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老人の歌12

 いつ報酬の話を切りだそうかとタイミングを見計らっているのだが、こうなったら余計なことは言わずにおくべきか、悩みどころである。大体見当は付いているのだが。

 ドラゴンがもしいなければ、報酬は交通費程度の違約金ということになるだろう。

 ドラゴンスレイヤーの家系なら、充分払える額のはずだ。何せ、僕ひとりに対する補償でいいのだから。

 仮にドラゴンがいた場合、戦って勝てたなら、その遺体を代償に寄越すつもりだろう。

 そして負けた場合、これが問題なんだが、恐らく……


 なぜ死の砂漠を越えさせてまでドラゴンスレイヤーを探させておいて、安全パイを取らずに、ひとりだけを招くような条件を付けたのか?

 なぜロザリアの父を頼ったのか?


 老人が払える唯一の方法……


 この依頼の最もおかしな点は依頼がひとりに向けられている点だ。

 ドラゴン狩りは普通、最低でもチームレベルでするものだ。単独でなどと言うのは英雄譚の読み過ぎだ。まあ、うちには若干名それを可能にする者たちがいるにはいるが……

 普通、ドラゴンスレイヤーの称号はチーム全員への冠であって、個人のものではないはずだ。

 だからこそ、この依頼の神髄はここにあるということだ。

 そこで考えた。


 ひとりでなければならない理由……


 あることが思い立つ。

 否、それ以外の選択肢はないだろう。

 それは……

 老人が持つユニークスキル。その継承である。

 老人が持つ、ドラゴン討伐の報酬に値する唯一のもの。

 ユニークスキル…… まさに金では買えない代物だ。


 だから誰でもいいわけじゃなかった。

 力を有効に使える者。悪用しない者。させないだけのバックボーンがある者。

 だから枢機卿だった。国を失い、寄る辺をなくした民の末裔である老人にとって、公明正大で確かな組織は教会しかなかったのだ。

 結果的にこちらに回ってきはしたが、それは教会の下した判断で、教会の信用がある者という意味でもある。普通、自分たちに仇を成す者に依頼を横流しなどしないだろうから、教会側が最善を尽くした結果だと解釈されることだろう。

 実際のところ、西方遠征で手一杯なだけなのだろうが。


 理由はどうであれ、継承が絡むとなれば、選択肢は少ない方がいい。

 血筋の途絶えたスキル保有者が死んだとき、スキルを移譲するにたる素養の持ち主が側にいればどうなるか。今更説く必要もないだろう。 

 ドラゴン相手に使えるスキルなら、きっと誰もが欲しがるスキルに違いない。が、正直僕には無用だ。エルフの残したまだ見ぬ術式や魔導具の図面の方が遙かに有り難い。


 さて、どうするか。

 結界が切れていると言うべきなのか?

 結界がない以上、探知を阻害する壁もないわけで、反応がないところを見ると、もうこの辺りにドラゴンはいないのだろう。

 なら言ってしまって、時間の針を進めようか。

「クラースさん、結界が作動していませんが」

「なんじゃと!」

 老人は立ち上がり、飛んできた。そして扉に張り付いた。

「馬鹿な……」

 老人は胸のメダルを凝視した。メダルを持つしわくちゃな手が震えている。

 魔力を探知する魔導具か?

「ジータ! 祠に入るぞ! 装備を持て」

 それから老人はドラゴンスレイヤーだった頃の上級装備を持ち出して装備し始めた。

 僕は薬の在庫とお守りが作動しているかを確認して、リュックから投擲用の鏃を幾つか取り出した。

 老人の武器は見たこともない大剣だった。変わった曲線をしていて、先端に向けて幅広になっている。そして何より、付与されているのが聖属性だと丸分かりの輝きを放っていた。

