エルーダの迷宮9
翌日、大量に解毒薬を用意し、現場の視察をすることにした。
ギルドに設置されている魔物図鑑と、職員からの情報だけでは作戦は立てられないから、下見である。
行きがけに蟹の小部屋に寄ることにする。お金稼ぎなら帰りがけの方がいいだろうが、目的は『魔弾』の練習である。ウツボカズランの生息地は地下蟹エリアの先だから丁度よい。
レベルの上がった自分になら使えるかもしれないという期待を抱きなら、うまくすれば次の狩りにも使えると目論んでいた。
いつもの小部屋。いつもの蟹。挟まってます。
まずは、狙いを付けて、指に魔力を込める。
お、スムーズだ! 簡単に力が凝縮する。いい感じだ。明らかに昔とは違う! おっと、力を込めすぎるな。練習なんだからほどほどに……
指先が発光するほど魔力が高まっている。
いけるッ!
「『魔弾』発射!」
指先に牡丹餅のような光の玉が…… いつまでも離れず光っていた。
「……」
飛ばない…… やっぱり駄目か。
僕は肩を落とした。蟹はこちらの気も知らず明後日の方を向いてギシギシ顎を鳴らしている。手には牡丹餅。
「ええぃ! これでどうだぁあああ!」
僕は牡丹餅を握ると、大きく振りかぶって蟹めがけて投げた。
牡丹餅はいい感じの軌跡を描いて飛んでいった。蟹の頭めがけて一直線。っというか放物線を描いて飛んでいく。そして命中した。
やった! やった! やったーッ! 兄さんみたいじゃないけど遠距離攻撃成功だぁ!
僕はガッツポーズ。次の瞬間爆風で吹き飛ばされて僕は気を失った。
小部屋は半壊、瓦礫が転がっていた。目が覚めると足元に数本の尖った蟹の爪が転がっていた。
「イタタタ…… 威力ありすぎ?」
僕はゆっくりと起き上がった。
壁に蟹の残骸が貼り付いていた。それはわずかに残った数本の脚の殻。
僕は回復薬を口に含みながら、部屋に踏込んだ。瓦礫のなかに小さなマリンブルーの小石が転がっていた。
「小さい……」
魔石だった。身体のほとんどが吹き飛んだせいで魔石を構成する魔素が抽出できなかったのだろう。いつもの十分の一の大きさしかない。
僕は溜息をついた。
実験に失敗はつきものである。わかってる。そうわかっている。でも、ありえないでしょ! 拳大の牡丹餅一発であの硬い蟹を滅殺とか。オーバーキルですよ。過剰攻撃ですよ!
僕は首を振りながら、空の荷車をとぼとぼ引きながら次の部屋に向かった。
威力を下げてもう一度挑戦だ。
二匹目のターゲットに向かって、コインサイズの小さな光の玉を握りしめて投げた!
今度はさっきより距離をとっている。巻き込まれる心配はない。
「げっ!」
僕は急いでその場を退いた。必死に走って柱の影に滑り込んだ。
隠れると同時に轟音と爆風が横を通り過ぎた。
し、死ぬッ!
僕は光の玉を前回同様、力一杯投げた。投げたつもりだった。
でもそれは目標どころか、手前の部屋の入口にさえも届いていなかったのだ。飛距離が出なかったのは『魔弾』が軽すぎたからだとすぐに気付いた。
いや、軽いという表現はないだろう。そもそも質量はないのだから。感覚的な印象だ。そうだ、密度がないと言い換えた方がよい。すぐに失速して部屋の手前に落ちたのだ。鳥の羽は勢いよく投げても遠くまでは飛ばない。それは質量が足りなくて空気抵抗に負けるからだ。今回は小さくしたせいで『魔弾』が軽かったのだ。
空気抵抗? 抵抗を受けるということは質量があったということか?
僕は掌に『魔弾』を作った。それを突いたり揉んだりした。
「物質化してるのか?」
自分にはわからない。感覚でしかないのか実際そうであるのか。こうして触っている今も自分の触覚では区別できないのだ。誰かに代わりに触ってもらうとかしなければ。
その辺の砂粒でも上に蒔けばすぐにわかったのだが、このときの自分は焦っていた。予定外の結果が続いて、自分が思っているほど冷静ではなかったのだ。
僕は牡丹餅を見つめた。
どちらにしても今回は失敗である。別の手段を考えなければ。威力をセーブすると遠くまで投擲できず、かといって威力を上げると、自分も含めて何も残らなくなる。
視界を塞いでいた粉塵が収まり視界が戻ってきたので、僕は通路の先を覗きこむ。
蟹が部屋の入口で暴れていた。こちらに気付いてしまったようだ。
なんでレベル二十にもなる魔物が挟まってるんだろうね、そっちの方が問題だよ。
僕は『兜割』で止めを刺すと、遺留物と魔石を回収した。とりあえず宿代はゲットした。
それから僕は蟹を見つける度にいろいろ試した。大きさを変えながら飛距離を計った。物質化したならと床に置いてみた。が、置けなかった。物質化していないのか、床に吸い込まれてしまうのだ。置けたら時間差で爆破とか、球体にして転がしたりとか試そうと思ったのに。そのくせ放り投げた牡丹餅は床の上に落下しても床を擦り抜けたりしないのだ。どうなっているんだ、一体? 何が足りない?
蟹がいなくなったせいで、この日の実験は中断を余儀なくされた。
やることもなくなったのであきらめてメインディッシュの視察に向かうことにする。不完全燃焼のまま、僕は通路の突き当りを目指した。