エルーダ迷宮ばく進中(五十階層攻略中)62
次の部屋にいたのはワイバーンだった。
「ワイバーンは集団で出てこないんだな」
ブレスを吐かないから、空を飛ばれても気楽なもんだ。
だが、ここで初めての分岐が現われた。
分岐があったのは通路ではなく、部屋のなかだった。
おまけに……
「三方向に分かれてるです」
入ってきた扉以外に前と左右に一つずつあった。
匂いを嗅いでも、耳をそばだてても、探知スキルを駆使しても先の情報は掴めなかった。
扉を三つとも開けた。
通路の先を見比べても、石造りの通路が闇のなかに伸びているだけで違いは見えなかった。
そもそも今、自分たちがフロアのどの辺にいるのか分からないんだから、右だ左だと言っても始まらない。
「真っ直ぐ進んで奥行きを確かめるのは?」
「奥行きが一定とは限らんじゃろ?」
それは左右でも同じことだ。
今のところ、考えても仕方ないことなのでリーダーの決断に委ねられた。
「周囲を埋めていこう! 一筆書きの要領だ」
この方法がベストではないかと思われた。すべてのフロアを走破することが前提の攻略となれば、一度通ったルートは交わることなく進んだ方がいい。交わると言うことは戻るということに他ならず、余計な戦闘が増えるということだ。
「『急がば回れ』だ」
「お主は時々珍しい例えをするの?」
「すいません、癖で」
「古人の知恵を学ぶことは悪いことではないぞ。『故きを温ねて新しきを知る』というからの」
エテルノ様が自慢げだ。
こっちはまだ十五年しか生きてないんだから、張り合わないでください。大人げないんだから。
そういうわけで、まずは正攻法、右回りで攻めていく。
分岐の扉はすべて開け、閉まらないように魔法で作った楔で固定していく。
あくまで通過した目印として開けていくのであって、退路を確保しようなどということではない。逃げ回ったりしたらあっという間に敵に囲まれてしまう。
脱出組が戻ってきたとき、より安全に視界を確保できるようにするための布石である。間違っても攻略していない部屋の扉を開けないようにだ。
今まで攻略した部屋を、扉のあるなしで多少凸凹はあるが囲うように進んだ。
「ドラゴン出ないのです」
コモドもドラゴンだぞ。もう三回出てる。
「火蜥蜴モドキが一番面倒なんですけど」
ナガレが言った。
僕に怒るなよ。
「ブルードラゴンがでないのです」
「出なくて結構」
ロメオ君たちは頷いた。
とはいえ今度の部屋で、分岐から十部屋目だ。そろそろかという気がしてくる。
因みに最初の分岐は周りの部屋を攻略したときに三方とも繋がった。
周囲を一周し、突き当たりを折り返したところでオクタヴィアは言った。
「ドラゴン、まん丸」
全員の視線が集まった。
リュックから顔だけ出して眠っていた。
「よく眠れるもんじゃの」
エテルノ様が感心する。
扉をほんの少し開けると、冷気が漂ってきた。
「髭、寒い! 来た!」
突然、僕の背中をリュックのなかから蹴飛ばした。
「分かってる、分かってるから! 静かに!」
黙って身を乗り出し、前を見詰めた。
「痛ッ」
爪を立てられた。
「そこにいる!」
「エマージェンシーなのです!」
リオナも揃って扉のすぐ前にいると注意喚起した。
そのときだ!
ブレス攻撃が扉にぶち当たって、隙間からもの凄い冷気の嵐が吹き出した。
僕たちは咄嗟に扉の影に隠れた。
もう少しで身体が隙間に入るところだったのに。扉が真っ白に凍って動かなくなってしまった。
「冷気を吐くんじゃ、飛空艇の素材にはならないんじゃないかな?」
ロメオ君が違う心配をした。
「空を飛べるんだから、使えるんじゃないの?」
「アイスもスノーも使えたじゃない。きっと問題ないわ」
ナガレとロザリアが律儀に答える。
「熱を冷気に変える仕組みでもあるんだろうか?」
「今はそんな話をしている場合じゃないぞ」
ドーンと扉を叩く振動が伝わってくる。
現実の扉なら保つわけもないのだが、迷宮の扉は頑丈だった。
「どうしよ?」
隙間がないせいで突入できない。
通れるのはヘモジとオクタヴィアだけだが、自殺行為というものだ。
なかのドラゴンは引っ切りなしに扉を壊そうと、恐らく尻尾だろうが叩き付けてくる。
「突入できないな」
しょうがない。
「氷を溶かす!」
『地獄の業火』を結界の外に展開する。
霜で白く染まっていた扉が見る見る通常の色に戻っていく。
「ヘモジ!」
「ナーナ!」
溶けたところでミョルニルをぶち込んだ。
ダーンともの凄い音を立てて、動いたのはわずかだった。が、これで突入できる!
そのまま僕を先頭に突っ込んだ。
尻尾が飛んできた!
今扉を閉じられたら、チームが分断される!
僕は全力で対抗した。
ロメオ君とヘモジが盾で加勢してくれた。
そして雷攻撃!
回復との戦いだ!
僕は引き続き『地獄の業火』をドラゴンにまとわり付かせる。
ドラゴンはブレスを吐こうと喉袋を膨らませる。
ナガレの落雷が鼻面に命中して、ドラゴンは叫び声と共に氷のブレスを周囲にぶちまけた。
あっという間に部屋が凍りついた。
膨大な魔素が垂れ流され、空間に満ちた。
僕は魔素を『地獄の業火』に転化し、威力を増した。
ようやく身にこたえたのか、ブルードラゴンは炎から逃げる仕草をした。そのときだ。片羽に大穴が開いた。
ヘモジのボウガンの一撃が見事に命中したのだ。
完全にドラゴンの回復力を凌駕した。
頭が吹き飛んだ。
リオナの『アローライフル』の一撃が炸裂した。
相変わらずいい腕してる。あんなに暴れていた頭に命中させるとは。
リオナには悪いが今回は肉にはせずに、魔石に変える予定だ。
ヘモジとリオナは次弾の装填をした。
オクタヴィアがくしゃみをした。
「お、目が覚めたか?」
「お昼」
そんな時間か。
何人か残して、食堂で食べてきて貰ってもよかったのだが、全員、自作した豪華休憩所で昼食を取ることにした。
パスタはお肉たっぷりのミートソース。サラダはヘモジ特製野菜の盛り合わせ。それと容器に入れて持ってきたお手製ブイヨンを煮込んだスープだ。
リオナはブルードラゴンの肉を催促したが、夕飯までお預けにした。
食後少し休んでから攻略再開である。
目が冴えてしまったオクタヴィアはみんなの安息の邪魔をして回った。




