エルーダ迷宮ばく進中(五十階層攻略中)63
午後は午前中と打って変わって大変なことになった。
まずブルードラゴンとの三連戦で迷宮が本腰を入れてきたのかと勘違いし、続けて二体のワイバーンを相手にすることになり、ブルーもその内にと戦々恐々とし、さらに三、四体となったとき、頭を抱えてしまった。
「こんな話聞いてない」とみんなで愚痴った。
お客さんを決め込んでいるオクタヴィアも、興奮して、地団駄を踏んで僕の肩をほぐした。
僕たちの総力をもってしてもブルードラゴンの回復力を凌駕できるのはせいぜい二体が限界だろう。僕もエテルノ様もまだ取って置きを出していないが、それでも押さえ切れるのは後一体が関の山だ。
とてもじゃないが三体以上は相手にできない。
リオナの無双のリーチが姉譲りだったら、もう一体、加えてもよかったのだが、接近しただけで冷気にやられそうな状況では突っ込ませるわけにはいかない。
でもこれはあくまで同時に展開したらの話である。
戦闘開始状態で発見されているかどうかでも大分動きが変わってくる。
隠密で忍べれば、近距離から『アローライフル』をぶち込めるし、僕も『魔弾』を打ち込める。エテルノ様にも強力な一撃を放って貰えば…… 初っぱな三体いけるんじゃないだろうか?
全員に首を振られた。
「ドラゴンはそこまで間抜けではないぞ」
リオナと僕なら隠れおおせると思うのだが、その点、エテルノ様もエキスパートだし。
駄目? ダメージソースとして単身による攻撃ではやはり無理があるか?
「三体もいれば、その分部屋もでかかろう。単独撃破を狙うのが常道じゃろ」
僕の結界が三体分の攻撃に耐えられるだろうか? ロザリアの結界やヘモジとロメオ君の盾も併用すればいけなくはないのか……
でもそうすると攻撃力が足りなくなるよ……
「もういいだろう」
アイシャさんが夢想を遮った。
机上の空論は程々に、実践で確認していくしかない。
確認内容は僕たちが見付からずにどこまでドラゴンに接近できるか? エテルノ様の力も借りてみてどうか? 僕たちの個別の攻撃は単独撃破を可能にするのか?
やってみるしかない。やるしかないのである。
が、意気込んだ途端、ブルードラゴンは出なくなった。
「今度は蜥蜴モドキなのです」
氷の次は炎で焼かれ続けることになった。
氷と炎、どっちがましかとという問いを何度繰り返したことか。
「面倒臭い」
数で来られると時間ばかり掛かってしまって。
ロメオ君やアイシャさんが範囲攻撃で一気に仕留める機会が増えてきた。
まとめて凍らせ、粉砕する。魔力の浪費が甚だしい。
焦げた臭いが鼻につく。
三回に一回、僕も杖を持って参加する。ウィスプ張りに周囲を凍らせる。
「なんじゃ、この杖は!」
エテルノ様が僕の同時展開できる不思議な杖を取り上げると、火蜥蜴モドキ相手に遊び始めた。
「これでは使いづらかろう」と言って、僕の杖に何やら施し始めた。
なんと目の前でハイエルフのルーンを刻み始めた。
「百倍使い易くなったぞ」
百倍は大袈裟だが、恐ろしく取り回しがよくなった。まず円盤の発生から展開までのタイミングが短くなった。咄嗟の敵にはまだ無理だが、意思の疎通は大分早くできるようになった。おかげで連射の間隔も短くなった。もう実戦に普通に投入できそうである。
「トレントの杖か。お主の姉も面白いことを考えおるな」
どうやら自分の分が欲しくなったようだ。
まるで恋した青年のように、姉さんの好みだの嗜好だのを聞いてきた。
取り敢えず、今度トレント狩りに付き合うことになった。ウィスプの核の方はまだ在庫が山程あるだろう。
兎に角、僕は僕の杖を持ってエテルノ様が鬼神の如く勢いで敵を殲滅していく姿を、オクタヴィアと一緒に口をポカンと開けながら見詰めた。
ヘモジも出番がないと判断すると僕の足を道標代わりにして寄り掛かった。
輪っかが五重に輝いていた。
やっぱり長老は長老だった。
でも、使用者しだいで性格を変える杖なので、程々にして返して欲しい。
「部屋数、三十を突破したよ」
エテルノ様のおかげで予想以上に急ピッチにことが進んだ。
元々、ブルードラゴン以外、数を頼んだところで僕たちの足を止めることはできなかった。あまつさえエテルノ様がノリノリとなれば。
だが、頼みのブルードラゴンの登場はわずかに二回、二体同時ということもなかった。
「どこまで広いんだか」
マリアさんたちから貰った情報から察するに、前後左右、どこかしらそろそろ限界が見えてきそうなのだが……
「こちら側のルートは容易くないということかの?」
段々行動範囲の一辺が長くなっていく。年輪の円周が外側に向かう程長くなるように。
今のところ一辺が五、六部屋に収まっているが、今後一辺が一部屋増えるごとに一周二十部屋以上攻略していく必要が出てくる。
外縁にいつ辿り着くことになるのだろうか?
切りがいいので本日の攻略はここまでとする。
帰宅組は畑の様子を見ておきたいヘモジと、明日の朝の散歩が控えているリオナと連れのナガレ、諸々の購入と運搬を仰せつかった僕が帰ることになった。
泊まり込みたかったのだけれど……
帰宅早々、僕たちは別れた。
僕は建築資材の調達に商会巡りをすることに。
玄関扉だったり、窓枠だったり、絨毯だったり、壺や小物だったり。女性陣の細かい指示が書かれたメモを頼りに買い漁った。
遊びにしては出費の多きことよ。
確かに企画したのは僕だけれど。
ドラゴンの魔石を売ればすぐ元は取れるので金銭的には構わないが、もはや誰も簡易テント代わりだと言っても信じてくれまい。
居残り組も食後、部屋の拡張をすると言っていたから、小屋とも呼べなくなるだろう。
店の閉店まで駆けずり回って、資材を集めた。
「これじゃないわよ」とか絶対言われそうだけど、僕の美的感覚はこの程度なので、諦めて貰おう。
翌朝早く、僕たちは迷宮に向かった。
五十階層に飛び込むと、休憩所があるはずの場所まで幾つもの部屋を通り過ぎた。
「これは迷子になりそうだな」
さしたる思い出もない部屋を幾つも越えていくと、今自分が何列目の何行目にいるのか分からなくなる。
何度も振り返り、地図の写しを確認する。
ようやく僕たちは休憩所に辿り着いた。
「あらー、完全に一軒家になってるな」
真っ暗な迷宮のなかで煌々と明かりが付いている。
窓からオクタヴィアが覗いていた。こちらに気付いたようですぐ姿を消した。
すると建物の結界が解かれた。
僕たちは玄関からなかに入った。
「退屈で死にそうじゃったからの。つい頑張ってしもうたわ」
「そのようで」
休憩所がまるで美術館の待合室のようになっていた。
『楽園』のなかに無造作に溜め込まれていた材料をいろいろ置いていったが、ここまで立派な代物になっていようとは。
「家のなかに女神像は勘弁して欲しいわね」
「ナーナ」
「くつろげないのです」
「まったくだ」
「ほれ見ろ、言うた通りであろう?」
ロザリアの提案だったか。
「祭壇は他に造ればよかろう」
まだでかくするつもりか? 砂はもうないだろ?




