老人の歌14
大きな影がヘモジを押し潰そうと巨大な羽を広げていた。
「番いだったのか!」
思い込みにやられた!
作動していた祠の結界のせいで外部と隔絶されていたから気付かなかった。
ヘモジは咄嗟に盾を構えた。
片割れを失ったドラゴンは烈火の如く怒っていた。
同じダークドラゴンだった。
ドラゴンは翼を広げ、威圧しながらヘモジににじり寄る。
誰がとどめを刺したのか気付いているかのようだった。遠くからすべてを見通す眼で伴侶が殺されるところを見ていたのかも知れない。
ヘモジを鋭い牙で食いちぎらんと襲いかかった。
が、ヘモジの盾がそれを許さなかった。
一瞬、結界に掛かって身動きの止まったドラゴンに、ヘモジはミョルニルを叩き込んだ。
顔面に一撃を食らった頭部が半周捻りながら大きく後方にのけ反った。
「おおりゃぁあああ!」
クラースが身体強化を施して飛び込んできた。
さすが、タイミングを逃さない。
クラースの一撃がドラゴンの脚を両断した。
「!」
凄いッ!
結界を無効化した! 称号持ちか?
それともこれがクラースのユニークスキルなのか?
剣の間合いを越えた一撃だった。リオナの『風斬り』のようだった。
しかもその一撃はあの大木のような脚を一刀のもとに切り捨てた。
光属性のせいだけではないだろう。
魔法寄りの僕にとって、近接の要にあったら嬉しいスキルだが、手に入れるために死んで貰うというのはお門違いというものだ。
僕は万能薬を一瓶空けた。
普段はロザリア任せで、使うのは久しぶりだけど。
「『聖なる光・改』ッ!」
光がドラゴンの頭上で炸裂した。
光の波動が洞窟の隅々まで伝播し、辺りを眩しく照らした。
度重なる突然の横槍にダークドラゴンは絶叫した。
『眩しい未来を貴方に!(仮)』の基礎になった魔法だが、ドラゴン相手ではやはり力不足か。
ドラゴンの治癒能力の方が上回っている。
もう数発、撃ち込んでやろうと思ったが、隙を作ってやれば後はヘモジが――
「ナーナ!」
「あれ? ヘモジ、攻撃は?」
「ナーナ」
「疲れた? 交替? なんでだよ! 後一撃だろ!」
ヘモジはプイと横を向く。視線の先にはクラースがいた。
クラースに花を持たせる気か?
「だったらサポートしてこい!」
「ナーナッ!」
疲れていると言った癖に、飛び出していった。
「思いやりのある子で僕は嬉しいよ」
僕は銃を構えた。
「クラースさん、とどめよろしく」
「なんじゃと!」
まったくなんじゃとだ。
「ナアアアアアッ!」
正面はヘモジが抑えてくれる。
邪魔な尻尾は――
「僕が……」
『魔弾』を撃ち込んだ。
クラースに向けて振り下ろされようとしていた尻尾を吹き飛ばした。
それを見たクラースは剣を大きく振りかぶり、突進した。
ヘモジに殴られた頭が空から降ってきて床にめり込んだ。
「オオリャアアアァアア!」
脳天が真っ二つに切り裂かれた。首の先まで真っ二つだ。
まさか結界がここまで役に立たないとはドラゴンも思っていなかっただろう。
「ナーナ」
オルトロスになった? その例えはどうかと思うぞ。
「まさか、二体も飼っておったとはな」
少産のドラゴンじゃなかったら、今頃子供の大群で洞窟内が火蜥蜴状態になっているところだ。
「ナーナ」
ヘモジが死骸をポンポンと叩く。
「早速ですが、回収しても?」
「村の者を呼ばんと」
「取り敢えず、回収しちゃいますね」
僕は聞いていない振りをして、二体をさっさと『楽園』に放り込んだ。
まさかドラゴンを二体も収容することになろうとは。
「詳しい話は地上に戻ってから。ジータも心配してるだろうし」
「い、今のはどうやって!」
「知り合いの解体屋に送りました。ちょっとした裏技で」
それ以上は言わずにおいた。ヘモジの存在だけで常識から外れていることは察して貰えているだろうから。
「ナ!」
ヘモジが突然、立ち止まった。大事なことを忘れていたようだ。
「ナーナーナー」
石筍の影に隠れて小声でポージングを決めた。
今回は奇襲だったからな。
何食わぬ顔をして戻ってきて、先頭に立った。
来た道を折り返すことになった。
ここを今度は上るのか……
「ナーナー、ナーナナー」
