老人の歌21
障壁の作動原理を理解していないんだな。障壁を維持するためには魔力が必要だということに気付いていない。とっくに障壁は切れていたというのに。
それに気付かない時点でここにちょっかいを掛ける器じゃなかったってことだ。
「てめぇがぼやっとしてるからだ!」
今ならつるはしで壁を崩せるんだけどな。
「隊長が討ち漏らしたからじゃねーか!」
「盗賊みたいなのです」
リオナに言われてるぞ。品がないってさ。
「少し驚かしてやろう」
僕は壁の側面に手を当てた。
そして壁を高温で熱した。
「さあ、ドラゴンのお出ましだ」
「お、おい。なんだ?」
「うわぁあああ。壁が!」
外が急に騒がしくなった。
「ド、ドラゴンだ!」
「生きてやがった!」
「逃げろ、退避!」
「城塞に知らせろ! 攻撃準備だ!」
「誰がドラゴンなんぞと戦えるか!」
「敵前逃亡は極刑だぞ!」
「何が極刑だ! だったらお前が相手しろ!」
「勝手に町の守護者、気取ってろ!」
「守人を殺すからだ! もう終わりだ!」
「町を守れ!」
「知ったことか! ドラゴンの死体があるって言うから話に乗ったんじゃねーか!」
「死ぬためじゃねぇ」
「に、逃げろーッ!」
「このまま同士打ちでもしてくれればいいんだが」
さすがに魔力の限界。ドラゴンのブレスの振りをするのは骨が折れる。
万能薬を舐めた。
「いなくなったのです」
扉の前にはもう誰も残っていない。不甲斐ないな。
「行くぞ」
鍵はそのままにして扉を開閉した。トラップが仕掛けられている可能性もあるので、盾を構えて結界を張ったが、何も仕掛けられていなかった。
「貴様ら何者だ! どこから――」
遮蔽物の裏で怯えていたひとりに見付かった。
僕たちは消えた。
リオナは目撃した兵士を一撃でのした。
気持ち的には皆殺しにしたいくらいなのだが、それをやると町との関係が悪化しそうだからな。ここは穏便に。ぐっとこらえて。
僕たちはいいが、ジータたちはこれからもこの場所で生きていくんだ。肩身の狭い思いはさせたくない。
僕は転移し、城塞の上にいる見張りや弓兵を黙らせることにした。
魔力探知スキルを誰も持っていないのか?
前回通ってきた、遺跡から続く窪地の入口で爆発が起きた。
「ああ、使えそうな奴らはあっちで待ち伏せか」
道理で雑魚しか残っていないわけだ。
弓兵の腕を凍らせる。
慌てた弓兵が狭間を乗り越えて下に落ちた。
おい!
「死んだ?」
覗き込んだら、腕は砕けて四散していた。が、生きていた。どうやら庭木が身代わりになったようだ。
貴重な緑なのに。
物音に気付いた連中の足音が集まってくる!
「どうした!」
「お、おい、倒れてるぞ!」
「し、侵入――」
上から衝撃波をぶち込んだ。その場にいた全員がふらついた。脳震盪を起こしている。
二発目で沈めた。加減が難しい。
「助けたくはないんだよ。ほんとはね」
腕のなくなった弓兵の傷口に回復薬を掛けた。
砕けてしまった部分はもうどうしようもないけれど、これ以上人殺しに掛ける薬も情けもない。
リオナが城塞のなかに入った。
裏庭の方はまだドラゴンがどうのと騒いでいる。
出入り口を塞いでやる。そこで大人しくしていろ。
すべての出入り口、鉄柵の前に土壁を築いてやった。
落とし穴を掘るより優しいだろ?
リオナが半地下の勝手口から侵入したので、僕は二階、正面大扉から侵入を試みた。
正面城門を守っていた門番が見えたので雷撃で黙らせておいた。外にいる連中が戻ってきても足止めできるように。
アイシャさんたちなら、勝手に足場を造って乗り越えてくるだろう。
これで城塞は孤立した。
窪地の入口方面の前線がもの凄い勢いで後退してくる。
もう肉眼でも様子がうかがえた。
ヘモジとアイシャさんが傍若無人に戦っている。
ピノは後方でジータさんの護衛だ。
弓兵に気を付けろ。魔石の減りにも気を配れ。
長老は?
何もしていないのに目の前の兵士がバタバタと倒れていく。
「何あれ? あれも魔法か?」
妖精族の血を引いてるって言ってたよな。『眠りの鱗粉』でも振り撒いているのか?
ハイエルフと魔法の盾の障壁を突破すること叶わず、兵士たちは戦意喪失、みんなこちらに逃げてくる。
でも残念。城門を開ける兵士たちはみんなここで寝てるから。
手加減はして貰えているようだから、死にゃしないよ。年増とか言わなきゃね。
変に強くなかったことが幸いしたな。
さて、こちらも仕事を済ませてしまおうか。
ちょうど兵士が出てきたので、番兵共々眠って貰った。
扉をぶち破る手間が省けた。ここはクラースの家だから、なるべく壊したくない。
指揮官のいる部屋を探さないと……
あー、下りなきゃよかったか。
「うーん」
出払っているようだな。出迎えもなしとは。
城内の残党はリオナに掻き回されて散々のようだ。
混乱した兵士が持ち場を離れて、走り回っている。
リオナはもうそこにはいないよ。
階段ががら空きだった。
市街戦主体の守備隊に城の守りを任せるのは無理のようだ。
と思ったらトラップがあった。
「リオナ、トラップがあるぞ。気を付けろよ」
これでリオナには聞こえているはずだ。
床スレスレに張ったワイヤーが背中越しに設置されたボウガンに伸びていた。
『無刃剣』でワイヤーを切断すると、壁にボルトが突き刺さった。
上階にはそわそわしている兵士がふたり扉の前に立っていた。
ボルトが壁を貫いた音は聞こえなかったようだ。
言い付けだけは守っているようだが、今のが聞こえないようじゃ失格だ。
誘っているこっちが馬鹿みたいだ。
最上階への階段はあの先か。
内装を余り壊されたくないので、一人目は『雷神撃』で、二人目には衝撃波を叩き込んだ。
残る敵はもう上の階だけだ。
三階にいるのは三人。扉の手前にひとり、中にふたりだ。うちひとりが指揮官だろう。
クラースの私室だろうが、一気に行かせて貰うよ。
わざと階段でさっきより大きな音を立てた。
扉の前の一人が槍を構え、警戒しながら接近してくる。
僕の後ろから突然、何かが飛び出した。空中で一回転。強力な一撃が目の前の兵士に叩き込まれた。
リオナ!
「脅かすな!」
「ごめんなのです」
小声で言葉を交わした。
「怪我は?」
「全然」
にっこり笑われた。
アスレチックの予行演習してるわけじゃないんだけどな。
「後はふたりしかいないのです」
扉の横で聞き耳を立てると、中は大分焦っているようだった。




