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老人の歌10

 ジータが前に出た。

「ジータ・エミーナです、隊長」

「ジータ!」

 騎兵の群れのなかから同じ年の頃の農婦が顔を覗かせた。

「メリーナ!」

 どうやら、探し人は見付かったようだ。

「おじさんやおばさんは、みんな無事?」

「ええ、なんとか」

 抱き合って再会を喜んだ。

「ルフの娘か。そちらは?」

 隊長が僕を見た。

「旅の護衛をして頂きました。エルリンさんです」

 違うから。

 姉さんはいつの間にか消えていた。

 思い出した。魔法使いが国境を越えるにはいろいろと面倒な手続きが必要だということを。

 いくら亡国と言えど『ヴァンデルフの魔女』を使わしたとなれば一大事だ。

「冒険者ギルド『銀花の紋章団』所属、エルネスト・ヴィオネッティーと申します」

 そう言う自分はなんなんだという思いもあったが、腰に剣をぶら下げているから、まあいいだろうと保留した。まさか剣だけでドラゴンのブレスを防げるなんて誰も思ってはいないだろう?

 それにしても『銀花の紋章団』と聞いて驚かない連中を初めて見た。

 さすがにここまでは名が通っていなかったか。

 だけどクラース・ファン・アールセンは知っていた。ロザリアの父親のことも知っていたということは、彼自身がアールハイト王国を訪れた経験があると考えるべきだろう。

 遍歴のドラゴンスレイヤーか?

「あれはお仲間では?」

 屋根の上でヘモジがしゃがんでこっちを見ていた。

「ああ、あれはヘモジです。僕の召喚獣です。見張りはもういいよ」

「ナーナ」

 藁束の上に飛び降りて、トコトコと兵士の間を擦り抜けてくる。

「あれが?」

「召喚獣だったんですか?」

 ジータが驚いている。

 そう言えば説明してなかった。

「あんな小人、見たことあります?」

 ふたり揃って首を振った。

「ナ、ナーナ」

 喉が渇いたというので積み荷といっしょに降ろした僕のリュックを指差した。

 ヘモジは駆けていってなかを弄り、自分の水筒を取り出すと、ゴクゴクと美味しそうに喉を鳴らした。

「ナハー」

 はーっと息を吐いた。

「召喚獣じゃしょうがないわよね」

 何やらジータが自分に小声で言い訳していた。

 まさかこの愛嬌の塊のような小人がドラゴンを一撃で倒すとは誰も思うまい。

「そうだ、隊長。ここを襲った盗賊全員、物置小屋に監禁してあります。それと一味のリーダーはボッシュ・バダッシュです」

 ジータが言った。

「なんと!」

 側にいた立派な髭を蓄えた御仁が思わず反応した。

 町の悪い意味での有名人らしい。

「案内を頼む」

 ジータは賊を閉じ込めた場所に兵士たちを案内した。


「凄い荷物ね」

「あの箱は全部塩よ」

「塩!」

 女性陣は持ち帰った積み荷の山を検分し始めた。

 ヘモジは猟犬の蹂躙から逃れた勇敢なニワトリとにらめっこしている。

「安かったから店の在庫を丸ごと買ってきたわ。海から取れる塩だそうよ」

「それじゃ、しばらくはあの忌々しい塩売りの行商から買わずに済むのね?」

「何言ってるの。コートルーまでのルートが健在だと分かったんだから、その内交易だって再開できるわよ。そうなれば一方的な言い値で取引しなくて済むようになるわ」

 ベヒモスはただ砂漠を横切っただけだったが、ジータの話では中継の村やキャラバンが相当被害に遭っていたらしい。

 元々あった交易路がそのせいで消えたわけではないが、ただ、死の世界に変貌した先に頼るべく伝手もなく、恐怖だけが居座っているのが現状のようだ。

 ジータは何を以て、そんなところに単身飛び込む決断をしたのか。天秤の片側には何が載っているのか?

