エルーダ迷宮ばく進中(空の城・攻略編・泣くヘモジ)53
次回は炎竜の浮島を奪ったら、祠まで一気に上昇することにして、本日の攻略を終了する。
遅いので冒険者ギルドに寄るのは今度にして、帰路に就いた。
今日はちょっとハードだったので明日は休みを入れることにした。
僕は宝物庫に回収品の宝の山を放出すると、金塊の残りを調べた。
思った以上に重石が必要だと感じた。
金塊集めをしないといけないな。
鏡像物質集めもしないといけないので明日はタイタンフロアに行くとしよう。
「ヘモジは?」
梁の上でくつろいでいるオクタヴィアに尋ねた。
「畑に飛んでった」
ロメオ君も一緒に出て、そのまま帰宅したようだ。
女性陣は…… 風呂場から声が聞こえる。
僕も風呂に入りたかったのだが、浄化の魔法で一時凌ぎをしながら、宝石磨きをして風呂の順番か、夕飯のときが来るのを待った。
ミノタウロスの装備品に付いいたでかいだけの宝石。市場に流すと、人のサイズに合わせて砕かれるのが目に見えている粗悪品だ。でかいから、それなりの値段にはなるけれど。
これをできる限り売れ線に持っていく。
今日のミノタウロス連中は剣の修行にはちょうどいい相手になりそうだけど、数で来られるとちょっとね。
数をこなしているうちに雑念が入ってくる。
裏口から入って塔の上に出れば、すぐに城の精鋭と渡り合えるのはいいのだが。やはり安全マージンを考えると気楽に通える場所ではなさそうだ。修行相手には不適切と判断して見切りを付けたところでお呼びが掛かった。
手が止まっていた。
もう夕飯の準備ができたのかな? いつもより早いな……
地上に出るとヘモジが猛烈な勢いで怒っていた。べそを掻きながら何やら必死にアンジェラさんに訴え掛けていた。
騒ぎに驚いた女性陣もタオル一枚で覗きに来た。
アンジェラさんとのやり取りをオクタヴィアに解説願ったところ、頼んでおいた肥料が着いていないとのことだった。知り合いの雑貨屋に指定して、わざわざ取り寄せた物なのだそうだが、それが温室に届いていなかったらしい。
そこで雑貨屋に赴いたところ、店の店主はあろうことか、欲をかいて、その品を横流ししてしまったのだ。
今やその方面ではカリスマでもあるヘモジが選んだ肥料となれば、高値を付ける者もいる。今回はどこぞの商会が入れ知恵をして、大金で頬を叩いて雑貨屋を抱き込んだようだ。
しかも追加の入荷をその商会にすべて押さえられてしまって、増産される次の月まで入荷の予定はないというからヘモジは怒り心頭、悔し涙を流しているわけである。
ヘモジは僕を見付けると、訴える相手を切り替えた。
早く栄養を上げないと作物がお腹を空かせるとか、根腐れがどうとか、よく分からないことを必死に羅列しながら僕になんとかしてくれるように訴えてきた。
「自分で作れないのか?」
ヘモジは首を振った。
そうだよな、自分でできることならやってるよな。
どうしてもこの地方では手に入らない素材があるようだ。特別な油がどうとか。
「村の肥料じゃ駄目か?」
「ナーナーナ」
それだと村の味になる?
どうやら新しい味の探究をしているようだ。
「材料が分かれば、揃えてやれると思うが……」
「ナーナーナ」
畑の作物は今すぐ欲しがってるとヘモジは繰り返し訴える。
そりゃそうだろうけど……
ヘモジが涙を袖で拭う。
取り敢えず抗議はしないとな。
ヘモジが子供だと思って舐めているなら容赦しないからな!
「出かけてくる!」
ヘモジを連れて店に向かった。
当然こんな時間じゃ閉まっているだろうが、知ったことか、扉を蹴破ってでも片を付けてやる!
僕とヘモジが市場に向かうと、既にとんでもない事態に発展していた!
市場に町中の人たちが詰め寄せ、店の店主が吊し上げられていたのだ。
「あんた、なんてことをしてくれたんだい!」
「ヘモジちゃんを泣かせるなんて!」
「町の信用をなんだと思ってる!」
「早急にヘモジちゃんの注文をなんとかしなさいよ!」
「その商会というのはどこの商会だ! 取引をすべてやめてやる!」
「この人でなし! これまでヘモジちゃんにどんだけ世話になったと思ってるんだい!」
「さっさと、なんとかおしよ!」
「ヘモジちゃんを泣かすなーッ!」
僕とヘモジは市場に続く街道に立ち尽くした。
「ナーナ……」
ヘモジも味方してくれる群衆を見て溜飲が下がったようで、怒るのをやめた。
「早急に何とか致します! 致しますから!」
「ヘモジちゃんの野菜の繊細さ分かってんだろうね! 一日も待っちゃくれないよ!」
「は、はい。今夜中には必ず!」
あれに割って入っては騒ぎを大きくするだけだ。
僕たちは引き返すことにした。
ヘモジの畑にやって来ると、マギーさんと使用人が荷馬車を引いてやって来ていた。
「遅いですよ」
「マギーさん?」
「ヘモジちゃん、こういうときはうちを頼ってください。うちの専門は流通ですよ」
「ナーッ!」
ヘモジの目はまん丸く見開かれた。
「これでいいのよね?」
ヘモジは荷台に積まれた肥料の樽を見て、大きく頷いた。
「ナーナ」
「ナーナ」
「ナーナ」
ヘモジはマギーさんを初め、使用人たちに握手して回って喜びを体現した。
早速ヘモジは荷車から肥料の樽を降ろして貰うと作業に取り掛かった。
マギーさんの話では、今後この肥料は問題を起こした商会が独占するだろうから入手も制限されるだろうし、価格も上がるだろうと教えてくれた。必要な成分が分かるのならうちで手配するとまで言ってくれた。
今やヘモジの肥料のレシピはこの町の農家の大きな武器であり、必需品らしく、そのおかげでマギーさんのところでも来年度の売り上げ増を見越しているのだ。この町の商業組合は今回の一件をただで済ます気はないようである。
一週間後、ヘモジ印のスプレコーン産有機肥料が店先に並ぶことになった。
例の商会が買い漁った肥料はもはやその劣化版でしかなく、春を待たずして、買い叩かれることとなった。
噂というのは広がるもので、実家の母さんからも「これからはヘモジちゃんの肥料を使うことにするわね」と手紙まで来る始末であった。
売り上げを落とす結果となった肥料の生産者はまったくもっていい迷惑であった。問題を起こした商会相手に宮廷裁判に持ち込むという話が持ち上がっているらしい。
町の雑貨屋はヘモジの仲裁でなんとか看板は守れたが、店主の権限は女房に委譲されたようである。
「ヘモジちゃんを泣かせるなんて!」
女主人はヘモジフリークであった。店主としてはそこが気に入らなかったのかも知れない。
兎に角、離婚騒動まで発展して大変なことになったが、なんとか穏便に収まったようだ。
元店主は大き過ぎるしっぺ返しを食らい、白髪が一気に増えていた。




