老人の歌(『若様ご乱心』カードゲーム)2
それより今は目先の怪しい依頼の検証だ。
「つまり、どういう……」
「つまりクラース・ファン・アールセンなる人物は王国が従えていたドラゴンのゆくえを知っている人物で、恐らくそのことで何かをさせたいのだろう。実際、国が滅びたとき、王国の『竜』がどうなったかを記した物も言い伝えも存在しない。ならば今も王国のどこかにいる可能性は充分ある。そう考えれば内密でなければいけない理由も理解できる」
「殺すことが依頼じゃないと?」
「公にできない理由があるのだろう。ドラゴンとは言うなれば宝の山だ。常識から考えて、発見次第、倒すのがセオリーだ。後々のことを考えれば尚更だ。要するに場所を教えるということは宝箱の位置を教えるに等しいということだ」
「だから内密に?」
「情報を聞き付けて有象無象に来られては困るのだろう。お宝を見逃す選択肢もあるのかも知れない。あるいはもっと別の……」
「本人が分け前を渋ってるだけという可能性は?」
「お前の父がそんな人物を娘に紹介するわけなかろう?」
ロザリアが赤くなって頷いた。
「明日、使者に会いましょう」
「え? 会うの?」
「会うんですか?」
「公に会えないのなら、こっそり会いましょう」
「エルネストの家でいいだろう。教会に出向くときに知らせてくれ」
「人選はわたしの独断でいいかしら?」
余り遠出はしたくないので、全部任せたいくらいなんだが、ロザリアに来た依頼なら避けては通れない。僕とロザリアはジュースを飲み干しながら頷いた。
翌日は休日で、みんな思い思いの一日を過ごすことになっていた。
僕が遅く目覚めたときには、ヴァレンティーナ様はもう来ていて、姉さんと一緒に食堂で客人を迎える用意をしていた。
エンリエッタさんも給仕の振りをして護衛に付いている。もしヴァレンティーナ様の命を狙う計略の類いだったとしても、ロザリアの護衛たちも含めて、強固な壁ができあがっていた。
そういうことにはならないとは思うが。
「お早うございます」
僕が廊下から下を覗き込んでいると、エミリーがトレーに載せて朝食を運んで来た。
「エミリー、お早う」
「領主様が人払いをと仰せなので、お食事はこちらに運ばせていただきます」
「分かった。他のみんなは?」
「リオナちゃんとナガレちゃんは朝の散歩に。アイシャ様はレオさんと訓練場に向かわれました」
「あれ? そう言えばレオ、きのう、どこかに行ってた?」
「ピノ君のお宅に。仲間内でお泊まり会だそうで。無断外泊がばれて――」
訓練場の方を指して、溜め息をついた。
全然気付かなかった。誰も指摘しないって、どういうこと?
「みんな知ってたの?」
「リオナちゃんから聞いて。その獣人特有の通信網で。でも『遅くても帰る』と言っていたのに帰ってきたのが朝になってからで」
それで朝から猛稽古か。
素直に泊まってくると言えば、アイシャさんも怒らなかったろうに。不器用な奴だな。
「オクタヴィアたちは?」
「オクタヴィアはアイシャさんと一緒です」
あいつは危険に飛び込む名人だな。
「ロザリア様はヴァレンティーナ様と入れ替わりに教会に向かわれました。と言うわけでヘモジちゃんです」
エミリーの後ろにヘモジが隠れていた。
「ナーナ」
嬉しそうに顔を覗かせる。
「お早う、ヘモジ。ロザリアたちの用事が済むまで、一緒にここで食事しようか?」
「お手数おかけします」
それはこっちの台詞だよ。
「ヘモジちゃんの分も今運んで来ますね」
お偉いさんが来ているせいでエミリーもいつになく緊張しているようだ。
待っている間、昨日話題に上った竜騎士の童話を探しに書庫に入った。
買った記憶はないので誰かが補充していなければ、あるはずもないのだが、有名な物語だからもしかしてと思ったが、やはり甘かった。
アイシャさん辺りが揃えてるかなと思っていたのだが、残念ながら範疇にはなかったようだ。
ヘモジとのんびり食事をしていたら、客人が来たようだ。
階下の様子が慌ただしくなっていた。
ヘモジが扉の隙間から覗こうとするので、ヘモジの分の野菜サラダにわざとフォークを突き立てた。
「ナー!」
飛んで戻ってきた。
「ナナナナナーナ!」
「そう思うならウロチョロしないで、大人しくしてろ」
結界が張られたので、物音がしなくなった。
「ナー」
ヘモジが腰袋から見慣れない箱を取り出した。
「ナーナ」
小さな箱を開けるとカードが入っていた。
「これって?」
「ナナナナ、ナーナ」
新作のゲーム?
