エルーダ迷宮ばく進中(大肉祭り前)86
翌朝、来なくていいという知らせが届いた。
どうやらダンディー親父のところで話が止まっているらしい。
議会に掛けるには、危うい内容が多分に含まれていたからだろう。ゲートキーパーを初めとする二つの希少石とハイエルフの件に関しては本題とは別の案件であるから、別の案件として処理するらしいが、向こうの世界をどう処理するかで苦慮しているらしい。
討伐を行なうことに異論はないが、向こうの世界とこちらを繋ぐかはまた別の問題であり、所有権も定まっていない問題であるから、支配権に関しても何もないわけで、誰が、どの様に開発するか、紛糾することは目に見えていた。希少な石の件も公にすれば混乱は必至だ。特に鏡像物質は統治者にとって諸刃の剣となりかねない。
結局、謎の多いハイエルフにすべて押っ被せてしまおうという結論に達するのは必然だった。
この間会ったばかりのダンディー親父が飛んできて、エテルノ様に最長老宛の手紙を渡す程、事態は深刻化していた。
結論として希少な石もゲートキーパー同様、ハイエルフの過去の遺産という形に収まった。勿論あるだけすべてを放出したことにするらしい。今回使った分以外はもう存在しないと。
と言いつつ、ダンディー親父は旗艦をより強力な物にしたいから飛行石を内密で寄越せと言ってきた。
さらに今回大量に集めた『第二の肺』を使って飛空艇を五隻献上しろとのお達しだ。後者に関しては自重しなかった罰と言うより、今後の話し合いのバーターに使うつもりらしい。
隠密船もこっそり二隻用意しろと言われた。諜報部が使うらしい。そちらは今後の迷惑料だそうだ。一切合切の費用はこちら持ち、処分したドラゴンの代金で賄えるから痛くはないが、ほんとたかるのうまいよね。
「どうせ、造る気だろ? 程々にしておけよ」と代わりにこっそりお墨付きを貰った。自重しろとは言わないところが為政者の貫禄というものだ。
ゴーレムを量産化させた暁には、王宮の大門を守護するための二体を献上しよう。
すべてが収まるのに結局、一週間を要した。
案の定、子供を向こうの世界には行かせられないと、僕たちの出番はなくなった。
一方でハイエルフ側から依頼が来た。
ロメオ工房にゴーレムの発注である。まだどんなゴーレムができるのかも分からないのに。鈍重なだけのゴーレムかも知れないし、強力なエレメンタルゴーレムかも知れない、はたまた最強の古のゴーレムかも知れなかった。
幾ら掛かるか分からないのに、十体分の製造を依頼された。
さすがにロメオ君の部屋や我が家の宝物庫ではもう作業を続けられないので、工房を立ち上げることになった。安全や機密保持を最優先して、別荘の地下の大空間をさらに掘り下げ、そこに巨大工房の建設を行なうことにした。行なうのはうちの姉さんとその一派なのだが……
思いっきり建設費をぶんどられた。
迷惑の掛け通しだったので、これくらいは妥当な線だと思われる。そう思ったのも束の間、姉さんは僕よりぶっ飛んでいた。
「やるならこれくらいやらんとな」
「はあ……」
ロメオ君と、一緒に付いてきたリオナと三人で高い天井をあんぐり口を開けて眺めた。
「工場、ゴーレム用の資材置き場、そのための物資搬入用の転移ゲート。搬出用の移動キャリア専用ドック」
天井に巨大ハッチがある。
「出口はどこに繋がってるのかな?」
方角が分からないな……
「まさか! 湖のなかから!」
「馬鹿か」
一蹴された。
「いや、なんとなく浪漫かなと思っただけ」
「扉開けたら水没するのです!」
「水没しない。ここはまだ山の中腹だぞ」
「キャリアって?」
「ゴーレム用の運搬船だな。地上を行くわけにはいかないから仕方ない」
「巨大要塞か!」
「造るな!」
「格好いいのです!」
「これこそ秘密基地って感じだねぇー」
ふたりはまだ広い空洞を見ながらうっとりしていた。
