エルーダ迷宮ばく進中(空の城・攻略編・エーテル)49
ふたりのハイエルフが吹く風に抗い、眩しい太陽の日を浴びながら密談している。
何を企んでる?
「いいだろう」
アイシャさんの言葉が耳に届いた。
何か譲歩したのか?
アイシャさんが一歩引き下がると、エテルノ様が半歩前に出て、腕をまくった。
「魔法使う」
オクタヴィアが耳元で呟いた。
エテルノ様の魔力が一気に膨らんだ。
「バリスタは我が破壊しよう」
それは誰の魔力とも違う、不思議な構成だった。
空気中に紛れて消えてしまいそうな程希薄で、微風に掻き消される程に儚く、深い森の匂いのように存在するも、その姿は捉えきれず、故に境がなく、果てしない何か。
魔素?
いや、魔素じゃない。ロメオ君もロザリアもいつも通り身に纏っている。僕の結界もなんの影響も受けていない。
魔素に似た、別の何か?
「残念ながらこの力はエテルノだけのものじゃ。妖精族とハイエルフの技を極めた最強のな」
消えた!
空気中から魔素のような何かが一瞬で!
そしてそのすべては今エテルノ様の開いた手の内に。
「エルリン、そして皆の者よく見ておけ、これこそがハイエルフ最強の一振り、エテルノ・フォルトゥーナの最強の技。『神の審判』!」
「壁だけじゃぞ!」
「分かっておるわ!」
城壁と僕たちのいる小島の中間地点で目映い光が炸裂した。
遅れて轟音が耳に届き、巨大な壁が抉られていく景色を見た。直撃でもないのに石垣が凹み、削られ、崩れていく。
一瞬、彼女の力が消えた気がしたが……
「手加減する前に抑え込まれてしもうたわ」
「やはり迷宮は一筋縄ではいかんようじゃな」
迷宮がこのフロア全体に充満するそれを使わせなかったということか?
どういうことだ? 『闇の信徒』では済まない話なのか?
「凄いのです!」
「ナーナーナ!」
「長老凄い!」
「見たこともない魔法です!」
「ユニークスキルですか?」
「ハーハッハッハー。もっと敬ってもよいぞ」
アイシャさんは気付いていたのか? 最初から?
彼女が使ったのは魔素に匹敵する何かだ。
そして使ったのは紛れもなく『魔弾』だ。
それもまったく別次元の可能性を秘めた。
真似をしたのか? それとも彼女のユニークか?
僕は彼女の前で『魔弾』を使ったことはあったか? 分からない。使っていた気もするが。
「目的ができたじゃろ?」
僕に向かってアイシャさんが言った。
「ああ見えて、奴は魔法の天才じゃ。見ただけで神髄を見抜く才能がある」
「分かり易くやったつもりじゃが、見えておったかの?」
エテルノ様が手のひらに魔力を集めて、消した。
「これはエテルノ様のユニークスキルじゃないですよね?」
鎌を掛けたような物言いになってしまった。
「そうじゃ、ただの物まねじゃ。じゃがそれこそが我の最強のユニークスキル『模倣』じゃ!」
「嘘を言うな!」
アイシャさんにげんこつを食らった。
皆、呆然と成り行きを見守った。
「必要になるやもしれん。覚えておいて損はない。それに勘違いしているようじゃから言っておく。『魔弾』もただの魔法の一つじゃ。正確に言うならば原理といった方がよいかの? 希有な血筋ではあるが、理屈を理解すれば真似できんこともない」
「でもなぜ、今それを?」
ロザリアが僕の代わりに問うた。
「盾は完璧なのに、矛を磨くことを怠っておるように見えたのでな。老婆心じゃ」
全力を発揮できる敵なんて……
「それより、見よ。完璧じゃろ?」
城の壁一枚を抉っただけで、他の建物はまったくと言っていい程無傷だった。
目的だった鬱陶しいバリスタも排除したようだ。
「これを『無駄撃ち』と言う」
エテルノ様は笑った。
オクタヴィアもヘモジも笑った。
僕は笑えなかった。
ふたりが本当に見せたかったのは魔素と同格の何かだ?
「あれには名前があるのですか?」
ふたりがニヤリと笑った。
「あれの名はエーテルじゃ。我が名の由来でもある」
「妖精族だけが行使できる、自然界に満ち溢れたもう一つの魔法源じゃ」
「人では使えない?」
「魔素が見えている者なら…… どうじゃろうな」
存在は見えた。ただそれは霞のようで、触れることもできなかった……
できなかった?
どこかで同じことを経験したような気が…… そうだ! 姉さんの作った『お仕置き部屋』だ。
魔法を手に入れたときだ。
そうか、要領が同じなら、できるかも知れない。
「練習なら自然のなかがよいじゃろ。迷宮では余り歓迎されんようじゃしの」
迷宮がエーテルの使用を制限したのか?
「エーテルは魔素と逆の極性を持つ。融合させたとき、そこに莫大な力が生まれる。例え少量でも見ての通りじゃ」
「魔素の量程ではない?」
「迷宮にはないということじゃ、リオナの部屋には充満しておるがな」
修行ならそこでということか。
「獣人にも使えるですか?」
「可能性は否定せんが、ゼロに近いことは確かじゃ」
リオナにも火が点いたようだ。
「リオナも魔力少しずつ上がってるのです。なせば成るのです」
『成さねばならぬ何ごとも』か……
やってみるか。
「鏡像物質のお礼」
オクタヴィアが教えてくれた。
暇を持て余しているエルフに研究テーマを提供することは結構意義のあることのようだ。
「そろそろ渡らない?」
ロメオ君が言った。
「よし! 突入だ!」