 一線級の業物だ。

 城塞はボロボロでも装備は完璧に維持されていた。聖騎士団の装備に似ているが、魔法付与全盛の今と違って、重厚な造りになっている。

 老人が鍵を扉に差し込むと一瞬魔素の束が四方に飛び散った。

 ロックが外れて何百年も開いたことのない分厚い扉が揺れた。

 ふたりで扉を押し込んだ。

 ゆっくりと重い扉が押し開かれていく。


 人工的な内装を想像していた僕は面食らった。

 そこにあったのは自然にできた鍾乳洞のようだった。

 扉の隙間から心地よい冷気が押し寄せてくる。

 僕は壁に触れ、結界の仕組みを探った。

 すると大掛かりな仕掛けについて大体のことが理解できた。

 壁に埋め込まれた光の魔石が僕たちの魔力に応じて辺りを照らし始めた。

 やはり吸収型の魔石だった。

 魔石のないこの地方で、何百年もの間、如何に結界を張り続けるか。如何に魔力を補充し続けるか、その選択肢は余り多くない。


 洞窟の床は整地され、長く不規則な階段が地下深くまで続いていた。

 周囲の壁が湿気で濡れている。

 この祠の結界はドラゴン自体の魔力が動力源になっている。

 生きている限り、ここから自力で出ることは叶わない。自分で自分を閉じ込めるという皮肉な構図ができあがっていた。

「エルフらしい仕掛けじゃな」

 老人は言った。

 だが、強力な結界を何百年も人の手を借りずに維持しようとすれば、それ以外の選択肢はないように思える。

 結界がなくなったということは、つまりそういうことだろう。


 天井が段々高くなっていく。

 頭上には大きな鍾乳石がぶら下がっている。

 さて、どこに死体が転がっているのかな。皮も肉も残っちゃいないだろうが、骨ぐらいならあるかも知れない。

「ナーナ」

 ヘモジが立ち止まる。

「風?」

 空気の流れがある!

 空気の取り入れ口か?

 洞窟内が濡れているのは湿った空気がどこからか入ってきている証拠だ。

 風の流れを手繰りながら洞窟内をひたすら進んだ。

 十分近く歩くと大きな地下洞窟に出た。

「乾いてる……」

 あれ程濡れていた洞窟内が乾燥し始めていた。

 そして更に奥に進むと、その先に目を見張るものが現われた。

「馬鹿なッ!」

 洞窟内にクラースの叫びが木霊した。

 巨大な洞窟の壁に大きな穴が空いていたのだ。そこから眩しい日の光が差し込んでいた。

 探知スキルを全開にする。

 魔素が漂っている。まだ形跡が残っている……

 ドラゴンはつい最近までここにいた?

 洞窟内を見渡すと、木の枝というか、幹で作られた巣があった。その周囲には食い散らかした獣や魔物の死体が転がっていた。

 老人は近寄って、死体の腐敗具合を確かめた。

「最近のものじゃな……」

 僕たちは穴に近づいた。

 渓谷が広がっていた。川の流れで深く掘り込まれてできた断崖に僕たちは立っていた。見上げると地上が遙か上に存在していた。

「こんな場所があったのか?」

 それは渓谷の谷間に作られた火竜の巣のようだった。

「野に放たれたというのか?」

 村が襲われたという話は聞かない。恐らく人里に侵入して再び使役されることを恐れているのだろう。

 だが、それもいつまで続くか。かつて自分を使役した者がもういないと分かればどうなることか。

 長い沈黙が続いた。

 扉を守る必要はなくなったが、脅威だけが残ってしまった。

 いつ穴が空いたのか? 渓谷の川の流れが変わったせいか? ドラゴンが自力で開通させたのか? 分からない。

 だが、巣穴は今も使われている。となれば、待ち伏せも可能だが。

「空を飛ばれてはわしにはもう、どうすることもできない」

 ヘモジが盾をボードにして飛んでいった。

「なんと!」

 地上に近づいたところで、急に方向転換して戻ってきた。

「ナナナーナ!」

「帰ってきた?」

 僕たちは急いで来た道を戻り、石筍の影に隠れた。

 大きな影が大穴から差し込む光を遮った。

 逆光のせいで正体が分からない。

 僕たちの痕跡に気付いたのか、警戒している。

 ドラゴンの魔力を吸収して結界が作動した!

 影に差し掛かったところでようやく正体が見えた。


『ダークドラゴン レベル八十七 オス』


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