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老人の歌22

 外も終局に近付いているようだった。城門前は大分混乱しているようだ。

 反対側の窓からは、裏庭の連中が梯子をどこからか用意してきて、壁を乗り越えているのが見えた。

 そして城門前の騒ぎに引き寄せられていく。

 仲間と合流したいという心理がそうさせているのだろうが、行かない方がいい。

 阿鼻叫喚の様相に、味方を城内に引き入れることもせず、再び後退りし始めた。

 ここはドラゴンを狙う蛮族から祠を守るための最後の砦だ。元々退路などどこにもない。

 僕は扉を荒めにノックした。

 そして声色を使った。

「伝令が来ました。祠が開いたとのことです! ドラゴンの死骸も発見したそうです! なんだと! 既に部下たちが勝手に略奪を始めているだと! 大変です! お急ぎください!」

 リオナがくすくす笑った。

 そんなにおかしいか?

「うわぁああッ」

 凍ったドアノブを素手で握ればどうなるか分かるだろ。

 暑いからって横着するからだ。まあ、手袋してても凍るけどね。

 さあ、敵が来たぞ。どうする!

 張り付いた手のひらを剥がす勇気が貴様にあるか?

 結界を張った手でドアノブを捻ったが、ノブ自体が凍って動かなかった。

 抜かった。なので、強引にこじ開けた。

 扉と一緒になかのひとりが転がり出てきた。

「うわぁあああ!」

 剥がれた手のひらを抱えて床にうずくまった。

 リオナが間髪入れず、剣の峰を首元に叩き込んだ。

「んがっ!」

 舌を喉に詰まらさせたような声を出して、そのまま床に沈んだ。

 うわ、痛そー。

「貴様ら、何者だッ!」

 そこにいたのは初めて見る顔だった。

 あ、そうか。庭園で会った隊長かと思っていたが、そうであるはずがなかった。

 暑い日中に騎馬に乗って闊歩してる真面目な兵隊は下っ端だと相場が決まっている。

 前線で潰されていなければいいが。

 頑丈な事務机の向こうにグレーの髪をした小柄な男がいた。町の資産家のひとりなのだろう。身綺麗にしてはいるが、どうにも成り上がりっぽい安さが漂う男だった。中からにじみ出る威厳のようなものがない。あるのは「俺のルールが世界のルールだ」と言いたげなた傲慢な態度だけだ。

 他人の忠告は聞かないんだろうな…… 

「お前こそ、何者だ! ここは我が『銀花の紋章団』の一員、クラース・ファン・アールセンの居城なるぞ。いかなる理由でここを占拠するか!」

「ここは我が旧ローラシエナ王国の領地! 我ら末裔たるこの町の守備隊にこそ、所有権がある! 貴様たちこそ即刻、立ち去れ!」

「この地はその王国から拝領したクラースの一族の土地である!」

「王国は滅んだ! 臣下の一族の契約などもはや無効だ!」

 だったらそっちの主張の根拠もないだろ!

「この地を王国の残滓であるドラゴンから守り続けてきたのは守人の一族である! 感謝こそすれ、切られる理由になるものか!」

「ドラゴンは死んだ。奴の役目も終わった! 奴がここに居続ける理由などない! ここに留まる自由もない! ドラゴンの死体を置いて、即刻立ち去れ!」

「お前たちが旧王国の末裔であるクラースの権利を無効だと言うのなら、お前たちが末裔を(かた)り正義面する権利もまた無効ということではないのか? 少なくともこちらには委譲されたときの正式な書類がある! お前たちより出は確かだ」

「我らの先祖は皆、この地を無償の善意を以て守ってきた! それこそが何よりの証拠だ!」

 善意以外は有料だろ。お前の身なりがそう言ってるぞ。

「だがドラゴンには近付こうともしなかった。たった一人の守人にすべてをなすり付けて。なのに今更、自分たちの権利を主張するか! ドラゴンの死骸が欲しいと素直に言ったらどうだ! 守備隊崩れの悪党が!」

「無礼だぞ、小僧! あれは我が王国の所有するドラゴン――」

「王国亡き今、クラースの権利が無効だと言うのなら、ドラゴンの所有権もまた存在しない!それに既に取引は成立している。もしドラゴンの死骸が欲しいのなら、買い取って頂きたい」

「ふざけるな、奴が勝手にしたことだ!」

「彼は『銀花の紋章団』の一員だ! それは取りも直さず彼が冒険者であることの証! 倒した魔物は倒した冒険者の所有物である。国も国境も関係ない、これは、世界のルールだ! それに討伐には我々も参加している。彼一人の手柄ではない! 我らの権利も買い取るというなら、納得する金額をご提示願おうか? 一人頭、最低金貨三百枚。仲間の数は十人に負けてやる」

「ふざけるな! あのドラゴンは我が王国の!」

「その国はもう存在しないとお前が言った! そもそもお前に所有を主張する権利があるのか? お前たちのなかに王家の末裔でも? だとしてもお前たちの主張は通らないぞ。なぜなら、あの祠の底には穴が空いているからだ!」

 リオナが必死に笑いをこらえている。

「な、なんだとッ!」

「仮に祠にドラゴンがいたとしも、旧王家の物だとはっきり証明できなければ、お前たちの主張は通らない。それに我々が倒したドラゴンは二体だ」

「に、二体?」

 長い年月を考えると当然、三体目の存在も脳裏をかすめたことだろう。そして守人を殺めたことを早々に後悔し始めている。死んじゃいないけどね。

 死んでたら、お前が一言言う前に殺してる。

「我々には同時に二体のドラゴンを殲滅する力がある。既にこの場が壊滅状態であることからも、それは分かって貰えると思うが。何より、ここが重要なのだが、クラース・ファン・アールセン、並びにジータ・エミーナは我が同胞だ。団員一人の命は団員すべての命に等しい。我々にはお前たちを殲滅させる覚悟がある! まあ、我らがやらずとも、ハイエルフに喧嘩を売った時点でお前たちは終わっている」

「なッ! ハイエルフだと!」

 窓に張り付いた。

「ば、馬鹿な……」

「早々に立ち去り、今後、この地に干渉しないと誓うのなら、今回だけは――」

「口を利いてやるのです」

 おい。


 理屈が通らない相手との交渉程面倒なことはない。

 そんな相手に理屈をこねても埒が明かないことだけは明白なわけで「言って分からない子には」という理屈を通り越した戦術が最も手短で効果的なのだ。

 五感に強烈に訴えるしかないというのは、交渉人としては問題だが。

 殴るタイミングを逸してしまったな。

 恐らくクラースに深手を負わせた張本人であるに違いないのだが。


『井の中の蛙』という奴だろう。治安を預かる者がそれを笠に着て、治安を乱す。逆らったら賊から守ってやらないぞ、と言われれば弱い者は黙るしかない。この調子だと悪党にも扮していそうだけどな。

 町でこの男に逆える者がいなかった。そう言うことなのだろう。


 すぐにアイシャさんやエテルノ様が心配して駆け付けてくれた。その姿を見て、守備隊のリーダーは気を失った。命運尽きたと言ったところだ。

「お主、何をした?」

「別に何も? こちら側の権利を主張しただけです」

 その後、クラースも目が覚めて『銀花の紋章団』の紋入りの僕の外套を羽織って地下から現われた。

 それもまた彼らに大きなインパクトを与えた。

 彼の持つユニークスキルが『再生』だと勘違いした者もいたかもしれない。

『不死身のクラース』『不死鳥のクラース』の伝説が一人歩きし始めた瞬間でもあった。


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