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エルーダ迷宮ばく進中(管理人)80

 床が軋んだ。

 木の床だ!

 薄ら光る明かりは魔石のそれではなかった。古風なオイルランプが天井の梁からぶら下がっている。

 煤けた臭いが鼻に付く。

 壁は無垢の板張り、所々に小さな額縁が掛けられている。

 長い木の廊下が明かりのその先まで続いていた。

 明かり取りの窓ぐらいがあってもよさそうなのに。

 僕は懐中電灯を取り出した。

 天井の梁の上に大きなカヌーが逆さまに差し込まれていた。オールも二つ並んでいる。

 ここは納戸を兼ねた渡り廊下か何かか?

 足元にも、ジャガイモの入った樽や使われていない雑貨が転がっていた。

 妙に生活感のある場所だな。

「!」

 そうだ! みんなは?

 振り返っても誰もいなかった。転移ゲートすら消えてなくなっていた。

 脱出用の転移結晶を握り締めた。が、これも反応しない!

 僕は咄嗟に剣を抜いた。

「嘘だろ? 引き離されたのか? これは罠か?」

 リオナ…… ロメオ君…… ロザリア……

 みんな無事なのか?

 それとも転移できたのは僕だけなのか?

 もしかして別々の場所に飛ばされたんじゃないのか?

 それなら急いで合流しないと!

 そうだ! ヘモジ!

 僕はヘモジを再召喚した。

 だが何かに遮られて呼び出すことができなかった。

 懐中電灯が使えているということは魔力自体は使用可能ということだ。となると故意に封じられているということか。

 僕は探知スキルを放った。が、味方はおろか、敵の反応すらなかった。

 これも遮断されているのか。

「前に進むしかないか……」

 待っていても埒があかないと判断して、戦闘には不釣り合いな雰囲気の廊下を僕は進み始めた。

 完全な一本道だった。

 積み上げられた書籍が先に行くに従い増えてくる。

 それらは段々高く積み上げられ、行く手を遮り、その内、歩く隙間すらなくなっていた。

 本の山の向こうに扉があった。本を掻き分け、先を進んだ。

 窓枠には埃が溜まっていた。

 扉を開けると目の前の景色が一変した。

 とても大きく広い場所に出た。

 壁一面に本がぎっしり詰まった本棚がずらりと並んでいた。床には本棚の列が仕切りを作り、重厚なテーブルが列をなして鎮座していた。

 壁も床も相変わらず無垢の木材でできていたが、ワックスで磨いたばかりのように金色に輝いていた。

 照明は天井から吊り下げられた光の結晶。

 明るい空間が広がっていた。

 視線より遙かに高い場所に、窓の代わりに大きな絵画が掛けられていた。抜けるような青空が描かれた風景画だった。

 紙をめくる音がした。

「人がいる……」

 並んでいる本棚の間を抜けて、僕は注意深く音のする方へ進んだ。

 本だらけだ。デッドスペースというスペースには本が積み上げられていた。

 これじゃ、掃除をする人間が大変だろうにと思わずにはおれなかった。

 足音を立てないように近付いていくが、僕の隠遁はすぐに見破られた。

「大丈夫、ここは安全だよ」

 その人物は背を向けたままそう言った。

 大きなテーブルの上でこれまた大きな本を開いていた。

 ペラッとまた一枚頁をめくる。

 僕はその人物の正面に回り込もうとした。

 するとその人物は側にあった椅子を指差した。クッションが敷き詰められた大きめのソファーだった。

「ようこそ、やっと会えたね。エルネスト君」

 僕はその人物を見て驚いた。

 黒い髪、黒い瞳のローブを着込んだ青年だったからだ。

「どうして僕の名を?」

 勇者?

 彼は笑っただけだった。

「お仲間は全員無事だよ。今頃みんな別の僕と会っているはずだからね」

 彼は本をバタンと閉じて、近くにあったティーセットを引き寄せた。

 魔法使い? これは幻覚?

「初めまして。ここの管理棟のキーパー、ヤマダ・タロウと申します」

「勇者ッ!」

「偽名です」

 え? 

「私の名前は長ったらしいので、適当に」

「……」

「さあ、どうぞ」

 カップを渡された。

 剣を引かざるを得なくなった。そしてそこにお茶が注がれる。

「長い話になりますからね。砂糖は幾つ?」

「二つで。本当にみんなは無事なんですか?」

「保証しますよ。傷付けたりはしません」

 

「さて、何から話しましょうか……」

「空に空いた穴について」

「本題はそうなんですが、その前にいろいろ話しておかなければいけないことがありましてね。何から話したものか……」

 目の前に突然、本のしおりが現われた。そこには大きな文字で次のように書かれていた。

『ことの始まり』

『歴史』

『やるべきこと』

『展望』

「ううむ……」

『ことの始まり』と書かれたしおりを残して、他を取り下げた。

「順番に話しましょう」

 そう言うと彼はカップを置き、先程立っていた場所に戻った。

 僕が立ち上がろうとすると、手で制止した。

「この世界の成り立ちから話すことに致しましょう」

 講義が始まった。先程の本を開き直した。

「この世界の元々の名はアールヴヘイム。巨大なトネリコの樹に支えられし、エルフ族の支配する世界でした。そう、この世界は元々エルフ族のものだった。因みにあなたたちの先祖がいた世界の名はミズガルズと言います。あなたの言う勇者がいた世界です」

「ほんとにあったんですか! 勇者の世界が!」

「『異世界召喚物語』を初めとする逸話の多くは史実からもたらされた物です」

 僕は雷に打たれたような衝撃を受けた。

「真実から派生したフィクションも多いのは事実ですが」

 フィクション?

「元々この世界はエルフの世界だった。ではなぜ、こうも多様な種族で溢れかえっているのか? なぜ、主であるエルフの数が極端に少ないのか?」

「数が少ないのは長命であるが故に、繁殖能力に劣るからでは?」

「その通り。今やこの世界は繁殖能力の高い、人族や、獣人族の世界となっている。でも始めからエルフが少なかったわけではない。ではなぜそうなったのか? そもそも余所の世界の者たちが溢れているのはなぜか?」

 二枚目『歴史』のしおりが一枚目の横に並べられた。



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