エルーダ迷宮ばく進中(五十階層攻略開始)58
初めてサーバ混雑につき入れず。
ロザリアは僕が扉を開けるのを待った。
玄関を入るとロザリアもすぐに気付いた。
「いい匂いね」
それ以前にヘモジとオクタヴィアが大騒ぎしているので気付かないわけにはいかないか。
「マーベラスなのです!」
「うるさいわね。黙って食べなさいよ!」
リオナとナガレも合流していた。
「ナーナ」
「クッキー缶、もう入んない」
入れるなよ……
「なんじゃこりゃー。こ、こんなうまい物がこの世にあったのか……」
エテルノ様たちも帰ってきていた。毎回驚いてるな。
「夕飯が食えなくなるぞ」
「夕飯はこれでよい」
「ちょっとふたりとも片付けるの手伝ってよ」
僕はレオに手を貸しに向かった。
「どこ行ってたんだ?」
包装された箱やら、何やらが堆く積まれていた。
「買い物に付き合わされてたんですよ。荷物持ちとして」
主にエテルノ様の用件で王都と聖都を梯子してきたらしい。レオの午後は午前中の迷宮攻略以上に苦行だったらしい。
「よくもまあ、買いも買ったりだな」
昨日の狩りで稼いだお金で散財してきたようだ。
荷車まで現地で調達したらしい。
「そうじゃ、荷物持ちが不甲斐ないから荷車を購入したんじゃった。アンジェラ殿、もういらぬ故、買い物にでも利用して貰えると助かる。なかなか使える奴じゃったぞ」
どこにでもある荷車だ。ポータル用に一回り小さいだけで、特にどうという代物ではない。
「自分じゃ何一つ持たないんですよ」
レオが不満を述べた。
「だから荷車を買ってやったじゃろうが?」
何が優しさなのか僕には分かりません。付き合うレオもレオだよ。遠慮なくピノと遊んでればいいのに。
結局、長老とリオナは食後、トドのように居間のソファーに寝転がっていた。ふたり揃って小さなトドだ。
その足元の絨毯の上でヘモジとオクタヴィアはケロッとした顔でカードゲームに興じていた。万能薬という名の胃腸薬が功を奏したようである。
手札をすべてさらしての対戦はそれはそれで緊張感のある対戦になっていた。
「ヘモジ長考。持ち時間、残り一分」
レオの前に変わった砂時計が二個並べられている。
その内、ヘモジ側に置かれた一個の砂時計の砂だけが流れ落ちていた。
瓶のなかに入ってるのは加工された砂鉄で、僕が注文を受けてわざわざ作った物だ。砂鉄より大粒で、砂時計の砂として滑らかに落下するよう表面処理を施した物である。くびれの部分に磁石の輪っかを近づけることで流れを堰止める仕掛けになっている。
ヘモジがカードを場に置くと、レオは砂の流れを堰き止めた。
「なんだか、また別のゲームになってるわね」
ナガレが言った。以前オクタヴィアと対戦して、手札が見えてつまらないと評した張本人である。
「ふたりは万能薬いらないのか?」
リオナとエテルノ様はまだ唸っている。
「それ程じゃないって」
代わりにオクタヴィアが答えた。
「あ、そ」
当人たちがいいなら構わないけど。
翌朝、いつにない緊張感を持って、僕たちはエルーダに向かった。
五十階層に潜る段になって、マリアさんたちの情報が役に立たないことに気付いた。僕たちの侵入ルートが祠のある浮島経由だからだ。
勿論ショートカットしたルートと同じ場所に出る可能性は否定できなかいが。
炎竜は仕留めず、初日のようにミノタウロスの陣に突っ込ませた。
僕たちはその隙に島を乗っ取り、鎖を切った。
炎竜は自分の巣のことなど気にせず、ミノタウロスとの泥沼の戦闘に没入していった。
僕たちの乗った浮島は戦を余所にどんどん高度を上げていく。
「祠はどこだ?」
大空に比べて辿り着くべき浮島は小さかった。
望遠鏡を持ち出してみんなで周囲を見渡した。
「あれか?」
太陽のなかにそれらしき影を見付けた。
ヘモジが望遠鏡で覗こうとしたので、咄嗟に手で遮った。
「望遠鏡で太陽を見ちゃ駄目だ。目に悪い」
「ナ」
ヘモジは素直に望遠鏡を下ろして、代わりに目を細めた。
こちらの高度が上がるに従い、太陽との軸線からずれて祠のある浮島が見えてくる。
「ちと遠いな」
進行方向と反対側に風を起こす。風船のように軽い浮島は容易く流された。
だが思った以上に調節が難しい。あっちに流され、こっちに流され。飛空艇を操作するようにはいかなかった。
最後の微調整は転移して乗り切った。
僕たちの乗ってきた浮島はどこまでも高く流されていく。
足元の戦いの決着を見届けることもなく、僕たちは祠のなかに飛び込んだ。
階段を降りるといつもの転移部屋を見付けた。
どう考えても次のフロアと階段で繋がっているわけがないのだが、僕たちは階段を進み、地下第五十層に降り立った。
見た目はショートカットルートと何も変わらないが。
「大当たりなのです」
別ルートだからか? たまたまか? もしかしてこっちのルートはドラゴン標準か?
最初の部屋に控えていたのは、なんとカラード、ブルードラゴンと言われるドラゴンだった。
信じられないサイズ。
今まで戦ったドラゴンの倍はある。
部屋のサイズも合わせてとんでもなく広くなっていた。
『アローライフル』必須?
扉の隙間から見て、どうしようかと考えた。
エテルノ様の結界は機能しているようで、召喚獣であるヘモジやナガレ、魔法を行使している僕ですら感知されることはなかった。
この結界を張っているエテルノ様自身、同様であった。
恐らく魔素ではなくエーテルを利用しているからだろう。
エテルノ様が妖精族らしく幻惑系の魔法のエキスパートで助かった。事ここに至ってヘモジたちを一々出し入れしていたら面倒でならない。
ブルードラゴン…… 希少本を閲覧していなかったら、名前すら認識できなかったレアドラゴン。全身から冷気を発し、自らも霜で覆われていた。
ブルーと名が付けられてはいるが、見た目は白い。全身に霜が張り付き、氷柱の生えたまぶたは未だ閉じられていた。




