エルーダ迷宮ばく進中(空の城・火竜暴走編)44
ブレスの炎に焼かれるミノタウロスに紛れて、僕は仲間の元に戻った。
どうやら炎竜とミノタウロスは共闘していたわけではなさそうである。
ミノタウロス対炎竜の壮絶な戦いが始まった。
リオナたちを目掛けて突進していた敵は突然の急襲に足を止めた。
そして小っこいのと戦っている場合ではないと判断した彼らは踵を返した。
「どうなっておるんじゃ?」
階段の麓にいて上の様子が見えていなかったエテルノ様は爪先立ちして階段の先を覗こうとした。
「ミノタウロスというのは大物狙いが好きなんですかね?」
ミノタウロスをやり過ごした僕が階段の頂上に姿を現わした。
「何をしてきた?」
アイシャさんに突っ込まれた。
僕は上がってくるように手招きした。
「転移して敵陣に降りたら、ああなっちゃったんですけど……」
階段を登り切ったところから戦況が見渡せた。
炎竜によって、高みにある浮島まで蹂躙されていた。
ミノタウロスの仲間を助けるための攻撃が却って仇になったようである。
飛来したバリスタの矢が浮島のあちらこちらに墓標のように突き刺さっていた。飛来する角度から推察するに、バリスタがあるのは最上層の浮島の周囲を覆う巨大城壁からのようである。
特にこちらを向いている島の城壁の一辺は垂直に切り立った崖のようだった。
「コモドといい、炎竜といい、奴らは学習せんのかの?」
炎竜は回廊の屋根を押し潰しながら、自分に手傷を負わせた敵陣中枢に向けて猛進中である。
「ああッ、瓦礫で登りにくくなる!」
バリスタの矢がまた一本、炎竜に突き刺さった。
急に炎竜の動きが鈍くなった。
どうやら深手を負ったらしい。
魔力に限界が来ているのか?
炎竜の翼はもう飛行能力を失っているかのように見えた。
気位は高くないとエテルノ様は言っていたが、もはやその意思とは関係なく、逃げることかなわず、這いながらブレスを吐いて前進するのみである。
それでも死角に入る度に回復する粘り強さはやはり強者であった。
ミノタウロスの決死隊もそうはさせじと、安全地帯から追い出しに掛かる。
そして真っ赤な炎が辺り一帯に撒き散らかされる。
「なんというか……」
「自重する」
僕の肩に戻ってきたオクタヴィアに言われた。
「あそこまで行くとは想定してなかったな」
僕たちは遠くの戦況を見遣る。
「なんでもよいわ! 我らも前進するぞ!」
エテルノ様は想像を絶するアクシデントでさえ、楽しくて仕方がない様子だった。
「宝箱発見!」
瓦礫の下に宝箱を見付けた。
地図を作っているロメオ君に知らせた。
前進するにも地図を作成しなければいけないので、僕たちは散開しながら現地調査を行なった。
具体的な測量はしなくても浮島の大体の形と繋がりさえ分かればいいだろう。
現在島を丸ごと結界で覆っているので、根こそぎ破壊されることはない。
島を移動しつつ、ミノタウロスの亡骸からお宝と魔石を頂戴していく。
ドーン。
大きな音がした。
巨大な浮島にそびえる一番大きな城の壁面が崩れ落ちた。
瓦礫が雲海のなかに消えていく。
堰き止められていたかのように城の半分が崩れ落ちた。
そして断末魔の叫びが空に響き渡った。
炎竜が絶命したようだ。
幾つもの浮島を越えてようやく炎竜の亡骸のある場所に辿り着いた。
「今度こそ当たりますように……」
リオナたちがまた天に祈っていた。
ぶれないにも程がある。消えてしまう前に急いで回収した。
バリスタの矢や、無数の弓の矢を解体屋にどう説明したものか。迷宮のなかで戦争してきたとも言えないし。バリスタの矢だけは抜いておいた。
とどめの一撃は首に突き刺さっていた。
魔力切れが、運の尽きだったようだ。
ミノタウロスの陣営もガタガタだった。恐らく司令官クラスもあの瓦礫と一緒に飲み込まれたに違いない。現場指揮官の裁量でどこまで立て直すことができるか。
被害の調査に出てくる様子もない。バリスタの矢ももう飛んでこない。
炎竜の最期の意地の一撃が壮絶な相打ちを招いたようである。
相当の土砂が流れ落ちたので、浮かぶ力が増して島ごと空の彼方に消えてしまうのではないかと心配したが、弛んだ鎖が伸びきっただけで、なんとか収まりが付いていた。
だが、このままでは周囲の島ごと引き摺って、どんどん高度を上げていくことになる。
轟音と共に僕たちの後方、スタート地点周辺の小島が歪みに耐えきれずに砕けた。
こういう場合、どうなるのだろう?
群島全体が高度を上げ始めた。
このままだと空気が薄くなって、最終的には…… 作戦失敗?
僕たちは取り敢えずバリスタが健在であると仮定しながら前進する。
「ナーナ」
「『宝箱あった』って」
オクタヴィアが通訳した。
「罠はないのかな?」
考える前に『迷宮の鍵』で蓋が開いた。
「どうでもいい物しか置いてないのじゃろ?」
エテルノ様はそう言いながら戦利品で身を固めていた。
欲しければ優先的に回すからと言っているのに「この略奪感がたまらん」と幾重にもネックレスを首に架け、ポケットに宝石や金貨を満たした。
「いい加減にしろ!」とアイシャさんに怒られるまで海賊ごっこは続いた。
「仕切り直しじゃ……」
目の前に大きな吊り橋が架かっていた。
ロザリアのために揺れないように魔法で固めてやってはいるが、それでも泣きそうな顔をしている。はっきり言って吊り橋は僕でも怖い。ましてこの状況では。
戦闘など以ての外だ。
探知障害の障壁が機能していないのか、探知スキルが普通に通った。目の前の城門の向こうに敵の反応がはっきり見て取れた。
「城門を吹き飛ばして、飛びだしてきた連中を狙撃しよう」
「ナーナ」
ヘモジが投擲用の鏃を掴んだ。
「使役する!」
オクタヴィアが笛を吹いた。
笛が天空にこだました。
静寂の後、金属の擦れ合う音がし始めた。
「なんじゃ、今のは!」
長老が飛び跳ねる程驚いていた。
「使役の笛じゃ。猫又には最高の武器じゃろ」とアイシャさんが説明した。
「疲れたら、無理するなよ」と声を掛けた。
「分かってる」
言ってる側から万能薬を「ぷはーっ」とか言いながら飲み干した。
それをやめろと言っているのに。
たまにだからと言って飲み過ぎると中毒になるぞ。それ以前に味付けに入れた蜂蜜のせいで太るぞ。
喧噪の音もやがてなくなり、使役できる敵もいなくなったようで、オクタヴィアは「疲れた」と言って僕のリュックに収まった。
「前進!」
「ナーナ」
自分の出番がなくなって意気消沈していたヘモジだったが、城門を打ち破り、リオナとの残党狩りに精を出した。
「あんまり遠くまで行くと結界が届かないぞ!」
「ナーナ」
「分かってるのです」




