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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第四章 避暑地は地下迷宮
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エルーダの迷宮再び(振り子列車)8

 全員にお茶と菓子が振る舞われた。

 僕はロメオ君に改めて姉さんを紹介した。

 僕がヴィオネッティーの出であることを知っている彼は、もちろん僕の姉が『ヴァンデルフの魔女』だと知っている。

 当然、凍り付くと思いきや、彼は頬を染めながら羨望のまなざしを向けた。

 ロメオ君は意外なことに魔法使い志望だったのだ。

 五歳の折、誕生日のプレゼントにと渡された魔法の入門書『きみも魔法使いになれる。魔法学入門編』が切っ掛けだったらしい。

 両親はギルドの仕事で忙しく、相手をしてくれる年頃の友人もいなかった彼は日々魔法の練習に興じていた。親は「生活魔法ぐらいは」という思いで与えた本だったが「いつか冒険者にならなければ」という思いがあった彼は、幼いなりに真剣だった。

 やがて才能に気付いた母親は十歳の誕生日に新しい本を与えた。

『魔法使いになった君に送る新たな扉。魔法学中級編』だ。

 僕も読んだことがある。読むだけだったが。

 彼の天賦の才はここに開花することとなる。魔力は年相応だが、この若さで、しかも独学で中級レベルの魔法を使いこなすまでになっていたのである。

 ギルド職員はエリート職だ。高給、安定が保証されている。ロメオ君の家は家族揃ってそんな職員の家系であったが、それでも魔道書は高価なものだった。

 書籍それ自体が品薄でなかなか手に入らない物だったし、秘密の多い魔道書となればなおさらだった。

 五年に一度の間隔で買えただけでも、彼の家庭がそれなりに裕福だった証しである。だがこの先、彼が魔法使いとして進むには今まで以上に膨大な資金が必要になる。

 彼の冒険はランクを稼ぐと共に資金稼ぎの手段でもあった。


 そんな彼のあこがれの的が姉さんだった。若くして頂点に上り詰めた天才。次期筆頭と目される若手ナンバーワン魔道師。

 ヴィオネッティーだとか、ヴァンデルフだとか恐怖や畏敬の念で見られてばかりの姉さんにとって、純粋にあこがれの対象として見られることはくすぐったいものだったに違いない。

 リオナは早々にお菓子を要求し、食い尽くし、お替わりを与えられたにもかかわらず、今はお茶で腹を満たしている。

 姉さんの朝食の量ではリオナの腹は満たされなかったようだ。こんな日に限って、干し肉を持参して来なかったらしい。

 全員が食べ終わる頃、身体が前のめりになる感覚を覚えた。

 車両が減速しているようだった。

 どうやらここから上り坂になるらしい。

 うとうとしていたリオナは反対側のソファーに転がって頭から突っ込んだ。

「うぎゃ!」

 のっそり起き上がり、耳を立てると、むぅ、と周囲を威嚇した。

 誰も何もしてないぞ。


「着いたみたいだな」

 小窓を覗いた姉さんが言った。

 ゴトンという音と共に動きが止まった。

 ブレーキが自然にかかった音らしい。

「ほら、着いたぞ。全員降りろ」

 僕たちは外に出た。

 外に出ると、ホームの柱に埋め込まれた魔石が光り出した。

「車両をここに置いておきたければ綱をそこのポールに縛っておけ。ブレーキの確認も忘れるなよ。転移結晶で帰る気ならブレーキを外して――」

 姉さんは車両を赤いラインの先まで運び、綱を収納スペースに収めると、今来た方へ押し出した。車両はスーッと坂を滑って坑道の闇に消えた。

 僕たちは呆然とその光景を見送った。車両は奈落に落ちて行くようだった。

 ほんとに滑り台だったんだ。

「これって交通革命なんじゃ……」

「そんなたいそうな物じゃない。わたしのアイデアでもないしな。振り子列車と言うらしいぞ。ただ普通はそうはうまくいかないらしい。どうしても空気抵抗や摩擦で力が減衰してしまうんだ」

「さっきしないって」

「補っているんだ。原理はお前の銃と同じだ。車両を弾丸のように風の魔法で押し出してるんだ」

「感じなかったのです」

「あくまで損失分を補っているだけだからな。加速しているわけじゃない」

「動力源は? 風の魔石?」

 姉さんは首を振った。

「搭乗者から吸い上げている。今までわたしだけだったから問題なかったが、明日からはお前が出発前に直接、石に補充しろ。でないと魔力の少ないリオナとロメオ君が卒倒するからな。石は後部に露出させてあるからすぐ分かるだろう」

 僕の頭のなかでは猛烈な勢いでいろんなアイデアが沸き上がっていた。凄い交通網が引けるに違いないと。垂直方向に転移して、滑り台で滑走する。風の魔法で加速し続ければ王都に日帰りだってできるかも。

 異世界に負けない魔法列車網の誕生だ!

「ちなみにエルネスト、石が空だとお前の場合、魔力半分持っていかれるから気を付けろよ。補充は常にしておけ。それと消費は重量に比例するから、重い荷物は厳禁だ」

「え? そんな容量どこに蓄えてるの?」

「何も車体に蓄えずとも、坑道の方に蓄えれば構わんだろ? 車体はできるだけ軽くが原則だからな」

 ほんとにここ、姉さんが幼い頃造った施設なのか?

「それと建造費のことも考えるんだな。転移ゲートを繋いで行く方がはるかに安上がりで早いはずだ。維持費もただではないからな。そういうわけだから、残念だったな」

 ぐっ、見透かされてるよ…… 

「だったらなんで造ったのさ?」

「若気の至りだと言ったろ? うちには『災害認定』を受けるような連中が大勢いたからな」

 ゲート障害を受けないでいろんな場所に自由に行けるから? いろんな世界を見て回れるから? 領地から出られない連中のため? 

 違うよね。兄さんのためだよね。

 幼い頃にたった一度の過ちのために『災害認定』を受けてしまったアンドレア兄さんのためだ。

 でも確かに子供の発想なんだろうな。

 問題の本質はゲート障害ではないのだから。

 常に監視を受け、領地の侵入を阻まれる存在であり続けるということなんだから。絶対的な力が周囲に与える目に見えない恐怖という名の疑念そのものなのだから。

 そういう意味ではエルマン兄さんは自由だよな。周りが諦めてる感じだよ。なんてったって情報より速く走り、城壁を飛び越えちゃう人なんだから。


 身内の不幸に思いを馳せていると姉さんが歩き出した。

 出発したホームと同じ景色がそこにあった。

 化かされているような気がした。

 ほんとに移動したのかな?

「こっちだ」

 姉さんが早く来いと促した。

 そこには壁と同じ材質の石の扉があった。

 扉を開けると石の階段が上へと伸びていた。

 そこには幼かった姉さんの、泥の乾いた小さな靴跡が残っていた。

 階段を上り、腐食防止のたどたどしい魔法陣が刻まれた分厚い木製の扉を開けると僕たちは外に出た。



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