エルーダ迷宮ばく進中(空の城・攻略編・光るヘモジ)52
敵の強さは二階も三階も変わらなかった。ただ、さすがのリオナも出ずっぱりで疲れてきていた。
本人に自覚はないようだが、集中力が散漫になり掛けていた。
伏兵を発見するのも、オクタヴィアの方が早くなった。真っ先に敵に突っ込んでいたはずが、待ち受けるようになった。
後ろに下げてやりたいのだが、本人がそれをどう思うか。ヘモジのように気楽に下がってくれればいいが。
「リオナ、ちと銃の使い方を我にレクチャーせよ」
アイシャさんが僕からライフルを貸り受けるとエテルノ様に手渡した。
ちょっと、それないと『魔弾』撃てないんですけど。
「おお、これはなかなか重い物じゃの」
「エルリンのは『魔弾』用なので頑丈なのです」
「すまんがエルリンとヘモジで前衛を任せて、リオナは我にこれの使い方を教えるのじゃ。どうすればお主のように百発百中できるのじゃ?」
「『必中』の魔石を使えばいいのです!」
「……」
それをハイエルフの長老に言うか。
「でも、本当に精密射撃をするなら使っちゃ駄目なのです。だからリオナもエルリンも使わないのです」
「なるほどの」
「次の敵は我らが仕留めようぞ」
リオナの気分転換か。
じゃ、こっちはこっちの仕事をしよう。
「ヘモジ」
「ナーナ」
ん?
「ナーナーナー」
なんでポージング?
「ナナナナ」
敵の動きは既に掌握した。もはや敵ではない?
「ほんとか?」
「ナーナ」
ヘモジは普段よりミョルニルを小さくした。
一体何がそうさせたのか? いつもと様子が違う。
「ヘモジ、若様見て勉強した。強くなった」
オクタヴィアが言った。
前衛から下げて、一時間しか経ってないだろ?
「ナーナーナ、ナナナナ、ナーナ、ナ!」
両手を身体の前に尽きだし、クロスして、ぐるっとその手で大きな円を描くと、手のやり場に困ってもう一回クロスした。
格好悪ッ。
「『スーパヘモジ、超変形、ハイパーモード!』だって!」
オクタヴィアが目をキラキラ輝かせながら台詞を訳した。
お前たちまで気分転換しなくていいんだぞ。
大体なんだ、超変形って? 何が変わるんだよ? ミョルニルが大根にでも変わるのか?
敵もこんなときに限ってタイミングよく現われる。
「ナーナ!」
ヘモジが凄みを利かせてミョルニルを構えた。
パーンと兜が弾けて、敵が沈んだ。
「凄いのです! 長老なのです! 『チャージショット』なのです!」
「ハッハッハッハッ。我らエルフは弓の民でもあるのじゃぞ。容易いことじゃ」
ヘモジとオクタヴィアがもの凄く悲しそうな目で僕を見上げる。
「長老凄いな」
ふたりは仕方なく頷いた。
まったく、こう言うときに限って、次の敵が出てこないんだよ!
さっさと出てきて、ヘモジにやられろよ!
「う……」
視線が突き刺さる……
「ナナーナ!」
ヘモジは「次は貰う」と長老に釘を刺した。
長老は涼しい顔で「励むがよい」だそうだ。
なぜかオクタヴィアも発憤した。毛を逆立てて前方を睨み付けた。
「あそこ!」
オクタヴィアが指差したのは、目の前の階段の踊り場ではなく、その手前の天井部分だった。
「影から階段を上ってくる敵を狙っているのか」
「ナーナーナーッ!」
ヘモジが叫び声を上げて飛び出した! なぜか全身金色に輝いていた!
飛び跳ねながら階段を駆け上り、正面踊り場の壁を蹴り飛ばした。壁に亀裂が入った。と思ったら砕け散った。
鞠のように跳ね返ったヘモジは……
「どうなった?」
ズズン…… 天井の床に重い物が倒れたような衝撃音がした。
ピキッと天井に亀裂が入ると、亀裂がどんどん伸びていく。
僕たちの頭上を通り過ぎて後方へ。
「まずいの」
僕たちが駆け出すと天井が崩落してきた。
「ヘモジ、お前ッ! やり過ぎ…… え?」
なんでこうなってんの?