鼻歌に合せて腰のミョルニルが揺れている。
「なんというか……」
クラースもその先の言葉が出なかった。
地上に戻るとジータがソワソワしながら扉の前で待っていた。そしてクラースの姿が目に飛び込んできた途端、目に大粒の涙を浮かべた。
僕たちは遠慮して日陰の地面に腰を下ろして、水筒を取り出した。
「飲むか?」
「ナーナ」
ヘモジが自分の水筒を逆さまにした。
途中の水源で汲んできた水も空っぽのようだった。
魔法で水を足し、中に氷を入れてやった。
カランカラン。涼しい音がする。
「ナーァ」
ヘモジは栓をしてシャカシャカ振って、水を満遍なく冷やした。
そして冷えたところでグビグビと。
「ナハー」
「みんなどうしてるかねー」
「ナー」
流れる雲をボーッと見詰めた。
「涼しい」
いい風だ。
「待たせたな」
ふたりが戻ってきた。
じゃあ、報酬の話をしましょうか。
「それでいいのか?」
「ええ、等分配は冒険者の基本ですからね。それに一体のとどめを刺したのはクラースさんですから」
「あれは、お前たちが」
ヘモジが偉そうに首を振った。
「それで、死骸の取り扱いなんですが。できればこちらに処分を任せて貰えませんか?」
もう送ってしまったことになっているし。
「それは一向に構わん。今のこの地で、ドラゴンを捌けるとも思えんしな」
「そこでものは相談なんですが、ジータさん、船を造りませんか?」
「えええ?」
「ジータさんが砂漠越えを成功させたことで、これからは北との交易も盛んになるでしょう。ですが、同時に魔物も戻ってきます。サンドワームも例外ではないでしょう。今回の報酬で町のために街道整備をするのもいいでしょうが、自分への褒美として、まず僕たちがここへ来たときのように安全迅速に移動するための手段を手に入れるというのはどうでしょう?」
「船を売って貰えるのですか?」
「待て待て、話に割り込んで済まんが、船とはなんだ? 空を飛ぶ船らしいがどんな物なのじゃ。大体そんな貴重な物を売って貰えるのか?」
「僕の船のような大きな船は大人の事情で許された者にしかお売りできませんが、小型の物は普通に売り物ですから。そうだ、実物を見ますか?」
「はあ?」
「ドラゴンが送れたんだから」
僕は中型の飛空艇を取り出した。
「小さい……」
「大きい……」
ふたりは対照的な感想を述べた。
「これを売って貰えるんですか?」
「これは探索用に造った物なので、商売で使うには不便です。ですから新品を買うことになります。ゴンドラ部分はこれよりもっと大きくなりますよ。船倉ももっと深くなります。この船のゴンドラはこれより小さな船の物を流用しているのでこのサイズですが。値段は今回のドラゴンの売却益で賄えます。半分はしないでしょう。残ったお金で商いをするもよし、死の砂漠を越える運搬業を始めるもよし。今回のジータさんの功績は大きいと思いますよ。それなりの報酬があって然るべきかと」
「そうじゃな。いつまでも内向きではな」
それから日が暮れるまでいろんなことを話し合った。
この盆地に麦を植えようとか。あの祠を開放して、観光名所にしようとか、酒やワインの貯蔵庫代わりに使おうとか。城塞を宿にしてしまおうとか。
船にも実際乗って貰って、操縦桿を握って貰った。ひとりで動かせることに驚いていた。
魔石の補充も今回のドラゴンの売却益の一部で数年分は入手可能だろう。どうせ契約更新のためにスプレコーンで定期メンテナンスを受けなければならないのだから、その間、賄える分だけ買い溜めしておけばいい。
北の町との交流が再開されれば、寂れた町も交易を中心に息を吹き返すことだろう。そうなると街道整備も大切だ。ジータだけでは町は決してよくならない。失われた中継の村の再建など、やることは満載だ。
ついでにふたりには『銀団』に所属して貰おう。そうすれば後ろ盾もできるし、上等な品を大量に優先的に回すこともできるだろう。
止まっていた時計の針が急に動き出したせいで、やりたいことがどんどん溢れてくる。
クラースも拾った命の有効利用を真剣に考え始めた。
ふたりは空の上から自分の生きてきた世界を感慨深げに見下ろしていた。




