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老人の歌20

 侵入には封印された洞窟の先にある渓谷を利用する。

 谷間を飛べば見付からないと判断した。

「洞窟に開いた大穴から入ろうと思う。ドラゴンも潜れる大きさの穴だから、船ごと侵入できるかも知れない。駄目なら側に係留して、ボードで入ろう」

 町の影響範囲はあるにしても、国境線を守っている様子はないので構わないだろう。

 クラースの所有地との間に別の土地が介在しているわけでもないから、見咎める者もない。

 元国境を西に大きく回り込んで、渓谷を探す。

 岩山を影に高度を落としつつ、渓谷に侵入する。

「結構余裕だね」

 探索スキルを使う限り、周囲にこの船を襲うような生体反応はなかった。が、大きめの魔物が結構幅を利かせていた。これなら人の侵入はないだろ。

 町の警備の装備を見る限り、魔物用に用意された物ではないことは分かっている。暑さのせいだろうが、人を相手にするにも心許ない。同じ理由で外敵もその程度ならそれでもいいのかも知れないが。

 恐らくこの渓谷を境に未開の地という判定なのではないか? 新旧の地図を町で購入しなかったのは僕のミスだ。まさかこうも早く戻ってくるとは思っていなかったからな。

『コボルト発見!』

 ピオトが気嚢の上の監視部屋から実況を入れた。

『旋回竜の卵を盗んだみたい』

『ああ!』

 どうした?

『コボルトが……』

 どうなった?

『卵が割れて雛が孵った……』

『卵を捨てて逃げ出した!』

「雛が可哀相なのです」

「刷り込まれる前でよかったわね」

 結論を得る前に船は渓谷のカーブに沿って旋回し、その場を去った。

 子供たちにはまだ雛の声が聞こえているのだろう。皆、表情が固まっている。

 あの親竜に、地上に降りて危険を冒してまで、子供を救う情愛があったのか?

 小ずるいコボルトが遅い朝飯にありつけたのか?

 帰りにもう一度ここを通る。そのとき人族の僕にも結果がもたらされることだろう。

 人の子や家畜をさらう旋回竜に同情する気はサラサラないのだが。

 やがて、目的地に辿り着いた。

「思ったより穴の位置が低いな」

 穴から外を見たときは随分高い位置にあると思っていたが、外から見ると天辺までの高さの半分程しかなかった。

「よし、侵入できるか」

 サイズ的にはギリギリだ。

 念のために洞窟内をスキルで探った。ドラゴンに子供がいたとか、別の魔物が引っ越してきたとかあったら笑えないので。

 おかしい。

「様子が変だ……」

 外の反応が多過ぎた。

「鎧の音がする」

 チコが言った。

「兵隊なのです」

 町の兵隊か? なんでだ? この場所を見捨てた連中が戻ってきたとでも?

「ドラゴンの死体目当ての賊か何かじゃないの?」

 ナガレが言った。

「まさか!」と言いつつ、その可能性が一番高いと思った。ドラゴンの死体は言うなれば宝の山だ。ドラゴン討伐の話が噂になれば、まだここにあると勘違いした連中が襲ってくる可能性はある!

「クラースが危ない!」

「アイシャさんたちにも知らせないと!」

 城塞はまさに僕たちの集合ポイントである。そこが占拠されているとなると。

 船をここまで近付けたのは帰りを考えてのことだが、却って運がよかったかもしれない。

 アイシャさんたちが知らずに城塞に近付く前になんとかしないと。

「オクタヴィアも一緒だから気付くとは思うけど」

「ナーナ」

「洞窟のなかに人がいる!」

 チコが叫んだ!