ボス部屋があった。
ヘモジが伏兵諸共ぶち破った扉の先に、城主だろう敵の司令官が鎮座していた。
ヘモジは既に二体の門番を仕留めて、司令官とその両脇にいる側近を仁王立ちで睨み付けていた。
「どうやら床をぶち抜いたのはヘモジじゃなかったようじゃの」
アイシャさんが言った。
総司令官の横にいた側近がでかい棍棒を床に叩き付けたせいだった。
反対側にいた杖を持った敵が動いた。
ヘモジ目掛けて、杖から魔法を放った。
ヘモジのいた場所が、一瞬で凍りついた!
「氷結魔法だ!」
棍棒とのセットは考えたくない。
だが、その必要はなかった。
ヘモジは攻撃をよけ、敵の魔法使いの懐に既にいた。
魔法使いをバッシュで突き飛ばした。
その勢いのまま、後ろの柱に打ち付けられた敵の頭上にミョルニルを!
司令官の槍がヘモジの影を切り裂いた。
ヘモジは槍をかい潜り司令官をも殴り飛ばした。
棍棒を持った側近も加勢してきてヘモジを狙った。
ヘモジは何かをモゾモゾ言いながら、更に加速して、空中で無駄に一回転して、棍棒をやり過ごし、着地と共にそいつの兜を粉砕した。
巨体がのけ反りそのまま後ろに崩れた。
槍が動きの止まったヘモジに突き出された。が、これをこともなく弾き返すと、ヘモジは加速してまた難なく敵の頭蓋を打ち砕いた。
「ナーナ!」
そしてようやく起き上がった魔法使いの顔面にミョルニルを叩き込んだ。
でかい図体は床に転がった。
「これは参った」
エテルノ様が降参した。全員茫然自失。
唖然と結果を見詰めている。
目を閉じ深呼吸するヘモジ。
「ナ、ナーナ。ナナナナッナーナ」
「『ハイパーモード終了』だって」
ヘモジ…… いつの間に…… 身体強化を使ったな!
「ナナーナ」
何? 僕が『強化魔法』を使うのを見て、自分もやりたくなった? やってみたら、変形した?
「変形?」
みんな首を捻った。
「ナ?」
「ん?」
ヘモジとオクタヴィアが顔を見合わせた。
何、間違ったのは通訳の方か?
戦果そっちのけで、言葉の調整をふたりで始めた。
「まったく、ヘモジの奴ったら加減を知らないんだから! 少しは残しときなさいよ!」
魔法使いの杖を確認しながらナガレが愚痴った。
「まったくなのです! リオナの分がないのです!」
「我の出番もお預けじゃ」
「取り敢えず回収しましょう。残りの部屋も調べないと」
ロメオ君が言った。
たぶん何もないことは皆分かっていた。地図もあるから作成することもない。ただ、宝箱や罠の確認だけだ。
外を巡回している連中以外、新たな敵の姿はなかった。
部屋には三体の仕官クラスの骸だけが転がっている。宝石が少し取れただけだった。
「ナーナ……」
ヘモジが尻餅をついた。
「そりゃ疲れるだろ」
僕はヘモジを肩に載せた。
「ところでなんで光ってたのよ?」
ナガレが言った。
「それは我が仕込んだのじゃ。強化魔法を教えろと言うのでな、術式に手を加えてやったんじゃ。どうじゃ、格好よかったじゃろ?」
誰を注意していいのか分からない…… まったくもう。
「リオナにも教えるのです!」
「その必要はない。主は既に強化スキルが同等の力を発揮しておる!」
「違うのです! リオナも光るのです! ハイパーモードなのです!」
付き合ってられんわ。
「さてと、じゃ、どうなるか分からないけど、塔の出口から外に出るか」
「ちょっと何よ、ここ!」
ロザリアが腰を抜かした。
転移ゲートを通って出た先は、盛り土をしただけの祠がある、小さな浮島の上だった。
「どこ、ここ?」
眼下に広がる雲海。僕たちは目を凝らして周囲を見渡した。
「あったのです!」
リオナの指差す方を注視すると、雲海のなかに何やら浮かんで見えた。
「さっきまでいた浮島だ!」
ロメオ君が声を上げた。
「てことは、ここはその上空?」
「出口じゃなかったのか?」
「どうなんじゃろうな?」
「この祠の先は何?」
「あ……」
扉を開けたら見慣れた階段が現れた。
どうやら今度こそ正真正銘の転移部屋のようだった。
「なるほどね。城を攻略しなくても、ここまで来ればショートカットできるわけだ」
「親切なことじゃな」




