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エルーダ迷宮ばく進中(報告会)84

 報告はその夜に行なわれた。

「で、時期は?」

 あ、聞いて来なかった。

 二ヶ月と言っていたけど、肝心な詳しい日時を聞いてくるのを忘れてきてしまった。

「具体的な日時は分からんそうじゃ」

 あ、そうなんだ……

 エテルノ様が自分が受け取った資料をテーブルの中央に提示した。

 ファイルを手に取ったヴァレンティーナ様は何も言わずに表紙を閉じた。そこにあったのは古代エルフ語の羅列だったからだ。

「計測は難しいらしいの。ただ空の色が変わるから、予兆には困らないそうじゃ」

 出席者は僕たちとヴァレンティーナ様と姉さん、エンリエッタさんとユキジさん、それと宰相殿と爺ちゃんだ。ここで話し合われ、精査された情報が、明日の朝、ダンディー親父にもたらされることになる。

「まずは翻訳からじゃな」

 爺ちゃんがファイルに目を通して言った。どう見ても一日じゃ無理でしょ。


 僕たちの情報は個々としては不完全なものだった。が、それぞれ不足を補いつつ、ほぼ聞いた通りの内容を提示することができたと思う。

 ただ残る一つの謎を残して。

「それで、お前の隠しごとというのはなんなんだ?」

 姉さんが僕に顔を近づけた。

 するとエテルノ様が横槍を入れてきた。

「これじゃ」

 そうして鈍い金色を発している小さな石ころを提示した。

「なんなのかしら?」

 ヴァレンティーナ様が先に手に取った。

「軽い! 軽いわ。なんなの、この石?」

 石は姉さんの手に渡り、ロッジ卿に、ロッジ卿から爺ちゃんに、それからエンリエッタさん、ユキジさんの順に手渡された。

 羽のように軽い石を手にとって全員が虚を突かれて動けずにいた。

「それともう一つ」

 エテルノ様がヴァレンティーナ様の手のひらに何かを置く仕草をした。

「!」

 ヴァレンティーナ様は言葉を失い、自分の手のひらをじっと見詰めた。

 周りは何ごとかと覗き込む。が、そこには何もない。

 ヴァレンティーナ様は細い指をゆっくり畳んで感触を確かめる。

 短く息を吐いて、隣りの姉さんに同じように何かを手渡す仕草をする。

 すると今度は姉さんが同じ反応をする。

「これが我らの秘密じゃ。管理人はこれを使い、あちら側にゲートキーパーを守るための要塞の建設を行なうように我らに依頼してきた」

「なんなのです? この石は」

「最初に手に取って貰った石は飛行石じゃ。今は金を含ませ重くしてある。本来は浮く程に軽い石じゃ」

「まさか! お伽話じゃあるまいし」

「現にこうして目の前にあろうが」

 エテルノ様が否定するロッジ卿に小石を飛ばした。

 ロッジ卿は受け損ねた。が、石は宙に浮いていた。

 エテルノ様は分離した金の塊をちらつかせた。

「そんな……」

 宰相殿は言葉を失った。

 驚くのは当然だ。これはドラゴンの『第二の肺』を不要とする発見に他ならなかったからだ。

「誰にでもしていい話ではなくなりましたな」

 頭の切れるロッジ卿はことの重大さをすぐに理解した。

「それともう一つは――」

 エテルノ様が持っていた金の欠片を何も持っていない手のひらの上に落とした。

 すると見る見るうちに半透明の石がその姿を現わした。

 今度は全員から溜め息が漏れた。

 ただこれには若干の解説を要した。

「鏡像物質…… こんな物がこの世界にあったとは……」

「これで周りを囲うことで視認されないようにすると言うわけね」

「ゲートキーパーを失うことは許されない。あちらの世界に行った者たちの生命線になる物じゃからな。どんな手を使っても守らなければならぬ」

「わたしはこんな物騒な物を隠していたあなたたちを問題にしたいのだがな」

 ロッジ卿が言った。

「冒険者は自己責任。己の力で手に入れた所有物をどうするかは冒険者の勝手じゃ。そもそも教えてやる必要がどこにある? 我らに軍資金を一度でも出したことがあるか?」

「そもそもあなたたちはこれで何を造る気だったのかしら?」

「移動式の別荘兼、飛空艇専用の空中ドック。これから南方に行くことも多くなりそうだし、あってもいいかと思って」

「それとハイエルフの里とを行き来するための隠密船じゃ!」

 え? それは初耳。エテルノ様、そんなこと考えてたのか?