「怪我してる!」

 チッタが捕捉した。

「ロメオ君、後は任せた! リオナ行くぞ! ピノ、ヘモジといっしょにアイシャさんに知らせろ!」

「分かった」

「了解!」

 僕とリオナは甲板からボードで穴のなかに侵入した。

「こっちなのです」

 結界が働いていないな。人の魔力程度では機能しないか。

 待てよ、僕が入ったら……

 壁に埋め込まれた光の魔石が輝き出すと共に、障壁も機能し始めた。

「しまった! 出られなくなった!」

 ドラゴンにも破壊できなかった障壁だ。まずいことになった。

 だが今はそれどころではない。

 不規則な上り階段をボードで飛ばした。前回もこれができれば楽だった。

 うめき声を吐く元気もないのか?

「どこだ?」

「あっちなのです!」

 リオナが前に出た。

 僕たちは通路からはずれて、ルートではない洞窟に迷い込んだ。

 クラースじゃないことを祈るだけだ。

「血痕だ!」

「明かりなのです!」

 ポツリと一個だけ光の魔石が輝いていた。

 光に照らされてあったものは……

「クラースッ!」

 倒れていたのはクラースだった!

 くそッ!

 僕はボードを蹴飛ばし、着地すると老人に駆け寄った。

 正面から袈裟懸けに斬り付けられていた。

 近距離から不意打ちを食らったのか? 肩にも太股にも折れた矢が突き刺さっている。

「これを持って!」

 僕は首から下げた自分のお守りを引き千切って、クラースの手に握らせた。

 それから『完全回復薬』を取り出して、傷口に振り掛けた。

 既に大量に出血していた。生きているのが不思議なくらいだ。

 リオナも回復薬を取り出した。

「こらえて!」

 刺さった矢を引き抜いては薬を振り掛けた。化膿止めに万能薬も飲ませた。

「早かったな……」

「この近くのエルフの遺跡に急用ができまして」

「なんじゃ、二度手間か」

 まだ息も絶え絶えだ。

「ジータも帰ってきましたよ。今は遺跡の方に僕の仲間といます」

「それは、まずい!」

「何があったんです」

「守備隊の連中じゃ。今更この城塞を自分たちの物だと…… 言い出しおって…… 断わったらこの様じゃ。ドラゴンの死骸に目が眩みおって…… この土地は我が祖先がここを守護する対価に国王から拝領した地じゃ。断じて奴らの物ではない! ゴホゴホッ」

 クラースは咳き込んだ。

 そういうことか。今城塞を占拠しているのは、あのときの守備隊連中か。

「奴らをどうにかする前に、ここの障壁をなんとかしないと」

「扉の鍵だ。これを扉に差している間は障壁が解除される。ジータを…… 助けてやってくれ」

 クラースは眠りに落ちた。絶え絶えの息から穏やかな寝息に変わった。

 もう大丈夫だ。

 急激な回復はそれだけでも身体に負担を掛けるもの。ましてや、クラースはもう歳だ。少し休んだ方がいい。

 リュックから外套を取り出してクラースに掛けた。

「行くぞ、リオナ」

「悪党はぶっ飛ばすのです!」

「ああ、善人面した奴らをぶっ飛ばす! 何が守備隊だ! やってることは盗賊と同じじゃないか!」

 こちらの警告が届く前にアイシャさんたちが奴らと接触してしまったら。

 アイシャさんがやられることはないだろうが、一緒にいるジータと長老が心配だ。なまじ知り合いだとジータがまず油断する。人質にでもされたら、さすがのアイシャさんでも手が出せなくなる。

 ピノとヘモジが間に合ってくれればいいが。

「こちらが大騒ぎすれば、嫌でも気付くのです」

 恐らく扉の前に見張りが立っているはずだ。

 中に入れないのを逆恨みして、酒でも食らってるに違いない。当然、ドラゴンの死骸もまだ、このなかにあると思ってるはずだ。

「聞こえるか?」

 リオナが扉の前で耳をそばだてる。

 首を振った。

 防音結界まで掛かってるか。

「ちょっと待って」

 僕は鍵を捻ることなくただ扉に差し込んだ。

「くそっ、あのジジイッ! なんてことしてくれやがったんだッ! 奴がこのままなかで死んだら、この祠は誰にも開けられなくなるじゃねーか!」

 突然、濁声が聞こえてきた。


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