エルーダ迷宮ばく進中(空の城)38
そのまま高い足場から僕はボードで飛び立った。
そして高台との隙間を抜けて東門の吊り橋に降り立った。東門はユニコーンの往来時以外、閉じられているので、小窓から門番に開けてくれるように頼んだ。
「どうしました?」
「すいません。市場を避けてきたので」
それだけ言ったら、納得されてしまった。
「はははは、今は確かにまずいですね」
どうやらこの獣人の門番も聞いていたらしい。
僕はその足で『マギーのお店』に寄った。
子供たちの分もまとめてお土産を買って帰ることにした。何はともあれ、ご苦労様ということで。チーズケーキにパイ包み。新作の焼きプリンという冬の新商品も買ってみた。
『コタツで食べる焼きプリン』が謳い文句のようだ。プリンの器は陶器のカップで、妖精が壺からカップにカラメルを垂らす仕草をしている飾りが付いている。値段はお高めだが、お洒落なカップを目当てに買っていく客が多かった。
ケースのなかの残りを全部、買って帰ろうとしたら、後ろに並んでいた女の子が泣きそうな顔をしたので「いくつ?」と聞いたら、可愛い指を二本立てたので、二個引いた残りを注文した。
店員さんが「大丈夫ですよ。もう次が焼けますから」と言って、次を待つように勧められた。
すぐに焼き上がりがトレーに載せられて、厨房から出てきた。
トレーの上の焼き立てを買い占めることになってはこれまた後ろめたくなるので、取り敢えずエミリーを含めた女の子とエテルノ様の分だけ買うことにした。
この容器を見たらエテルノ様はどんな顔をするだろう?
お土産をサエキさんに渡すと、僕は書庫に赴いた。
先客がいた。エテルノ様だ。この機会に下界の情報をとことん集めて帰る気らしい。帰るかどうかは知らんが。
『楽園』でエルーダの地下四十九階層の情報が少しでも手に入らないか、試したかったのだけれど。
「すまんの、部屋まで借りてしまって」
立ち読みをしているので、僕の部屋のソファーを使うように勧めた。
「構いませんよ、遠慮なくどうぞ」
「楽ちんじゃな」
高いソファーもヘモジとオクタヴィアのトランポリンじゃ買った意味がない。
禁書庫に自分だけ入るのもあれだし、昼食のお呼びが掛かるまで、魔法関連の他の本を適当に手に取って、時間を潰すことにした。
学徒たちが大反響に気をよくして、浮かれながら帰ってきた。
甘い匂いに早速気付いたようだ。
「ん?」
緑色の装丁。金文字で書かれたタイトル。
「こんな本あったか?」
エルフ語で『キューブ魔法構築論』とあった。
キューブ? 立方体?
手に取ると、細かい字と図解で、複数の魔法を最も短い詠唱で唱えるための立体術式の構築論が展開されていた。
読んでもよく分からない。イメージを幾何学的に処理しようという試みのようだけれど。僕も学ぶべきことがまだまだありそうだ。
「ナーナ」
ヘモジが食事の準備ができたと呼びに来た。
僕はヘモジを抱えると、エテルノ様と下に降りた。
昨日とは打って変わって、賑やかな食事になっていた。
何をどこまで話したのかは知らないが、発表だけで優に一時間を越えたらしい。その後それに対する質疑応答があり、新たな交易ルートを話を元に、地図上に再現する授業が執り行われた。
一日ヒーローだった子供たちは話が尽きることがなかった。
昨日の分まで肉を頬張った。
「デザートだよ」
食事が終わるとアンジェラさんたちがデザートを運んで来た。
チッタとチコ、リオナとナガレ、長老の前には焼きプリンが、男の子たちにはパイが、アイシャさんと僕にはチーズケーキが目の前に並んだ。
「わぁあ」
器の趣向に女性陣は感嘆の声を上げた。
男連中も身を乗り出して覗き込んだ。
「兄ちゃん、俺たちにはないの?」
ピノが念のために聞いてきた。
「人気商品で全員分揃えるわけにはいかなかったんだよ。食いたきゃ今度買ってきてやるよ」
「そういうときは予約を入れると遠慮なく買えるのです」
「衝動買いに予約はないんだよ」
「美味しい!」
チコが弾んで喜びを表現した。
「甘さ控えめですね」
女性陣は取られると思ったのか、さっさと匙を入れた。
さすがにプリンをまずいという者はいなかった。苦みが入って多少大人の味に仕上がってはいるようだけれど。
「オクタヴィアの分は?」
あー。忘れてた……
オクタヴィアも女の子だったんだよな。
「今度チョビたちの分も買ってくるからそのときな」
「予約しておいてあげるのです」
そこへロメオ君が帰ってきた。
「ただいま」
「一日いる予定じゃなかった?」
僕もこの後、合流しようと思ってたのに。
「よくよく考えたら『強化魔法』ってどこにいてもできるんじゃないだろうか?」
「あ……」