「ハイエルフの里と航路を繋ぐですと! 誠ですか?」

「アイシャを見て思ったのじゃ。ハイエルフももっと外の世界に出なければいけないと。勿論反対派も多いじゃろうが、レオのように後に続く者もおる。我らも変わるのじゃ。じゃが我らの里が持つ膨大な知識と財産は人族たちには目の毒にしかならぬ。故に姿を隠しつつ、行動するのがよいと考えた。この町やこやつの領地はその点使い勝手がよいのだ。異民族を受け入れる度量がある。いらぬ干渉を排除し、なおかつ我らの素性にも黙って距離を置いてくれる。空中ドックは誰の目にも止まらぬ故に、隠密船の寄港先としても、我らの玄関口としても最適なのじゃ。この通りじゃ。謀反の類いでは決してない。ハイエルフの長の名に掛けて誓おう」

 エテルノ様が頭を下げた。

「そんなこと一言も……」

「驚かせてやりたかったのじゃ。お主ならきっと喜んでくれる。そう思ったのじゃ」

「そりゃ、嬉しいですよ。アイシャさんやレオの家族にも会ってみたいし」

「リオナもなのです!」

「僕も会ってみたい」

「わたしもです」

「ナーナ!」

「オクタヴィアも!」

「あんたは会ってるでしょ!」


「参りましたな……」

 爺ちゃんとロッジ卿は本当に困った顔をした。そりゃそうだ。ハイエルフの里がよもや動き出すなどと想像だにしていなかったのだから。隠れ里に籠もった世捨て人。高度な文明を持ちながら、人畜無害が売りだったはずなのに、それが干渉してくるとなれば一大事である。

「分かったわ。ハイエルフの件、好きになさい」

「姫様!」

「いいの?」

「ただし、アールハイトの外でお願いね。王国国境を、姿を隠したまま越えてはならない。その場合、密入国者として厳しく咎めるということでどうかしら?」

「あい分かった」

「まあ、時間稼ぎにはそれでよいでしょう」

 ロッジ卿も頷いた。

 具体的な法整備には時間が掛かるし、世論を誘導する必要も出てくる。なにせ一部神格化されているハイエルフのお出ましであるから、下手をすると王権にも関わってくる一大事なのだ。その調整を元老院の石頭たちとしなければならないのだ。

「今回の件、いい機会なんじゃないか?」

 姉さんが言った。

「どうしてだね?」

「ゲートキーパーをハイエルフの技術だということにしてしまえば、事態は丸く収まると思うのだがな。ハイエルフがその技術を以て世界を繋いだということにしてしまえば、その保守点検にハイエルフが巷に増えたところで何もおかしくはあるまい?」

「なるほど、面白いことを考えおるの」

 爺ちゃんが感心する。

「分け前を欲しがる馬鹿も増えましょうが、ゲートキーパーのもう一つの出入り口を王国内に定めて貰えれば……」

「王宮との取引が成立した以上、下の者は口出し無用と? いい案ですね。王様の権威も守れるし、さすがは宰相様」

 ユキジさんに褒められて、ロッジ卿が年甲斐もなく赤くなっている。あからさまに褒められることが余りないのだろう。普段は苦情係みたいなもんだからな。

「では、その方向で父上に――」

「あの、うちの祖父も混ぜて貰えませんか?」

 ロザリアが言った。

「その…… 迷宮はそもそも教会の管轄でもあるわけで、なんというか……」

 ここで教皇が蚊帳の外ではやはりまずいことになる。迷宮が絡む案件で頭越しに事態が収拾されてしまったら、面目丸つぶれである。組織の存続の意義すら危ぶまれる。それは冒険者ギルドも同じこと。

「先が思いやられますな」

 宰相殿はロザリアの案を受け入れた。

 一旦、この場はお開きになった。今夜はもう遅いから僕たちは僕たちで明日もう一度ここに集まることになった。

 王宮は寝ずの一日になるだろう。

 爺ちゃんは資料の翻訳のために魔法の塔に戻った。こちらが手伝わなくて済んだことは大助かりだ。中身を読んでおきたかったけれど。

 兎に角、僕たちは家に戻ることにした。

 


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