エルーダの迷宮再び(リーダーの証)13
「おおっ、団体さんだ。ゴブリンがうじゃうじゃいる」
辿り着いた高台は林に砦柵が張り巡らされたちょっとした要塞になっていた。
砦周辺は見張りが隊列を組んで巡回している。ちょっとした軍隊だな。
「攻略ルートは既にあるんですけどね……」
僕たちは砦の周囲を遠巻きに探った。
「あ、荷車見つけた!」
入り口の近くに荷車が置かれているのをロメオ君が発見した。
「あれって使えるかな?」
「迷宮のギミックなら無理ですよ。外には出せません。でも他の冒険者の忘れ物なら……」
「よし、目標はあれにしよう」
僕たちはまず巡回兵を仕留めることにした。
僕たちは茂みに隠れながら巡回兵の行動を監視した。
四つのグループが等間隔に、入り口付近を巡回している。
「一回の戦闘は次のグループに見つかる前に終らせないと駄目ですね」
「一グループ六体程度か。取り逃がすと応援呼ばれそうだな」
「僕の雷魔法がもっと強力なら一網打尽なんですけど」
「凍らせるか。僕も瞬間凍結はまだ無理なんだけど、足元を凍らせるぐらいはできる」
段取りを確認すると僕たちは配置に就いた。
僕は石ころを巡回兵の足元に投げ込む。
小隊は立ち止まり周囲を警戒する。
「いっちょ上がり」
その間にこっそり足元を固める。
ロメオ君の魔法とリオナの弓が間髪入れずにゴブリン兵を襲う。
事態に気付いた残りの兵は慌てて逃げ出そうとするが、足元が凍って動けない。
声を上げようとするがふたりはそれを許さなかった。
ほんとこのふたり強いわ。どうなってんのよ、最近の少年少女は?
残りの二組も同じ調子で葬った。
さすがに最後の一組は仲間がいないことに気付いたらしく、ギャーギャーと騒ぎ始めた。
僕たちは息を止めるべく総攻撃を始めた。今回、僕もライフルで参戦だ。ひとりに就き二匹だ。あっという間にけりが付いた。
ロメオ君は首を振った。
残念ながら荷車はギミックだった。
『認識』で区別できたらいいのだが、迷宮ではすべてが本物判定だ。それはリオナの嗅覚でも同じことだった。
違いを判断する方法は唯一、触れてみることだ。質感を得られなければ偽物だ。物理的な感触はあっても温度というか、物の持つそれらしさが感じられなければそれは偽物だ。金属を触れば冷たく感じる。木材を触ればささくれ立っている。ギミックにはそこまでの感覚がないのだ。
ギミック、即ち魔法生成物はゲートを通って外に出た瞬間、砂のように崩れ去り、跡形もなく消えてしまうものだ。
例外は物質化されたドロップアイテムだけだ。中心部位の核から剥がされた魔物の部位や、中心部位が内包する魔素を凝縮してできる魔石がそれだ。
そして彼らの装備もまた中心部位から分離されることで物質化する例外である。
迷宮で穴を掘っても鉱石は取れないが、回収した武器を溶かすと鉱石が取れる。
迷宮とは摩訶不思議な空間なのである。
「無駄骨だったか」
マップを確認して、結果的に丸裸になった入り口から侵入することにした。
「一番近い宝箱はその丘の向こうですね」
ロメオ君が指し示す通り丘を登ると、遠くにゴブリンの里が見えた。
あそこはマップの範疇にはない。つまりあそこには到達できないということだ。
案の定、手前の釣り橋が落ちて通れなくなっている。
「手が込んでるな」
「紛らわしいのです」
眼下ではゴブリンの隊長『ゴブリンリーダー、レベル二十三、オス』がいた。装備が明らかに雑兵とは違う。誰が作ったのか、装飾の入った見事な鎧を着ている。手には剣と盾が握られていた。
ゴブリンの装備はどんなによくてもサイズ的に無理があるので基本的に鉄屑にしかならない。狙い目は武器とアクセサリーだ。
そのゴブリンリーダーを中心に焚き火を囲んでいる雑兵は三体のみ。
目当てのお宝箱は隊長が立っている後ろのテントのなかにある。
「行こうか?」
ふたりが頷く。
周囲に見張りがいないことを確認すると、ロメオ君が魔法の詠唱を始め、リオナは弓を引き絞る。
ふたりに合せて僕もライフルを構える。
丘の上から全員で一斉攻撃、まず雑兵がバタバタと倒れた。
ゴブリンリーダーがこちらを見定め、こちらに向かって吠える。
リオナが弓を背負うのを見た。代わりに双剣を抜き突撃の姿勢を取った。
僕も武器を剣に持ち替え、丘を飛び越え、滑り降りた。
勢いそのままにゴブリンリーダーに斬り掛かる。
すぐ後ろにリオナがいる。
ゴブリンリーダーは盾を構え、僕の一撃を防ぎ、剣で僕を薙ぎに来る。
僕にはそう見えたのだが…… 僕の剣は盾を切り裂き、その勢いのまま盾を持つ手を切断した。
なんだ、この切れ味? よ過ぎないか?
