エルーダの迷宮再び(振り子列車)7
かつて中庭にあった転移ゲートは、今は領主館のなかにあった。
「公共ポータルから行けないんでしょうか?」
ロメオ君が真っ先にびびっていた。
日もまだ出てない早朝から、正門には怖そうな門番が立っていた。
「おはようございます」
よい子ぶって挨拶をする。
「エルネスト様に、ロメオ様、リオナ様ですね。どうぞお入りください」
言われるままに門のなかに入った。
庭は半分以上が造園途中だった。
「正面入り口から入るんだよね?」
ロメオ君が鐘楼を見上げながら言った。
噴水を囲むようにロータリーがあり、僕たちはその道を横切った。その先には豪華な螺旋階段があって、僕たちはそこを目指した。
階段を上がり扉のノッカーを叩く。
朝早いから大きな音を出すのは気が引けた。
重厚な大きな扉が音もなく開いた。
「お待ちしておりました」
うわっ、執事さんだよ。初めましてだよ。
身だしなみに隙のないおじいさんが僕たちを出迎えた。
「じっちゃん、久しぶりなのです」
「おほっほっ、リオナ様、相変わらず、お元気そうですな」
あれ? 知り合い?
リオナはお爺さんに抱きついて喜びを表現している。
「王宮でお世話になったのです。こっちがエルリン、こっちがロメオ君なのです。お爺ちゃんはハンニバルなのです」
うはっ、いかめしい名前だ。見かけと正反対だよ。
「初めまして、エルネストです」
「ロメオです」
握手しようにもリオナが邪魔をしていた。
仕方ないのでお互い苦笑して一礼のみに留めた。
「お姉様がお待ちです」
案内されるまま青と金色の煌びやかな廊下を進むと広間に出た。
椅子に腰掛けていた魔女が立ち上がり出迎えた。
「初めましてロメオ君。レジーナ・ヴィオネッティーだ」
「ロメオ・ハルコットです」
ロメオ君はカチコチになって一礼した。
姉さんもどこか作っている。
姉としての貫禄を見せたいのか?
「時間が惜しい。移動しながら話そう」
そもそも早起きしたのには理由がある。姉さんの空き時間が今しかなかったのだ。
姉さんには感謝である。
僕たちは早々に館の尖塔に上がった。
姉さんが鍵で扉を開けると、無数の鎧人形に囲まれたゲートが現れた。
「行くぞ」
姉さんはゲートを開いた。
そこは見たこともない建造物だった。
「ここどこ? 何これ?」
周囲はすべて壁で覆われ、窓一つない、明らかに地下だと分かる場所だった。
丸い坑道が二本、僕たちのいるプラットホームを挟んだ両側から伸びていた。坑道の壁はタイルの様にツルツルに仕上がっていた。
「これって…… まさか、異世界の地下鉄っていう奴なんじゃ!」
僕は感極まって叫んだ。
「残念。それを模してわたしが昔造った滑り台だ」
「ええッ?」
滑り台?
「姉さんの子供時代はお前をかわいがる以外楽しみがなくてな。兄のひとりは何を考えてるかわからないし、もうひとりは筋肉馬鹿だし。暇を持て余していたわたしは『異世界召喚物語』を参考に滑り台を造ったのだ」
「これのどこが滑り台なんだよ。巨大ワームの巣じゃないのか!」
「巨大ワームの巣はもっとでかいぞ」
そういうことを言いたいんじゃなくて。
「世界の果てを見てみたい。子供心にそう願ったわたしは、親の目を盗み、気付かれないように計画を実行に移したのだ。いかに短時間で済ませるか、それが肝だった。食事時に遅れたら食事抜きだったからな」
無茶だろ、そもそも前提が。
「まず、これを」
姉さんはこの場所への直通の転移結晶をそれぞれに手渡した。
「では仕掛けを説明しよう」
そう言うと姉さんは向きを変え、ホームの隅にある先端が放物線状に丸い細長い繭の様な乗り物を引っ張り出してきた。
「やっぱり縄が腐ってるわね」
乗り物を引っ張る縄がボロボロになっていた。
姉さんは縄を結ぶ金具に直接手を掛けていた。
「持ってきた物と交換してちょうだい」
姉さんの鞄のなかから新品の縄が出てきた。
大きな鞄を持ってきたから何かと思っていたら、こんなもの入れてたのか。
「ツルツルなのです」
リオナが先端の流線形の丸い曲面を触って言った。
「これが車両?」
「そうだ。その赤い線から先に行くと坑道に傾斜が付いているから、自動的に落下する仕組みになっている」
姉さんの講釈が始まった。
現在地はユニコーンの森の北西、アルガスとの領界であるミカミ連峰の中腹に当たるそうだ。エルーダ村から望める美しい山々である。
姉の構想では遠くに行くためには高さが必要だったらしく、滑り台なら当然だが、当時、事実上誰の領地でもなかったこの地にこの施設を造ったのだそうだ。
「あの頃は若かった。動力といえばこの程度しか思い浮かばなかったのだからな」
自由落下である。
標高の高いこの場所からこの車両に乗って傾斜に沿って落ちるのだ。文字通り滑り台というわけだ。
乗り物には滑車が付いていて、壁との接触面を最小限に留めていた。
「坑道は弓なりになっていて、もう一方の停車駅とここは同じ高さになっている。つまり落下しながら加速して、上昇しながら減速するだけの仕組みだ」
それは地下鉄というより、ジェットコースター?
「摩擦抵抗があって無理なんじゃ」
「なんのための魔法だ。摩擦は魔法で軽減しているし、空気抵抗もクリアーしている。逆に加速することすら可能だ。その車両を持ち上げてみろ」
ロメオ君が言われるまま持ち上げた。
「か、軽い!」
「八枚羽根の大王蛾の繭を使っている。納得したか?」
僕たちは頷いた。
「では行くぞ」
「え?」
乗るの?
「快適な旅を約束しよう」
車両に押し込められると、そこにはソファーやら茶飲み道具などが置いてあった。
「昨日のうちに準備しておいた。誰かそこの杖を引き上げろ」
ロメオ君が車両のなかに斜めに生えている木の棒を引き起こした。
「それでいい」
車両を赤線で停止させると姉さんも乗り込んできた。
僕たちはテーブルを囲むように座った。
「これがブレーキだ。止めるときに使う」
姉さんは杖のような棒を今度は倒した。
ガコン。音がしたかと思うとゆっくりと車両が動き出すのが分かった。
「外が見えないのです」
リオナが言った。
「あっても外は暗闇と壁だけだぞ」
運転席にのぞき穴程度の窓が一つあるだけだった。
リオナは小窓を覗き込んで早々に諦めた。
車両の天井にある光の魔石が光り出した。
「乗客の魔力を吸って光っている。放って置けば時期に切れる」
動いているのか止まっているのかわからないほど静かだった。
「どうだ、快適だろう? そろそろ慣性に入る。揺れも収まったことだし、お茶にしようか」




