老人の歌23
守備隊とは穏便に話が付いた。
リーダー率いる愚連隊を以前から苦々しく思っていた隊員や町の住人は多く、このときとばかりに町中が結束し、追い出しに掛かったのだ。
愚連隊全員の命と、迷惑料を天秤に掛けたら、天秤は傾くどころか一回転して真っ逆さまに床に落ちた感じだ。
リーダーを初め、今回参加した者たちは多かれ少なかれこれまで重ねてきた罪状に照らし合わせて、町の法とやらで裁かれることになった。
庭園で会った隊長たちは愚連隊と距離をおいていたせいで、襲撃の参加資格を与えられなかったらしい。大捕物があることは聞かされていたが、彼らはその隙を埋めるべく、明後日の方角を警邏させられていたそうだ。
ジータは彼らの消息を知って胸を撫で下ろした。
町に助けを求めたとき、真っ先に応援に駆け付けたのは他ならぬ彼らだった。
静かな弾圧に耐えてきた町の権力者層には改めてクラースの所有地を認めさせることができた。なんてったってハイエルフに喧嘩を売ったんだから、知りませんでしたは通用しない。
彼らは青ざめるだけで言い返す言葉もなかった。
そのおかげか、なんと遺跡を含んだ結構広大な敷地がおまけに付いてきた。
ふたりのハイエルフが、調子に乗って封印を解きまくったせいで、旧来の倍の空間が開放されたことを、このときはまだ言わずにおいた。
自分たちの物になったので調査したら出てきましたと、後付けする予定である。
封印されていた空間は当時の面影のまま残っていた。貴重品はなかったそうだが。ふたりはそこで、当初の目的を果たすことができた。
結局、遺跡に関してはクラースたちとハイエルフとの共同統治という形になった。
特に何をするわけではなく、ただ後世に歴史の遺物として受け継いでいく、ただそれだけなのだが。
暑い夏の季節には避暑地として利用して貰うのもいいんじゃないだろうか? 地下洞窟を旅のメインに、湖畔に船を浮かべて過ごす優雅な一日。
中型艇を利用する人たちも旅の途中にバカンスなんてどうだろう? 砂漠では最高の贅沢ではないだろうか?
僕たちが厄介ごとを処理している間、やることがないロメオ君たちは飛空艇を洞窟に収容すべく尽力していた。穴を広げ、巣のガラクタを取り払って、停泊できる広さを確保していた。
そして、洞窟となれば、冒険者がやることは一つ。探検だ。日頃培ったマッピング能力で洞窟内を調べ尽くした。
簡単ではあるが、観光の案内図ぐらいには使える物を完成させていた。
元々天然の洞窟だったようで、想像していたよりまだ奥があるようだ。
ジータの家族や町の応援が到着して愚連隊が片づくと、僕たちは子供たち全員の上陸を許可した。
子供たちがゾロゾロと遠足気分で祠から出てくる様を見て、クラースは目を疑った。そして大声で笑い出した。
それは背負い続けた重責から開放された瞬間だった。
開放されてしまった悲しみ。安堵感。急激に変わり始めた現状に戸惑う気持ち、不安、後悔、希望。喜び。それらの入り交じった複雑な思いが、テトやチコたちの姿となって目の前に現われたのだ。
ドラゴンを封じ込めていた恐怖の象徴であった祠のなかから現われた子供たちの、なんと笑顔の眩しいことか。
クラースは涙を浮かべた。
「何すればいい?」
チコが僕を見上げる。
「畑を作るぞ。僕は水路を造るから、みんなはヘモジの指導の下、取り敢えず耕せ」
「女の子は部屋のなかをかたづけるから、手伝って頂戴」
ジータがチッタとチコとリオナ、ナガレを連れていった。
あッ、ナガレはおいていって欲しかったんだけど……
「じゃ、我らは立ち話じゃな」
アイシャさんと長老は僕と一緒に、湖に向かった。