なんだか見慣れた連中の顔が描いてあるぞ。それも結構本格的な似顔絵だ。
「『魔獣図鑑』のおまけのカードみたいだな。これで双六なのか?」
「ナーナ」
カードゲーム? 異世界のタローみたいなものか?
あ、オクタヴィアのカードまである。何々……
『攻撃力一。「使役」の効果で相手の場にある札を一枚、退場させられる』
「へー」
「ナーナ」
何? ヘモジのカード? お、可愛い絵面だ。
『攻撃力七。隣に「エルリン」がいると「再召喚」』
ヘモジがカードを上下ひっくり返す。するとそこには巨大ヘモジが!
『攻撃力二十。攻撃力が残っている限り、連続攻撃可。「エルリン」が場にある限り、十以下の攻撃無効化』
「凄いな、ヘモジ」
「ナーナ」
攻撃力最大?
それにしてもこの仕掛け…… 角度によって見える絵が違うんだ。上下反転すると別の絵が映る。
それで僕のカードは?
絵が似てるんだか似てないんだか……
まず名前からどうにかしてくれ。ここはエルネストだろ? 僕だけなんであだ名なんだ。
『攻撃力十五。「結界」効果ですべての攻撃を十回無効化する。後衛攻撃可』
それだけ?
「ナナナ」
終わるまで誰にも手が出せないから、ヘモジでも倒せない? だからなんだ。『魔弾』とか、魔法とかあるだろ? 攻撃力二十だろ? なんで十五?
なんだか味噌っ滓みたいなカードだな。
他にも姉さんズのメンバーや、オズローや長老たちのものもある。
アンジェラさんやエミリー、テトやチコたち飛空艇チーム、レオにピノのチームもいた。
『完全回復薬』や『万能薬』、『お守り』の札まであった。
「どうやって遊ぶんだ?」
「ナナナ、ナナナナ」
ヘモジがカードをシャッフルすると、一枚ずつ交互にカードを配った。
「ナーナ、ナナナナ、ナナナーナ」
「使うのは二十枚だけ? 攻撃力がそのまま体力ポイントになってる? 持ち札以外は残り札に…… ああ、そう。この残り札は使うのか?」
「ナーナーナ」
ヴァレンティーナ様のカードだ。へー。
『攻撃力十八。「次元断絶・無双撃」で「エルリン」カード以外の「無効化」カードを破壊可。後衛攻撃可。「カリスマ」で残り札から二枚引ける』
アンジェラさんのカード。
『攻撃力五。持ち札に「リオナ」「ヘモジ」「オクタヴィア」飛空艇チームとピノチームの札があるとき、「おやつの時間」ですべて召喚可能。敵の場にある場合、同カードはすべて即退場。更に残り札のなかに同カードがある場合、二枚選んで引ける』
ふたりとも凄いカードだな。
「なるほど、残り札にも使い道はあるんだな」
そうか、獣人の子供たちにはレベルの差はあるけど「無効化」の効果が付いてるんだな。
そうするとアンジェラさんのカードが最強っぽいな。
「それで? どうすればいいんだ?」
なるほどね。前衛と後衛、二列に並べて、前衛を突破しないと後衛は攻撃できない仕組みなんだな。前衛がいなくなると後衛は直接攻撃を受けるわけか。
「後衛攻撃可」が付いたカードはそもそもその限りではないと。
数の大きなカードを出せばいいというわけでないのか。
飛空艇チームやピノチーム、長老たちは数字こそ低いものの一枚場に置くことで持ち札のなかから仲間を同時にあるだけ場に出せたりする。そこに無効化が付いていれば、生きている間は何度でも攻撃を与え続けられる。
但し同時にカードを出すということはその分、カードを消費するということだ。
三回勝負。二回勝ったら勝ちだが、カードがなくなってしまえばそこで終わりだ。次の勝負を棄権する羽目になる。
残り札からカードを引いて手札を増やしたり、「回復薬」で墓地から生き返らせたり、ときにはわざと負ける勇気も必要だ。
ヘモジのレクチャーを受けながら僕は一戦を交えた。