ハイエルフは扉の向こう側の管理を意外にあっさり引き受けた。条件は隠遁船と航路の保証、その他諸々であるが、相当破格な条件だったらしい。
アイシャさん曰く、エテルノ様がやって来た段階で里はある程度の覚悟はしていたらしい。要は踏ん切りをいつ付けるか、それだけだったようだ。
ゴーレムの完成を以て、要塞に送る人員を削減することを条件に取り敢えず引き受けるそうだ。
僕と関係するところでは別荘地近くの森を無償提供すること、そこにハイエルフの総督府を置き、治外法権とすることなどが盛り込まれた。開拓が行なわれていない土地は基本未開の地であるわけだから、お好きにどうぞという感じだ。
こちらとしては強力な魔物の侵入を阻止する壁にもなって貰えるわけだし万々歳である。
別荘は僕の手を離れて、どんどん大きくなっている。ミコーレからの客人が頓に増えているようだった。転移ゲートの手数料が結構儲かることを知った。観光地なので一割増しになっていると姉さんは言った。それでも強突く張りな領主に比べて破格の値段だそうだが。
魔法の塔の収益も鰻上りらしい。来年度の研究開発費は実質三割増しになるだろうとのことだった。
最近はミコーレ側からも魔法使いの往来が増え、交流が盛んに行なわれているようだ。
アースドラゴンを定期的に狩る仕事は僕の手を離れて、彼らの手によって行なわれるようになった。ミコーレ側も結婚式のお披露目以来、ドラゴン装備の売り上げが伸びているようで、いい資金源になっているとのことだ。
「ケバブ食べたくなったです……」
当然ケバブ店もある。
領主館に出向く必要がなくなった日。
リオナは大肉祭りの開催の打ち合わせをしに長老たちの元に向かった。ロメオ君はゴーレムの生きたコアと格闘し、ロザリアは急ぎ聖都の祖父の元に。アイシャさんはエテルノ様の代わりに里に向かう準備を整えていた。
「じゃあ、行ってきます」
僕はと言えば、ヘモジをお供に相変わらずの材料集めである。
「大猟、大猟」
「ナーナー、ナーナー」
タイタンも狩ってきたからヘモジもご機嫌である。
「決定したのです! 二十七日、大肉祭り大会なのです!」
リオナが飛んできた。
「二十七日?」
僕は装備を下ろした。
「明日じゃないか!」
「もう決定したのです。告知は前からしていたのです」
聞き耳立ててただけだろ?
「長老がいいと言ったんなら構わないよ」
「決まりなのです!」
「ナーナ!」
ヘモジは例の料理研究家に速報を打つべく、出て行った。
まったくギルド通信する召喚獣ってどうなんだ?
「お金あるのか?」
「ナーナ」
そうだった。ヘモジは最近、羽振りがいいんだった。
オクタヴィアは幸せそうにチビコタツで寝ていた。卵の寝床は洗濯されて、中庭の物干し竿に吊るされていた。
「今年は雪が少ないな」
去年の今頃は獣人たちのソリのコースができあがっていた気がするけど。
「明日、大雪になって中止になったりして」
まさかほんとに大雪になるとは……
翌朝、寒いと思って窓の外を覗いたら、町は今年最初の大雪に見舞われていた。
「こりゃ、雪掻きで祭りどころじゃなくなるな」
ああ?
突然、村の方が騒がしくなった。
しばらくすると村に煙が立ち昇った。
まだ夜明け前なのにゾロゾロと村人たちが雪原に集まり雪掻きを始めた。
もしかして僕の呟きが聞こえたのかな……
我が家からも若干一名が飛び出していった。
「そんなに肉食いたいか。しょうがないな」
愛すべき隣人よ。今、協力しに行くから、無理するな。
僕はいつもより厚着をすると、大き目の火の魔石を持ち出した。去年もやったけど村々に、雪を溶かすための熱源を提供しに行くのだ。
家人たちは皆、まだ夢のなかである。
オクタヴィアが尻尾だけコタツから出していた。
「ヘモジに踏まれるぞ」
起きてくるみんなが寒くないように、帰ったときに暖まれるように、ついでに暖炉にも火を入れておいた。




