飲みも飲んだり」

「ナー」

「次は正月だな」

「ナーナ」

 ヘモジと夕日に照らされて橙色に染まった城壁を見上げた。



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