表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
930/1072

エルーダ迷宮ばく進中(空の城・バウムクーヘン)56

 今回の蛮行がなぜ行なわれたのか、姉さんがやって来て話していった。

 理由は王様にいいところを見せて立身出世を狙うことではなく、お家の事情からだった。

 今回問題になった連中は、北方の大貴族がいなくなって取り残された下っ端連中だった。

 要するに西方で美味い汁が吸えない家柄だったわけだ。

 実家の財政が逼迫するなか、身内になんとかしてくれと泣き付かれて及んだ蛮行だったらしい。精霊石の展示会などでいろいろとうまい話を聞いていたようで、エルーダならばと勘違いしたようだ。

 親孝行と言いたいところだが、実際は隊のなかでただの一兵卒になるのが許せなかっただけなのかもしれない。

「改善したはずでしょ?」

 僕は言った。

「第二師団から南はな。北部を担当する貴族たちは独立性を担保する代わりに、補給は自前という約束になってる」

「ジリ貧になってちゃ、しょうがないだろうに」

「当人たちが望まんのだから、陛下もどうしようもなかろう?」

「ヒドラ相手に六人ですよ?」

「愚か者に付ける薬はないな」

「死ぬことはなかった!」

「身から出た錆だ。日頃の訓練を怠らなければ、遅れを取ることはなかったはずだ!」

「そのときはもっと下層で死んでたさ。それも六人じゃなく、全員だ」

「何が言いたい?」

「別に」

 姉さんには分かるまいという気持ちになった。過去の遺恨のせいで第一師団の愚連隊が死んでもなんとも思わないのだと。

 勿論、このとき姉さんだって煮え湯を飲まされたような顔をしていたのだ。でも僕は当たる相手が欲しかった。

 僕もリオナも死体袋に入れられる六つの遺体を見た。仲間を失って悲しむ連中の姿を見た。明らかに彼らは愚かだった。愚か者だった! でも仲間のために泣ける連中でもあったのだ。死んでいい理由にはならないはずだ。やりきれない。

 これはこの国の歪みだ。王家と敵対する勢力の力を削ぐための。もう終わったはずなのに。


「ゆっくりしていくのです」

 リオナの森で気を落ち着かせることにした。

 元々エーテルを理解するために神樹の根元で午後を過ごす予定だったので、惰性の行動である。

「集中できない」

「森は邪魔しないのです。安心するのです」

「リオナはなんともないか?」

「エルリンがソワソワしなくなったらリオナの番なのです」

「そんなにソワソワしてるか?」

「木々もソワソワするから分かるです」

「お茶でも飲んで気を休めるか?」

「だったらハーブがいいのです。今準備してくるのです」

 もっと頻繁にここに遊びに来てやろうと思っているのだが、どうにも森の湿気は苦手だ。

 この時期は乾燥しているからそれ程でもないが。

 チロチロと側溝を水が流れている。

 エテルノ様はどうやったんだったか。まずは同化する。魔素にするように……


「お茶持ってきたのです」

 目が覚めた!

 寝てしまったらしい。

「居眠りは心地いいのです」

「ありがとう」

 ティーセットになんだ、これは?

「バウムクーヘンなのです」

「これが!」

 異世界の菓子だ。年輪という意味だったはず。手間が掛かる製法だと読んだことがある。

「どうしたんだ、これ?」

「お母様がレシピを届けてくれたです。アンジェラとレストランの厨房のおばちゃんたちがレストランの冬の目玉にするって、今台所で試作してるのです。それを分けて貰ってきたです。感想を述べなければいけないのです」

 輪切りにした物をさらに食べ易く扇状にカットした物が皿に載っている。

「うん……」

 年輪のような縞のあるふかふかを手で持って丸かじりする。

「う! うまい!」

「美味しいのです!」

 鬱積していたモヤモヤが吹き飛んだ。

「これ、売れるぞ……」

「緊急報告なのです!」

 たぶん試食が始まれば台所でも同じ感想が飛び交うことになるだろうが、リオナは義務を果たすべく飛んで行った。具体性のない感想を携えて。

「オクタヴィアなら天に捧げるところだ」

 鈴の音が鳴った気がした。

 振り返ると神樹が楽しそうに木の葉を揺らしていた。

 まるで僕の心に共感しているかのようだった。

「食べさせてやれないのが残念だ」

 木の葉がキラキラと音を奏でる。

 僕は直感した。エーテルは諍いに利用していいものではないと。

 妖精族だけの特権で構わないと思ったら、すとんと腑に落ちた。

「うん。美味しい…… けど腹持ちもよさそうだ。食べ過ぎると夕飯が入らなくなる」

 僕は神樹に寄り掛かり、リオナの帰りを待った。

「なかなか帰ってこないな」

 水の音が聞こえてきた。

 ちょぽん、ちょぽんと音がする。

 それはせせらぎのチョロチョロという音に変わり、やがて束になって、より大きなうねりに合流した。そして瀑布の轟音に変わった。

 遠くから静かな潮騒が聞こえてくると、その音は段々大きくなって荒れ狂う海の大波となった。突然、雷鳴が轟き、荒れ狂う波の音は雨音となって地面に降り注ぎ、地下に流れ込み、またちょぽん、ちょぽんと幹を流れる水の音になって……

 目が覚めた。

「お砂糖飴を掛けて貰ってきたのです。こっちは白樺なのです」

 あれ? 時間が経ってない?

 随分長い間、眠っていたような気がしたんだけど……

 僕は神樹を見上げたが、変わった様子はない。

 リオナが言った。

「木と会話してたですか?」

「会話?」

「木はたまに話し掛けてくるのです。仲良くなった証拠です」

 そう言って、砂糖で外周を白く染めたバウムクーヘンをパクついた。

「甘い!」

 眉間に皺を寄せた。どうやら甘過ぎたようだ。

 砂糖が掛かってない方を追加で口に放り込んで、甘さを調整して嬉しそうに笑みを浮かべた。

「美味しいのです」

 うん。とても美味しい。

 時がゆっくり流れる。

 忘れていた獣人たちの穏やかな生活リズム。

 焦るな、落ち着け。

 ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて……

 自分が焦っていたことに気付く。

 五十階層の重圧。クリアーしたとき監視者に出会えなかったらという重圧。そのとき猶予は残っているのか? リカルドさんたちは三日だったと言ったが、単独行動の僕たちに同じことができるのか? 運搬と補充ならどうにでもなるが、ドラゴンや竜との連戦である。フェイク辺りならよいが……

 おや? 五十階層をうまく利用すれば五種類のドラゴンと戦えたんじゃないのか?

 姉さんたちはもっと早く、『ドラゴンを殺せしもの』の称号を手にできたんじゃないだろうか?

 そうか、姉さんたちはエルーダを最後まで攻略してなかったから、マリアさんたちから情報が入ってこなかったんだ。

 姉さんたちも決して完璧ではないんだ……

 そう思ったら後悔した。

 八つ当たりしちゃったな……


「姉さんたちにも少し分けたいんだけど」

「試作品いっぱい作ってたのです。よさそうなの貰ってくるのです」

 リオナが僕の手を引いた。僕は立ち上がり、台所に向かった。

 甘い匂いが充満していた。

「白樺は甘過ぎなのです」

「どうやらそうみたいだね。なんだい若様まで、お代わりかい?」

「お姉ちゃんたちにお土産持っていくのです」

「そうだね。仲直りは早い方がいいね」

「え?」

「彼女をあんな顔にできるのはあんただけだからね。寂しそうだったよ。早く持っていってやんな。急いだ方がいい。向こうもそろそろお茶の時間だからね」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