エルーダの迷宮再び(残滓)15
連中の目的が脱出用の転移結晶を使わせることなら、僕たちはそれをしなければいい。
そうすれば業を煮やした向こうから、姿を現すはずだと僕たちは考えた。
こちらを子供と侮っている以上、複雑な作戦を取ってくるとは考えにくい。
彼らは分かり易い方法をとってくるはずだ。
それはつまり地下一階の出入り口をフェンリルで塞ぐということだ。
案の定、入ってきたゲートを塞がれたことで、予想は確信に変わった。
恐らく地下二階へ下りる階段前でもフェンリルが道を塞いでいることだろう。
だが僕たちは包囲網を破って、ゲートを使わず一階フロアから歩いて外に出て行った。
迷宮の入り口の横、転移ゲート広場に怪しい男たちがふたり、ゲートの方を見て身構えている。
「いつまでもやってなよ」
僕は心のなかで捨て台詞を吐きながら宿食堂に戻った。
遅い昼飯である。
奴らの斥候が僕たちを捕捉したのは食事が終って、リオナの使っている弓の弦を張り直しているときのことだった。
連中の慌てぶりは正直笑えた。ひとり、またひとりと、僕たちの姿を確認するために増えていくのだ。
こちらが包囲網を突破したのが信じられない様子だった。
リオナには彼らの会話が聞き取れていたのかも知れない。たまに吹き出しそうになっては口を押さえてこらえている。
そのなかには例の男もいた。
彼らが再びちりぢりになった頃、頼んでもいないジュースを店員が持ってきた。
「あちらの方からです」
見るとカウンターに私服姿の門番さんが腰掛けていた。
うわっ、似合わない派手なシャツだ。
「コースターの下にメモ書きが挟まれていた」
『人物特定完了。作戦実行されたし』
冒険者ギルドが敵の構成員の特定を済ませた合図が来た。
いよいよご対面である。
僕たちはゲートに向かった。ゲートからの入場である。敵も焦ってきているはずだ。多少の荒事は覚悟していることだろう。
証拠を集めるにはいいタイミングである。
僕たちがゲートを使おうと列に並ぼうとすると、後ろからふたり組の冒険者が現れて、割り込んできた。
「悪い、先に行かせてくれ」
僕たちはどうぞと順番を譲った。列は順調に捌けていって、目の前の男たちの番になった。
ゲートが開いた瞬間、男たちは振り返り、僕たちを引きずり込んだ。
僕たちは勢いに任せて男たちに体当たりをかましてゲートからはじき出す。突然の行動に男たちは尻餅をつきながら目を丸くしている。
僕たちは男たちを残し転移の光のなかに消えた。
「ようやくご対面だな。小僧ども」
今朝方、姉さんとトラブった男だった。
ゲート部屋を抜けると目の前に仲間を従えた男が立ち塞がっていた。
後続の男たちがいないことに多少いぶかしそうな視線を向けたが、すぐ気を取り直してこちらを睨んだ。
目のなかに怒りがたぎっている。
からかい過ぎたか?
どうにもこちらとあちらでは温度差がある様な気がしてならならないのだが……
「粘着質は嫌われるよ、おじさん」
仲間は九人、意外に大所帯だった。
僕とリオナは剣を抜く。
「やる気か小僧? つくづく生意気なガキだぜ」
敵も一斉に抜刀した。
おや? やけに統率が取れている……
こいつら冒険者じゃないぞ!
「冒険者じゃないのです」
リオナも気付いたようだ。
皆、我流に走らず武術の型が身に付いてる。
構えも足運びも日々精錬されたものだ。ゴロツキとは違う。
これは…… 手強いかもしれない。
冒険者は魔物相手に特化した職業だ。故に対人戦は不慣れな者が多い。だが、兵隊はその逆だ。
リオナは兎も角、ロメオ君を連れてきたのは間違いだったかも知れない。この距離では魔法使いは圧倒的に不利だ。
と思いきや既に詠唱を始めている。
やっぱ、ロメオ君は凄いわ。
男の後方にも魔法使いがひとりいて、こちらも既に詠唱を始めている。リーダーの男の横には槍持ちがふたり。その周りにさらに剣装備が五人だ。
「なんのようかな? 嫌がらせにしちゃ、大人げないんじゃないかな?」
「嫌がらせ? なんの話だ?」
男はからかうようにこちらを笑った。周囲の男たちも笑っている。
むかつく奴らだ。
「ラヴァルの手下なのです! 元北の砦の残党なのです。本国にも帰れないゴロツキなのです。狙いはエルリンなのです。首を手土産に本国に戻る気でいるのです!」
男たちは正鵠を射られて驚いている。
やっぱり姉さんに吹き込まれていたか。
二回も空振りはするわ、建設的な助言はするわ、落ち込んだ小芝居はするわ。
「なんで分かった?」
「『ヴァンデルフの魔女』のローブに気付かなかったのです。あれは王宮魔法騎士団の制服なのです。この国の国民ならみんな知ってるのです。喧嘩なんてふっかけるのは馬鹿だけなのです。だからすぐ外国人だと分かったのです。後は最近、外国人がこの辺りで起こした事件を照合すれば……」
「砦にいたのなら当然知ってるはずだろ? 魔女様は大活躍だったんだからな」
「夜警だったからです。だから見たことがなかったのです。昼のラヴァルの特攻にも参加できなかったのです。あの包囲網のなか逃げ出せたことには感心する…… です」
ちょっと、リオナさん。誰の言葉を伝聞してるのかなぁ?
