エルーダ迷宮ばく進中(雪掻きと大肉祭り)87
僕は村々を巡り、魔石に火を入れて回った。
泥だらけの会場はごめんなので会場にも魔石を設置した。
こうなったら徹底的に乾かしてやる。ただし、ソリのコースを造るための雪は残さなければならないので、範囲は限定的である。
石の設置を終え、中庭から戻ると、チョビたちが雪を被りながら、ナガレの指示の元、雪掻きをしていた。
巨大化して大きな鋏を振るだけで根こそぎきれいになった。
街道の雪掻きに貸し出してやりたくなる豪快さだ。今は池の氷を割っている。池の魚を朝食にするらしい。
「そうだ! 忘れるところだった」
今日に限っては城までの道程の雪掻きもしないといけなかった。
祭りに参加できない外来者が大挙する本日は『アシャン家の食卓』の書き入れ時でもあったからだ。
「積雪で通れません」では、せっかくの商売も上がったりだ。
上から下りて来るときにドナテッラ様が魔法でなんとかするだろうが、いつもより多い仕込みをするために、いつもより早目の送迎が必要になるはずだ。
だからそれ以前に馬車道を通れるようにしておかなければいけない。
材料を提供する我が家にも売り上げの一部が入るのだから、これくらいのサービスはあってもいいだろう。
僕は積もった雪を吹き飛ばしながら丘の上を目指した。
火を使って山火事になっては困るので風魔法で吹き飛ばしていく。
この時間帯ならまだ雪も重くなりはしないので結構楽ちんだ。日が昇ったら溶けて重くなるので、それまでになんとか城門まで辿り着きたいところである。
カランカランと鈴の音がする。
もうそこまで馬車が来ている!
僕は風魔法の威力をセーブしながら進んだ。すると見慣れた馬車の御者台が見えてくる。
「お早うございます」
馬車に先行する人影が見えた。
「あら、お早う。悪いわね、こんなに早く」
ドナテッラ様だった。
後ろにはカーターが操る、送迎用の馬車が続いていた。
「お早うございます、若様」
「早いね、カーター」
「今日は特別ですから」
「そうだね。この先はもう終わってるから、下まで乗せてくれ」
「はい。ただいま」
カーターは昇降台を下ろしてくれた。僕のためというより主人のためだ。
「時間ができたようだから、打ち合わせも兼ねてアンジェラのところでお茶でも頂こうかしらね」
馬車がポッカポッカとなだらかな坂を下りていく。
城壁の影から日が昇る。
一気に空気が緩くなる。雪の表面が魚鱗のように輝き出す。
町のあちこちで雪掻きが始まっていた。
「雪、上がったみたいね」
森のなかにいたので気付かなかったが、いつの間にか雪はやんでいた。
「いい天気になりそうですね」
いつの間にか季節は冬に突入していた。
ドナテッラ様は僕と一緒に我が家の前で降り、カーターは従業員を拾いにガラスの棟前の広場に向かった。
アンジェラさんは突然の来客にも笑みを絶やさなかった。
入れ替わりにヘモジが家を飛び出していった。温室の様子を見に行くそうだ。
ユニコーンたちがいつもと変わらぬ時間に東門から入場してくる。雪の白と混ざり合って今日ばかりは余り目立たない。
既にユニコーンの溜まり場には温泉の湯煙が棚引いている。
「冬のこの張り詰めた感じ、好きだなぁ」
「オクタヴィアは嫌い。寒いから」
梁を伝って僕の肩に降りてきた。
「まだ寝てればいいのに」
「ヘモジに尻尾踏まれた」
「そりゃ、お気の毒様」
オクタヴィアが大きな欠伸をする。
二度寝するには誘惑的な朝食のいい匂いが漂ってきた。
「焼き立てのいい香り」
「先に朝食にするか」
祭りまでやることがなくなった。狩りに行くには半端だし、いつも通り地下に潜った。二ヶ月後、決戦がある。そのための準備が必要だ。勝つために。負けないために。
そのためには薬の増産だ!
西方深部、敵はミノ…… じゃなくてタロス。迷宮補正が効いてもレベル七十越えの化け物だ。全部を守り切れないことは分かってる。でも、僕の目の前で死人なんて出させない。出て欲しくない。ラヴァル…… あの人のように全部守ってみたい。
でも駄目だ。分かってる。戦場は甘くない。パーティーだけ守っていればいいだけの迷宮探索じゃない。
しかも僕たちは穴が開いたときに管理人に会いに行かなきゃいけない。そしてゲートキーパーを穴が閉じる前に、向こう側に届ける一団に手渡さなければいけない。今はなき旧ファーレンの遙か向こう側へ、普通に行っては一日で辿り着けない遙か遠くに。
戦場で戦う時間は僕たちにはない。だから誰も守れない。助けられない。結果を後で耳にするだけだ。それも勝てたらの話。
だから、僕たちがいなくても、少しでも多くの人たちが無事に帰ってこられるように。
「手が止まっておるぞ」
「え?」
エテルノ様?
「何を考えている?」
「いえ、別に」
「戦場で散る命の心配か?」
僕の手元を見た。
「僕たちは当日、戦闘には参加できないから」
「管理人から預かったファイルを覗いたが、そんなことは書かれておらんかったぞ」
「え?」
「あれに書かれておったのは敵の情報と、ゲートキーパーを向こう側に届ける算段だけじゃたが」
「ほんとに?」
「嘘ついてどうする? 決めるのは王様じゃろうが、我らがゲートキーパーを届けるのは恐らく迷宮の出口までじゃ。その後の行動まで制限されてはおらんぞ。お主が望むのなら、とって返して西方の戦線に突入することも可能じゃ」
「届けるついでに入り口の穴から向こう側に行くんじゃ?」
「ゲートキーパーが起動しさえすれば、穴が閉じた後でも向こう側に行くことができるようになる。行きたければ、前線の敵を駆逐してからでも構うまい?」
「そりゃそうだけど……」
「悩むのは後回しじゃ! 今日は楽しい日じゃぞ。楽しまんでどうする! みんなが驚く顔が見られるのじゃぞ。ワクワクするの」
そうだな、いずれ放っておいても呼び出しを食らうだろう。今は祭りを楽しもう。
「エルリン、お肉運んで欲しいのです」
リオナが顔を出した。
寒いなかを走り回って上気した頬が赤く染まっていた。
楽しそうだな。
「あいよ。今、運んでやるよ」
昼が近くなるに連れ、いつものように会場に人が集まり始める。
樽を開けて、リオナが壇上に上がるのを、今か今かと待ち侘びる。
そしてリオナが満を持して長老たちと登場する。
「今日は寒かったのです! でもみんな雪掻き頑張ったのです! だから開催できるのです! もうみんなも知ってると思うのですが、ドラゴンの肉の序列が先日変わったのです。本日はなかでも最高ランクの肉を用意したのです。大いに食べて、飲んで…… 早く食べたいのです。挨拶はもういいのです、かんぱーい!」
「かんぱーいッ!」と、相変わらずでたらめな挨拶に歓声が上がった。




