エルーダ迷宮ばく進中(五十階層攻略中)65
続きの部屋の扉をそっと開ける。熱も冷気もない。
僕たちは足を踏み入れる。
「……」
巨大な岩が部屋の中央に堆く積まれているのだと思った。
岩場を住処にする眷属は多い。
それが突然、むくりと長い首をもたげた。
「ドラゴンッ!」
カラードを見た後だと小さく見えるが、紛れもなく重量級の大型ドラゴンだ。スノードラゴンと大きさ的には変わらない。只こちらの方が見た目、何倍も堅そうに見えた。
目に飛び込んできたのは頭に飾るには大き過ぎる鋭利な角。
首元の方に流れていることの多いドラゴンの角がこいつの場合、眉間から前に向かって生えていた。
首の根元から頭、頭から角先へとまっすぐ伸びるシルエットは巨大な一本のランスのようだ。
空中戦で頭突きを食らわせるタイプだろうか? 速度は出なさそうだが。
岩のような分厚い外皮を持った頭がこちらを振り向いた。
その瞳は冷静で、剣を構える騎士の如く、隙を突かんとしたたかだ。
今まで遭ったドラゴンにはないタイプだ。
視線を固定したまま、ゆっくりと首に続いた巨大な岩を起こし始めた。
太い脚だな。
「ホーンドラゴンじゃ!」
調べるまでもなく、エテルノ様が叫んだ!
絹を裂くような甲高い叫びと共に衝撃が走った。
「ハウリングじゃ! こらえよ!」
声帯を震わせ部屋中の空気を激しく揺らした。
オクタヴィアが溜まらず頭を抱えてリュックに飛び込んだ。
リオナも耳を塞ぐが苦しそうだ。
僕は目一杯結界を張るが、音の衝撃は容赦なく障壁を越えた!
「消音結界よ!」
ロザリアが叫んだ途端、衝撃は消えた。
アイシャさんだ。
ドラゴンの巨大な身体が羽ばたきの風圧と共に飛び込んでくる!
前方に身を投げたホーンドラゴンが一挙に距離を詰めて、目の前で巨大なランスを振り回した。
重量級の重い一撃だ。正面から受け切ったせいで魔力を根こそぎ持っていかれた。
でも、隙は作った。
リオナとヘモジが飛びだした。
双方スキルを駆使した一撃を食らわすが、角の一蹴にあって吹き飛ばされた。
ナガレの雷もロメオ君の炎も効いていない。
アイシャさんが岩には岩だと言わんばかりに頭上に岩を落としたが、別荘の観賞用とは違って重石以上にはならなかった。
「天井が低すぎる!」
高過ぎれば逃げられる。
羽が吹き飛んだ!
またヘモジのポイントだ。
千切れた羽の回復がすぐに始まった。が、ブルードラゴン程の回復力はない。
僕の『魔弾』で――
「!」
ドーンと衝撃と共に僕たちの後ろの壁が崩れ去った。
「うわっ!」
土埃が舞い上がった。
僕たちを狙った尻尾が結界を上滑りして後方の壁を叩いた。
羽を庇って一拍あるかと思ったら、痛覚が通っていないバーサーカーかのように容赦なかった。
「怒ってる?」
オクタヴィアが顔を出す。
そしてまたハウリングッ!
オクタヴィアが全力でリュックのなかに逃げ込もうとして、足場にしていたクッキー缶やら何やら諸々を崩して、底まで落っこちた。
「んにゃ!」
二度目の爆発が起きた。
ハウリングは怒気を含んだ悲鳴に変わった。
土埃を払いのけると、口が裂けたホーンドラゴンが大きくのけ反っていた。
口元にボワッと青白い炎が見えた。
このタイミングで来るのか?
僕は急いで万能薬を口に流し込んだ。
「来たッ!」
ブレスで前が見えなくなった。
ブレスは青白かった!
赤い炎より高温だと、炉を扱う程度には知っている。
熱で床の石畳がただれるように溶けていく。
「『魔弾』ッ!」
全員が結界内にいることを確認すると、僕は『魔弾』を撃ち込んだ。ちょうどよい一撃を!
ブレスに押し負ける!
ならばもう少し、もう少しと力を加える。消えた!
拮抗した力が互いを相殺した。
でもドラゴンはすぐには二撃目を放てない。
僕の二撃目は容易く、口のなかに飛び込み、口蓋を突き破り、頭のなかで破裂した。
だらりと首が垂れて床を鞭打った。
埃がまた!
引き千切られた角が落ちてきて、あらぬ方に撥ねて扉に突き刺さった。
「高く売れそう」
見事に突き刺さった得物を見て、僕たちは笑った。
「魔法が効きづらいとつらいね」
ロメオ君が言った。
「そのためのあれだし」
次弾を装填するヘモジとリオナを見遣る。
「さあ、新種の肉を回収するとしよう」
きらりんとリオナの瞳が光る。
マップに記載が既に済んでいる部屋の扉はこの際、放置することにして、正面の扉を抜けて、僕たちは次の通路に出る。
通路の先の扉の前で、手を合わせるリオナの隣で別の意味で手を合わせるヘモジ。ナガレに獲物を獲られないように雷の効かない敵が出てくるように願っている。
ホーンドラゴンで叶ったんだから、僕たちのためにも次は譲ってくれないか? と思ったが、ミョルニルの出番はなかったんだな。
「ナ?」
扉の先を覗く。
「暑いな……」
ファイアードラゴン辺りか…… こりゃ注意しないと……
「ナァ」
ヘモジは嬉しそうにボウガンをミョルニルに持ち替えて僕の後に続く。
「ナーナーナ」
ナガレに邪魔するなと釘を刺す。
「しょうがないわね。でも次はわたしの番だからね」と、ナガレ。
「火竜なのです。はずれたです」
リオナとヘモジは興味減衰、たちまちやる気をなくして飛び道具に持ち替えた。
「ちょっと!」
ナガレは敗戦処理を任されたような気分で雷を撃ち込む。
ロメオ君がとどめを刺して終わりである。
勝手知りたる西方の雄。ピノでも仕留められる手軽さよ。
いい時間だ。
「さあ、お昼にしようか」
「賛成なのです!」




