老人の歌18
旅の話、肉祭りの打ち合わせ、そして例の穴の件が話題になるだろう。
何をおいてもまず食事である。
ゼンキチ爺さんが中庭の入口で家のなかを覗き込んでいたチョビとイチゴを抱えて入ってきた。
「遠慮せずともよいものを」
ナガレの前に降ろすと爺さんは自分の席に着いた。
「『師匠、今度おっきい魚、獲ったらお届けします』だって」
オクタヴィアが通訳してくれた。
「届けんでいい。届けんで。アンジェラ殿に渡してくれればよい」
チョビは鋏で敬礼した。
『ご主人、中州の工事現場にはこーんな大きな魚が釣れるスポットがあるんですよ』
「なんじゃと、それは真か!」
通訳したオクタヴィアにトビ爺さんが詰め寄った。
「『川の流れが変わって、流れの遅い場所ができた』」
「魚の話は後にして、食事にしないかい?」
アンジェラさんがチョビとイチゴ用の底の浅い、蟹の絵が入った平らな皿を並べた。
子供たちが進んで配膳を手伝った。
間違いがないように、サイコロサイズにカットされた、ダークドラゴンの生肉を焼いた一片がまず小皿で出された。
「まずは肉本来の味をお楽しみください。ただ――」
「あ!」
知っている者は慎重に、知らない者は注意事項を聞く前に口に放り込んだ。
エテルノだけだったが。ぽいと口に放り込んだ。
後は大騒ぎだ。
おかげで他の者たちに余計な説明をする手間が省けた。
オクタヴィアが目を丸くして、口を菱形にしてる顔がおかしかった。
アイシャさんや長老たちがこっそりサイコロ肉の匂いを嗅ぎながら、辛さを試していた。
口直しに加工された肉が出された。
領主館の用意した特製ソースと、僕が用意した香辛料もどきが添えられていた。
知らない者たちは一口、口に放り込んだだけで感嘆の声を上げた。
エテルノだけはまだ水をがぶ飲みしている。
「牛乳を飲め。水では逆効果だ」
姉さんの勧めで保存庫から出してきた牛乳を飲ませたら、あっさり治ってしまった。
まじか……
「辛味成分には水溶性の物と脂溶性の物がある。ペペローネなどの後者は水では治まらん」
何を言ってるのかちんぷんかんぷんだったが、水では治まらないことだけは理解した。
「なんじゃ、これはッ! これが肉なのか? 舌の上でとろけて消えたぞ! 美味い! うま過ぎる! お代わりできるのか?」
ひとり遅れて食べ始めた加工肉でまた騒ぎ出した。
「なるほど。里からいなくなると一日も経たずにばれるね」
肉の加工法について、口外禁止にしたことを領主側から改めて説明された。
理由はどっかの間抜けな長老を見れば一目瞭然だ。
正しいルートから卸すことで安全性を確保するのが狙いだ。混乱を避ける意味もあるし、当然、利益も絡んでいる。
僕たちやジータに至っては、ドラゴンの買い上げ金額にも直結してくる問題である。
領主としても王都を巻き込んでの肉の争奪戦にならぬように、都市伝説のレベルに抑え込みたいところである。
当然、ピノたちですら家族にばらすことはできない。既にしゃべったかと言う問いに子供たちは、さっきまでサプライズを予定していたので誰にもまだ内緒だったと答えた。
どうやら子供たちは長老たちとアイシャさんを驚かせるつもりだったらしい。
アイシャさんはやめろ!
「エテルノ様がいてよかったかも……」
レオも同意見だった。
成功していたらどうなっていたことか。
ジータはそのレオからエテルノ様の正体を聞いて喉を詰まらせた。
それ以前にハイエルフが三人も目の前にいる状況が理解できない様子だった。
兎に角、誰かひとりでも呟いていれば、村中が知るところとなっていただろう。まあ、運がよかった。今後は商会とも相談して、ルートの一本化が図られることだろう。
『銀団』に一旦買い上げられた物を商会が再び買い戻し、流通に乗せるのだ。あるいはマージンだけ取ってそのまま委託してしまうか。
どちらにしても『ビアンコ商会』はこの町に関わってからいいこと尽くめだ。
因みに我が家も今後、加工された物を回して貰うことになる。ロザリアの手間が省けて万々歳だ。
「教会に肉の浄化を求めに来られても困りますしね」
ロザリアは笑った。
「今まで食べたどの肉より、美味かったの」
「長生きはするもんですね」
「あんたまだ若いっぺよ」
「闇属性ってことはよ、ゾンビ肉みてぇなもんだべ?」
「腐りかけの肉が一番美味いって、昔の人はよう言うたもんだわ」
それ腐ってんだろ! 完全に! 違うから、絶対!
「ってことはよ。ドラゴンゾンビの肉が一番うめぇえってことになるべ?」
「ありゃ、骨しかねえべさ」
「骨からいいダシ、出ねえべか?」
どこまで本気だ?
長老たちも暴走気味だが、満足してくれたようだ。
「もう食べられない」
子供たちが腹を抱えていた。
「ちょっとみんな! これからカードするんじゃないの?」
チッタが言った。
「ちょっと休憩」
いいタイミングなのでアンジェラさんがデザートで釣って子供たちを居間に追いやった。
ここからは大人同士の大事な話だ。
肉祭りの話は注意事項が少し増えただけで、リオナと長老たちに一任することで話は済んだし、旧ローラシエナ国境付近の様子についても食事中にほぼ話し尽くした。
残るは例の亀裂の話だけだ。
「その件だが、改めて調査した結果、問題があることが分かったのじゃ」
威厳のないハイエルフの長老が言った。
「どんな?」
「エルフの歴史において一度だけ大規模な暦の改訂が行なわれていたことが分かった。今いる里に定住する以前、新天地を求めて流浪の旅を続けていた時代、大長老が選出できなかった数百年がすっぽり抜け落ちていることが、周辺のエルフの里の歴史と照らし合わせて発覚した。だが、それは今となってはどうでもいいことじゃ。問題は空に開いた亀裂に関する記録が存在することが明らかになったことじゃ」
「それって、過去の状況が分かるということ?」
だったら『楽園』で。
「レリーフがどこかにある」
壁画?
「どこかとは?」
「手元にはないのか?」
姉さんたちが身を乗り出した。
「かつて現象に立ち会ったバルナバというエルフの一団がおったらしい。当時の記録が住んでいた里にレリーフの形で残っているはずだと、記憶していた者がおった」
「三つ葉のエルフ?」
ジータが呟いた。
「よく知っておるの。その通りじゃ、バルナバは三つ葉の紋章を……」
固まった。
「なんで、そなたがそのようなことを知っておるんじゃ! 我らがいくら探しても痕跡すら掴めんかったというのに!」
もうギャグだな、長老。
「うちの近所に遺跡が残ってるんです。サン・バルナバ遺跡と言うんですが」
「ああ、あそこか」
水源のあった遺跡。
「もう一度行くようかの?」
アイシャさんが言った。
「船の改修、急がないと」
ロメオ君が口を挟んだ。
「壊れたのか?」
「オプションに不具合が出ただけ。船体はなんともないよ」
「ただの強度不足。すぐ直せる、けど……」
ジータの用事もまだだった。どうせなら一緒の方がいい。中型艇は『楽園』に放り込んでいけばいいだろう。
その中型艇を造るためにはコモドの肺がいる。
明日取りに行く予定だったからそれは問題ないが。
出発は中型艇の完成を見てからということになった。肉祭りもその間に行なうことになった。