「逆恨みもいいところなのです」
「そこまで分かってるなら、説明はいらねえな。同胞の敵討たせて貰うぜ」
「だから逆恨みだって」
男たちが一斉に動いた。
後方の魔法使いが僕に魔法を放った。風の矢の連射だ。
ふたりを守るべく結界は既に展開済みだ。
魔法はすぐさま僕たちの目の前で掻き消えた。
魔法使いは驚愕しながらも、次の魔法を放とうと杖を振る。
だがノーマークのリオナが銃で杖ごと魔法使いを吹き飛ばす。
男たちが戸惑った一瞬、ロメオ君は風の刃を周囲にばらまいた。
男たちは視界を奪われた。
僕は一番近くにいた男の膝を切りつけた。そして氷槍を二人目に見舞った。
リオナは姿を消したかと思うと、反対側の男ふたりの足の腱を切り裂いた。
残ったひとりがロメオ君を襲うが、雷が頭上に落ちる方が早かった。
そして回復薬の入った鞄はリオナに押さえられ、中身をぶちまけられた。
「ば、馬鹿な……」
男はひるんだ。
代わりに槍持ちの男ふたりが前に出て、僕目掛けて突いてきた。
突然、結界が消えるのを感じた。
『結界砕き』だ!
僕は咄嗟に槍を払うと、結界を張り直す。
二本目の槍がギリギリで結界に弾き返される。
右手がスキル持ちか!
バンッとリオナの銃が男の槍を落とした。男の手から血が吹き出した。
あれではもう武器は持てまい。
残った槍持ちが大きく踏み出すと、僕とリオナを巻き込むように薙ぎに来た。
ロメオ君の風の矢が男の顔面にヒットして、男は吹き飛ばされた。
「おおおおっ!」
最後に残った男は声を上げ、剣を上段から振り下ろした。
結界がまた消えた。
こいつもスキル持ちか!
「『一刀両断』ッ!」
エンリエッタさんと同じスキル!
僕の『一撃必殺』と同様、発動したらもはや防げない。
『誰がそんなことを決めた? あの女は敵にとどめを刺したか?』
あれ、そういえば結界を引き裂いただけだったような。
『力の勝る者が勝つのが世の習いだ!』
誰だ、あんた?
『完全なる断絶ッ!』
え?
ラヴァル?
僕のなかから気合いがみなぎる。
戦場で見たラヴァルの様に。
『切れるものなら切ってみよぉおおおお!』
僕の結界は視覚化される程強く輝き、男の剣を砕いた。
男は驚愕して目を見開いた。
僕は男の身体を切り裂くべく剣を薙ぐ。
「そこまで!」
突然、後ろから声が響いた。
振り返ると冒険者ギルドの応援が周りを包囲していた。
「作戦終了よ」
マリアさんが言った。
すぐ隣に見慣れた姿があった。
「姉さん……」
やっぱりそばにいたか。
「ミコーレの残党ども、全員逮捕する!」
ギルドの職員が男たちを拘束に掛かる。歩けぬ者には回復薬が処方された。
男が隙を突いて隠していた短剣を抜こうとする。が、すぐに止められた。
げっ、踏み込みが見えなかった。
止めに入ったギルド職員はかつての僕の教育担当だった男だった。
「ミコーレ公国皇太子ジョルジュ・ブランジェ侯の名において、我が領内のミコーレ残党には恩赦が出ている。速やかに帰国するがよい」
男たちは何が起きたのかわからず惚けている。
「回復薬を飲む暇すら与えぬとは…… 末恐ろしい子供たちだ」
僕の顔を見て男は言った。
『すまぬ…… わしのせいで苦労を掛けた』
ラヴァルの声がした。
もしかして取り憑かれた?
「言霊だ」
姉さんが言った。
「ユニークスキルを前任者から受け継ぐとき、前任者の思念が混ざることがある。それを言霊と言うんだが、前任者の意思とは関係ないから無視して構わんぞ」
何も言ってないのになんで分かるんだ?
「なんて?」
職員に拘束された男が聞いてきた。
「なんて言った? その言霊は……」
僕は言うべきか迷った。
でも傷ついた男たちは全員、僕の声を待っている様子だった。
「『わしのせいで苦労を掛けた。すまない』って……」
男たちは全員うつむき、むせび泣き始めた。
「親父ぃ」
男たちは皆、袖で目を覆いながらラヴァルの死を悼んだ。
慕われてたんだな、あの豪傑将軍は……
「後がつかえている」
教育担当だった男が僕の背中を押し、「先に行け」と言った。
僕たちは促されるまま、その場を後にした。




