老人の歌9
久しぶりに見る緑。わずかに岩に張り付いた雑草が出迎えた。
人工の防砂堤か?
砂に半分埋まってはいるがまだ機能しているようだ。轍があり、人の暮らしの片鱗が垣間見えた。心なしか空も晴れやかだ。遠くにも木が生えているのが見えた。
「ここからは馬車での移動になります」
彼女が乗ってきた馬も馬車もスプレコーンで現金に換えられ、大量買いの資金の足しにされていた。よって、荷馬車を調達しないといけないのだが。
「荷物はあの家に運び込みます。あそこに知り合いがいますから、馬車を借りてくるので皆さんはここでもう少しお待ちください」
「それはやめた方がいいのです」
リオナが言った。
「血の臭いがするのです」
言われて皆はっとする。
探知スキルを最大限に働かせる。
「多いな……」
「野犬というわけではなさそうだな」
姉さんも甲板に出てきて遠くを見詰めた。
「明らかに人間の影が見える」
「ジータには残念なのです。お友達はもう死んでるのです。あそこで野蛮人共が勝利の宴をしてるのです。ボッシュ・バダッシュ知ってるですか? そいつが頭みたいなのです」
「そんな!」
「知り合いか?」
「札付きの悪です。随分前に町を追放されたのに……」
ジータの一連の計画がばれたのかもな。
「手紙を出したか?」
「はい、戻る旨を伝えました」
土産の話も記したんだろう。ギルド通信の内容が外部に漏れることはまずない。となればここの住人がなんらかの理由で漏らしたか、あるいは悪人特有の勘でいつもと違う動きを察知されたか。
「十人はいるな」
ジータはすっかり青ざめていた。
「馬を強奪される前に倒しに行った方がいいんじゃないか」
「リオナも行くのです」
「いや、僕が行くよ。行き掛けの駄賃だ」
「慢心は怪我の元だ。奴ら以外、辺りにもう人はいないようだからな。このまま乗り付けた方が早い」
『始動再開します!』
「よし、やってくれ」
ボードを出したのは僕とリオナとナガレだ。僕の肩にはヘモジ。遅れてロメオ君もやって来た。
足元にジータの知り合いが住んでいた庭園が見える。
飛空艇の影を落とさぬよう、慎重に太陽を背にしながら接近、高高度で船を固定する。
「行くぞ!」
僕たちは飛び出した。
まずは奴らの獰猛な猟犬を始末する!
警戒して吠え始めた猟犬をナガレが空から黙らせた。
騒いでいる猟犬を心配して出てきた無頼漢を、僕とロメオ君が魔法で仕留めていく。
リオナとヘモジが外壁の外の死角に降り立つと、二箇所の門に立っている見張りを始末した。
外を警戒していた猟犬たちが猛スピードで戻ってくる。
リオナは壁の上に退避して銃で狙撃、ヘモジは盾の結界ではじき飛ばした後、ミョルニルでとどめを刺した。
ふたりは合流すると屋根伝いに母屋に接近した。
僕とロメオ君とナガレは見張りが消えたことを確認すると中庭を囲む建物の屋根に降りて、隠れている敵を探した。
が、母屋以外から反応はない。
「おい、様子が変だ。見てこい」
建物のなかから声がする。
扉を開けて薄汚い賊のひとりが出てきた。仲間の名を呼びながら中庭を突っ切ってくる。
「どこいきやがった。あの馬鹿共」
建物の陰に入った所で凍って貰った。
建物のなかには後四人。
「どうする?」
「なかにいられなくするのです」
「温めてみるか?」
僕とロメオ君は建物の周囲の温度を徐々に上げていった。僕の結界内にいれば涼しいものだが、建物のなかは異変に気付いていい頃合いになった。
「窓を開けろ!」
「元々開いてやすよ」
「不愉快な天気だぜ、まったくよ」
「ジータの野郎をあと何日待ちゃいいんだ」
「野郎じゃありやせんよ」
「うるせいぞ、この野郎! 酒蔵から冷えた酒持って来い!」
ギイイッと扉が開いた。
「うわぁあ、暑ッ! 頭、こりゃ暑くて外にいられませんぜ」
「なんだこりゃ、見張りの奴ら、くたばってんじゃねーか?」
もうひとりの男が首を覗かせる。
「おい、ついでに見てこい!」
「なんで俺が!」
日陰に逃げ込むように走る男が足を絡ませて倒れた。
酔って足元がおぼつかない。
「何してやがんだ! この間抜け!」
だが男は立ち上がれなかった。
そのまま地面にうずくまってしまった。酔いが回り過ぎたか、頭でもぶつけたか、兎に角へたり込んでしまった。
「おい、何してる!」
もうひとりの男が引き起こすが、倒れた男の意識は朦朧としている。
頭を叩いて地面に放り投げた。
「しょうがねぇ野郎だ」
井戸に向かうようだ。が、そっちに行かれては困る。そっちには死体やらが転がってるからな。
ナガレが雷を落とした。
しばらくすると母屋のなかの話し声も消えたので、僕は部屋に立ち入り、意識を朦朧とさせているふたりに一撃を加えた。
船に手を上げると、姉さんとジータがゴンドラで降りてきた。
「あー、あんな物いつの間に!」
「日々進化してるのです」
他の船からのフィードバックだろう。
「なんだ、殺さなかったのか?」
姉さんが素っ気なく言った。
「犬は殺しましたよ。加減ができないので」
「酔っ払い相手ではな」
それから全員を一つ所に閉じ込めて、出入り口を完全に封鎖した。
武器も取り上げたので、何もできやしないだろう。
「役人が来るまで閉じ込めておいてやる」
その間ジータは庭園中を探し回った。
どうやら殺されていたのは使用人だけのようで、ジータが心配する家人は見付からなかったのだ。逃げおおせたと思いたいが。
こういう物騒な場所では魔物も出るはずだ。井戸があるようだからサンドワームが出ることはないだろうが、それはそれで別の魔物が我が物顔で徘徊するものだ。壁の高さを見れば大物は出ないようだが、死体を漁られた可能性もある。家人だけを狙ったというのもおかしな話だが。
そう考えると逃げおおせたと考えるのが妥当だろう。
「蹄の音なのです!」
「大勢来るわよ」
遠くに砂埃が立つのが見える。
船からも知らせが来る。
「大勢やって来るようだ」
恐らく家人が応援を呼んだに違いない。
「ジータとエルネスト以外は早急に船に戻れ!」
ロメオ君たちはボードで飛び立った。
「荷物は?」
「エルネストここに降ろせ」
「いいの?」
「予定の場所に戻って、今更馬車で何往復もするつもりか?」
「積み荷をここまで運んで貰ったことにしましょう。皆さんは帰ったことに。馬車を使用した振りをしないと」
「そっちはジータさんに任せよう」
僕は急いで船に戻ると、格納庫の荷物をまとめて『楽園』に放り込んだ。
甲板に出ると土煙はもうそこまで来ていた。
「じゃあ、行ってくる」
「こっちは任せるのです」
僕は転移した。
ジータが荷馬車を用意している隙に中庭に降り立ち、一角に荷物を吐き出した。
急いで僕は近場の門を大きく開放し、今荷物の搬入が終わった体を装った。
「来るぞ、ジータさん!」
「ただいま」
馬が嘶いた。
パカパカ、ジャリジャリと荷台を引いた馬が中庭に姿を現わした。
僕は荷物の一部を荷台に放り込んだ。
そこへ別の門から騎馬が雪崩れ込んできた。
「手を上げろ! 盗賊共!」
あっという間に騎兵に囲まれた。