「あれはフライパンと鍋、それとあの箱は鋤や鍬、スコップも買ってきたわよ。後は香辛料と食材が少し。食器はあの箱ね」

「横の箱は?」

「衣類関係よ。南の商人が運んでくる衣類は野暮ったいでしょ?」

 そう言って僕や兵士を横目で牽制しながら、コソコソと下着の話を始めた。

 僕は少し遠ざかった。

「『銀花の紋章団』というのは随分と手際がいいようだな?」

 そんな僕の所に隊長が盗賊の収容を終えて戻ってきた。

「慣れてますので」

 疑われている様子はなかった。

「クラースはトップギルドだと言っていましたよ」

 下着の話を中断してジータがやって来た。

「だがひとりというのは解せんな。これだけの荷物をお前たちだけで運び込んで来たとは到底思えん」

「それなりの人数が越境してきたと言えば満足ですか?」

 ジータが言った。

「不測の事態だ。多少の滞在を許すぐらいの度量はある」

「彼らは帰りましたよ。それにクラースがそれを望んでいませんので」

「あの御仁は何を考えておるのやら」

 まったくだ。

「では、我らは行くぞ。町のこそ泥たちが仕事を始める前に戻らねば。何かあれば狼煙を上げろ。ああ、それと」

「奥様には投資頂きありがとうございます。報酬の分配は公正に次のお茶会で」

「ただの旅のカンパだろう。大袈裟な。だが、塩を多めに頼む。最近の妻の料理は味気なくていかん」

 騎馬隊は盗賊を馬車の荷台に積み込んで帰っていった。

「お茶会?」

「旅に出ると言ったら、町のみんながカンパしてくれたのよ」

「お土産は兎も角、生きて帰ってきてくれただけでみんな喜ぶわ。なんたってあの死の砂漠を越えたんだもの」

 メリーナの言う通り、彼女が死の砂漠を越えた意味は大きそうだ。

 ベヒモスの影響が残っているうちに魔物除けの杭を街道沿いに打ち込んでいった方がいいだろう。できれば安全な飛空艇を売り込みたいところだが、どう見ても魔石のある生活をしている様には見えなかった。


 散り散りに逃げ出した使用人たちが盗賊討伐の知らせを受けて、ポツポツと戻り始めていた。

 メリーナの両親も一足早く町から戻ってきて、亡くなった使用人たちを弔う準備を進めている。

 僕たちはメリーナに荷物を任せて、クラース・ファン・アールセンとの待ち合わせの場所へ急ぐことにした。

 馬車を借りる予定だったが、盗賊に置いていかれた馬がいたので、馬車は荷運び用に残し、僕たちはひとり一頭に跨がって移動することにした。

 正直ボードで飛んだ方が楽なのだが、仕方ない。

 庭園を抜け、しばらく岩がごろつく荒野を駆け抜けると、ゴツゴツとした岩山に達した。

「ここを通ります」

 騎馬がやっと通れる高さの岩場の亀裂を進むと貝殻色のなだらかな壁の谷間に出た。

「ドラゴンのブレスの跡だと言われています」

「ナー……」

 ヘモジといっしょに周囲の壁を見回した。

 確かに壁は太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 進むに連れ、地上が遠ざかっていった。その分日陰が多くなり、そこを通ってくる風はとても涼しかった。

「この先で休憩しましょう」

 岩をくり抜いて造られた人工の門が現われた。

「古代語?」


『ここより先、死は傍らにあり』


「読めるのですか?」

「ええ、まあ、我が家にはエルフがふたりいますので」

 ここぞとばかりに、内部の遺跡らしき建物にある碑文の解説を求められた。

 大概、過去の歴史の記述か、よくある建立碑、どこそこの誰々作というようなものだったが『この先、危険!』などといった警告もたまに見受けられた。

 休憩するんじゃなかったのか?

 先のブロックに今も使われているのだろう、清掃の行届いた水場があった。

 とうとうと湧き上がる清水が、岩をくり抜いただけの貯水槽に流れ込み、水面を踊らせていた。

 見上げると明かり取り用か、四角い穴が開いている。

「今は扉を閉じていますが、昔はあの上の祠から水を汲み上げていたそうですよ」

 どうやら砂に埋まる以前、ここにはエルフが治める村があったらしい。

 溢れた上澄みは床を水浸しにしながら側溝に流れ込み、壁に開いた穴に流れて消えた。

 濡れていない台座に腰を掛け、僕たちは昼食を取った。

 弁当箱にこれでもかと肉がぎっしり収まっていた。

 どうやらリオナのお手製らしい。

 ヘモジがケタケタ笑った。

 同行させて貰えなかった恨み節も入ってるのかな?

 野菜スティックを取り出して、自分の分を取り、残りをヘモジに渡した。

 ヘモジも自分の分を取るとそれをジータに渡した。

 ジータのお昼はワッフルとアマレーナのタルトと飲み物だけだったので、食べ切れそうにない肉を少し食べて貰った。


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