まず水路を造る予定地を定める。既に住人の了解を取り付け、おおよそのルートは定めてある。
そしてこれから水面より若干低い位置をひたすら掘り進めていく作業を始める。
魔法でやるから、どんな頑強な地盤でも問題ない。
アイシャさんたちも立ち話だけではなんなので手伝ってくれた。
話の内容は、例の話ではなく、お互い別れてからどうしていたか、というテーマに絞られていた。
「管を通すのか? 地下水路という奴か?」
エテルノ様が嬉々として聞いてくる。
「いえ、壊れたときのことも考えて、地上に出そうかと」
首を捻っていた。
僕が今しているのは水平出しの作業と基礎作りを合わせたものだ。
常識で考えれば地面より湖面の方が低いわけで、その高さに合わせれば穴がどんどん深くなっていくのは当然だ。だがここでは一切気にしない。魔法でどんどん掘り進めては溝の周囲を固めていく。
濡れた土は固まりにくいがそこはそれ。予測して前もって厚めに固めておいて、余分を削るか、水を遮り、乾かしては固めを繰り返すかだ。
すべてに正確を期すのではなく、一定間隔ごとに、正確な作業を行なうのである。ポイント以外は水が流れてくれればいいだけだ。
これで溝の底を水平に揃えることができる。井戸用の地下水路を造るならここに配管を通せばいいのだが、目的はそうじゃない。これはあくまで基礎作りのための前段階だ。
最終ポイントまで掘り進めると、水位と地表との差はおよそ二メルテにもなった。
見掛け以上に高低差があったようだ。
水を一旦堰き止めて、次の作業に移る。
今度はそこに杭を立てていく作業だ。と言っても杭になる木材もないので、これも土魔法でこしらえることにする。
このときすべての杭、この場合、土の柱だがすべての寸法を同じ長さに揃えた。長さは先程測った高低差に、設置する水路の位置までを足した分である。
水路は地表より高めに設置する予定だ。自然に畑に水が行き渡るように。
これらの柱をすべて、先程正確に測ったポイントに等間隔に立てていく。
立てたら周囲の土を埋め戻して固めていく。
魔法使い三人の力を使えば、あっという間だ。
いつの間にか周囲の視線を集めていたが、気にすまい。
高さの揃った柱が湖まで繋がっている景色は、それだけで偉業を達せいした気にさせる。
まだこの上に水路を乗せる作業と水車作りが残っているのだが。
ロメオ君たちも順調だ。
水路を中心とした湖の周囲は魔法で既に畑の形になっていた。
子供たちは雑草を余所の場所に植え替えている。この地では雑草もまた貴重な緑だ。
『異世界召喚物語』では、緑化は木を植えるのではなく、草や低木を植えるところから始めるべきとあった。大きな木はそれだけ水を必要とするからだそうだ。
クラースの話ではこの湖は昔から枯れたことはないらしく、水量も潤沢だと言っていた。ただ流れていく先が、この先の渓谷なのでこれ以上の恩恵はないらしい。
専門家のナガレ様に尋ねたところ、岩盤の亀裂から上手い具合に沸き上がっている場所だそうで、地盤を少し弄れば、広範囲は無理だが、この辺りの大地に水を含ませた後、渓谷に戻すことはできるらしい。何をすればいいかと尋ねたら、一箇所だけ地盤を固めてくれればいいと言われた。
「ほんとに?」
「この場所の地盤が緩いせいでだだ漏れになってんのよ。押し固めてやるだけでこの辺りの保水量は何倍にもなるわ」
僕の変わりにエテルノ様がやってくれた。自然を操るにはデリケートさが必要だとか。アイシャさんがやらせておけと言うので任せた。妖精族の血を引くものとして水脈を勝手に弄られるのは嫌だったらしい。
「人知を越えておる……」
クラースが呟くと、まだ人の範疇だとロメオ君は返した。心強い友の言葉である。