「避けて!」
ロメオ君の声だ。
僕は咄嗟に横転する。するとゴブリンリーダー目掛けて手槍のような風の矢が命中する。
ゴブリンリーダーが大きくのけぞる。死に体だ。
最後は地を這うように飛んできたリオナがリーダーの喉に一撃を食らわす。
ゴブリンリーダーは顎から地面に落ちた。
「瞬殺かよ」
僕は呆れた。
「ちょっとふたりともがんばり過ぎなんじゃないの?」
これが平均年齢十二・七才のパーティーのすることか?
ロメオ君も丘を下りてくる。
リーダーの持ってる装備は雑魚のものよりワンランク上の装備だったが、めぼしい物はなかった。
「『リーダーの証』? なんだこれ?」
妙なアクセサリーを持っていた。
金色の手のひらサイズのバッジだった。
ロメオ君が目を丸くしている。
「どうしたの?」
僕が尋ねるとロメオ君の顔が見る見るうちにほころんでいく。
「それレアアイテムですよ!」
突然、叫んだ。
「すごい、すごいですよ。それは『リーダーの証』といって――」
スキルを覚えるためのアイテムらしかった。
これを持って教会に行くとスキルを授けてくれるらしい。
効能は『配下の者の士気を高める効果』らしい。
ちなみに冒険者のパーティーのリーダーがこれを使うと、部下のステータスがレベル一個分上がるらしい。
リオナでいうとレベル十が十一になるということだ。ステータスの何が上がるかは十人十色らしいけれど。
しかもこのアイテム、重ね掛けができる。
ロメオ君曰く、一国の将軍クラスになるとこれを十回以上重ねることもあるそうだ。各クラスのリーダーがこれをやると、末端の兵士はドラゴンともやり合えるようになるらしい。
当然、レアだし、それ相応の値段で取引されるので、さすがにそこまでうまい話にはならないようだが。五つもあれば戦況は大きく変わるはずである。
部隊で出世したい者は自らに使い、覚えめでたくなりたい商人は王侯貴族への献上品として利用する。
使った本人には効果が及ばないのが玉に瑕だが、とにかくすごいお宝らしい。
「売ったらいくら?」
僕がそう言うと「金貨五千枚とか聞いたことがあります。戦争当事国に競らせたとか。そのときは複数枚まとめ売りだったからこの値段だったとか。でも僕たちが売る相手はひとりです。ヴァレンティーナ王女殿下です」とロメオ君が言い切った。
「なぜ、一択? うちの領主様、今ジリ貧だよ」
「効果を考えたら組織のトップが使うのがいいんです。しかも若くて将来が嘱望されている人物。僕たちの町の指導者でありギルドの長。鉄板です!」
「町の衛兵たちにも効果がある?」
「そのはずです」
「効果範囲とか限定何名様とかないの?」
「聞いたことないですね。ないんじゃないですか?」
「でも、そんな凄いアイテムなら、ここにもっと冒険者が大挙してもおかしくないんじゃないのかな?」
「そうなんですよねぇ。僕の思い違いなんでしょうか?」
「とりあえず回収して、姉さんにでも調べて貰おう」
僕たちはリーダーの後ろにある宝箱に目を向けた。
『リーダーの証』を手に入れてしまった今では只のおもちゃ箱にしか見えないが、ここまで来て素通りする選択肢はない。
僕は『認識』スキルで宝箱を見たが、特に罠らしい表記はなかった。
『認識』スキルでは罠の特定はできないということか?
このフロアの罠は麻痺系だということなので、状態異常の回復を一手に賄っている万能薬を取り出しておく。
解錠はロメオ君に任せた。
ロメオ君は宝箱の前にしゃがむと魔法の詠唱を始めた。
するとさっき持っていた粘土がドロドロに溶けて、鍵穴に入っていった。
そしてしばらくこちょこちょしているとカチッという音がした。
「開きました!」
蓋をギイイィッと開けると、僕たちはなかを覗き込んだ。
出てきたのは、なんと大量の『リーダーの証』だった。
「……」
全員が絶句した。
まるで大量の金貨のように証だけが箱のなかにぎっしり詰まっていた。
「変わった収集癖だったんだな…… このゴブリン」
「どこがレアなんでしょうね?」
ロメオ君は自分の意見に自分で突っ込んだ。
僕は『認識』スキルを発動させた。
『ごみくず』
偽物だった。




