エルーダ迷宮ばく進中(空の城)37
翌日、町は静まり返っていた。
ちょうど学校で子供たちが宿題の発表を行なっているからだとオクタヴィアが教えてくれた。
「この静けさは聞き耳を立てているせいか……」
どうやら年少組も年長組も一緒に発表しているらしい。
チコだけ仲間はずれは可哀相だからな。
オクタヴィア曰く、まるで寸劇だそうだ。
作文のはずなのに、自分たちの会話文を銘々が担当しているらしい。おまけに地の文まで持ち回りときている。
しかも作文はスプレコーンを旅立つところから始まっていて、実際行ってきた身としては冗長なのだそうだ。
オクタヴィアも真剣に聞くのをやめて、ヘモジと出かけてしまった。
僕も非常食の備蓄をするために、パン屋に向かった。
いきなり数は揃わないので、数日掛けて揃えて貰うのだ。辛子ソースの『燃えるイフリートパン』とタルタルソースの『唐揚げクラーケンサンド』はもはや定番だ。食パンから始まりラスクまで、一月彷徨っても大丈夫な量を確保するつもりだ。
果物はヘモジに、干物はナガレに任せているので、数日中には揃うだろう。
後はアンジェラさんたちにピザ生地とか、ブロック肉、チーズなど、食材を揃えて貰う。
チーズの備蓄が欲しいと言われた。
リオナが帰ってきたら行ってこよう。魔石も大分消費したからな。
「そうだ、中型艇も改造して貰おうかな」
オプションの推進器の設置についていいこと思い付いたんだ。
船倉を中型サイズに変更するついでにオプションも付けて貰いましょう。
「と言うわけでよろしく」
「何がよろしくじゃ。わしらは今、王国旗艦が手から離れて、ようやく休みを貰ったところだ。今週は働かんぞ」
「じゃあ、話だけでも」
棟梁が何もせず、一週間もじっとしていられるわけがない。
「中型艇の船倉、小型のままだったから、中型にして貰おうと思って。それで、今回のオプションの推進器、あれの小型版を付けて貰おうかと」
「それは構わんが」
「それで取り付けなんですけど……」
元々推進器といっても『浮遊魔方陣』が張り付いただけの可変板、魚の胸びれのようなフィンなので、これをひれではなく、普段収納できるえらの形にしてしまおうというのである。側壁に収納しておいて、使うときだけ開いて作動させるのである。
しかもバンドネオンの蛇腹のような構造にして、複数枚のフィンを同時に展開しようというのだ。重い可変機能を省いて、空気圧とワイヤーだけで展開が可能になる。
「おおおっ! そりゃ面白い!」
棟梁が膝を叩いた。
はい、休日返上。決定!
元々、戦闘用には大きすぎる船倉なので、ギミックを内側に広げて貰って構わないと言っておいた。
少しずつ進化していく第一世代艦を眺めつつ、木箱の上に腰掛けて、お茶とお茶菓子を頂く。
ドラゴンの数がネックになると言っていた割に結構な数である。
その第一世代を売り払って、中型艇に移行する商人たちが最近、増えているらしい。
商人にとって大事なのは、大枚叩いても手に入らない船を持つステータスより、利便性と実益だからだろう。
積載量の割りに置き場所に困る第一世代に比べて中型艇は船倉が広いし、キャラバンを止めるスペースがあれば、そっと置くこともできる。一々専用の空港など利用しなくても構わないわけだ。
当然、魔物や悪天候に弱いという短所はあるが、国内なら問題ないだろう。
一方、捨てる神あれば拾う神ありで、中古市場も賑わっていた。
実際、目の前の船台で行なわれている作業は中古船の転売用の改修工事がメインである。
前所有者の趣向にあわせた内装でも構わないという者もいるが、やはり個性を主張したい者が圧倒的だ。船の値段が三割程安くなるので、その分内装に資金を掛ける者が多いらしい。
「三割……」
中古の中古はどうなるのかといえば完全にばらすらしい。肺だけを回収して、すべてを取り替え、新品として生まれ変わらせるそうだ。
クオリティーを常に一定レベルに維持するのが目的だと言うが、方便でしかないことは紛れもない事実である。
もっとも新型に変えるメリットだって確実にある。船体が最新型にバージョンアップするから、特に操作系は相当進化するはずだ。
僕たちの船のスペックがそのまま反映されるとなれば三割高は決してお高くはない。自動航行装置に、自動高度維持装置も最新版だ。長く使えば魔石のランニングコストだけで三割分は回収できるだろう。
そんなわけで、内装重視の船や、運用重視の船など様々である。外装も趣味に走った物ばかりだから、見ていて飽きない。
「こうやって見ると僕の船は地味だな」
「はははっ。ドラゴンと戦う船に飾りは不要じゃろ?」
中型艇を余った下駄の上に置いて、僕は工房を後にした。
ゲートを使わず、正面から出て中央市場経由で戻ることにした。
市場は昼食の準備をするご婦人や使用人たちでごった返していた。
僕は寒気を感じた。
「あ、もしかして」
そうなのだ。子供たちの作文の影響が既に町に及んでいたのだった。僕がこのまま市場に顔を出すと……
まずい。コース変更だ。
僕は西門から出て、東門経由で帰宅することにした。
外堀をぐるりと半周するついでに、チョビたちが働いている中州の様子を見てこよう。
門を出るとボードに乗って、一気に北に向かって飛んだ。
北の端を折れるとすぐに、中州が目に飛び込んでくる。ちょっとした城塞だな。橋は外堀側にはなく、町側からしか行けない造りになっていた。石造りの立派な橋が架かっていた。
チョビが足下の木材をまとめて挟んだ。
「いいぞ。上げてくれー」
「ちょっとだけ我慢しててくれよ」
骨組みになる木材をチョビとイチゴが高い足場まで持ち上げているところだった。
イチゴが僕に気付いて、チョビに話し掛けた。
『ご主人!』
チョビは驚いて身を起こす。
「あーこら、動くな!」
チョビは急いで仕事に向き直った。
ふたりとも工夫たちと仲良くやっているようだった。
荷揚げは昼までの作業らしいので、干からびない程度に頑張るように言っておいた。
少し中を見させて貰った。
巨大な宿屋と言っていたが、本当に大きな宿屋だった。一階は受付とエントランスホール、食堂や、お土産屋など各種売店が入るようだ。
二階は普通の宿屋でいうところの大部屋だが、これは団体客用のもので、雑魚寝を強要する安部屋とは違う。一部屋に付き、最大でベットが六つ置かれている。
三階は個室。四階はビップルーム。五階は気位の高い貴族専用スペースだ。重鎮の類いなら領主館に泊まるのが習わしだから、ここに泊まるのはお忍びか非番の家族連れぐらいか。
最上階からだと城壁から町の内側を望むことができるらしいが、まだそこまでできてはいない。まだまだ三階部分に足場を組んでいる段階だ。




